第48話 がんばれアイリスちゃん
あたしが心配してたことの一つにね、食事のマナーをうるさく注意されてアイリスちゃんが泣かないかってのがあったんだけど、意外や意外、モーニングを残さず食べたアイリスちゃんを、みんなして誉めてくれたの。
まあ、あの、厳しいこと言うと、アイリスちゃんは派手にテーブルを汚したし、ジュースの入ったコップも、うっかり倒しちゃってた。
でも、誰もひどく叱ったりはしなかったの。こういう場所ってテーブルマナーにすっごくうるさそうなのにね。
なんでかしらーって、疑問だったんだけど、その答えがようやく解明したわ。
「やりましたね、アイリス・シュミット。ちょうど三十です。よく頑張りました」
「いやったー!! アイリシュがんばっちゃー!」
算数の先生に誉められたとたん、立ち上がった勢いでイスが後ろに倒れたのも気にせず、アイリスちゃんが飛び跳ねた。
そうなの、お腹いっぱい朝ご飯を食べたアイリスちゃんは、やる気もいっぱい元気もいっぱいで、テンションが高いまま算数の授業をこなしちゃったわけ。
あのとき、マナーが悪いと叱られてばかりいたら、アイリスちゃんは不機嫌になって、勉強どころじゃなかったかもしれない。皆様、この子のことよくわかってたのねー。お
「おにーちゃまに、あえりゅー!?」
あ、そう言えばそんな約束してたわね。アイリスちゃんがお勉強をがんばったら、クラウス王子に会わせてあげるのよね。
「はい、会えますよ。トイレ休憩が終わったら、ついて来てください」
「おチョイレ、へーきー」
「では、参りましょうか。お兄様のもとへ」
クラウス王子、大丈夫かしら〜。ずーっと反省室に閉じこめられてるとしたら、今頃めちゃくちゃ喚き散らしてそうよね。
メルが廊下を先導、後ろに続くアイリスちゃん。
ん? あれ? こっちの方角に行くの? そっちって、重要な部屋が多いのよね。子供が入っていいのかしら。
んー、あたしはゲームに登場しないエリアには詳しくないのよね。食堂とか舞踏会の会場とか、王様関連のイベントが起きる小部屋とか、そういうのは問題ないんだけど、クラウス王子がいるらしき反省室は、ゲームには登場しないから、どこにあるのかわからない。こっちの方角らしいけど……。
まあ、いっか。メルに任せていましょ。
彼女が案内したのは、うーんと、ゲーム内のマップに表示はされるんだけど、プレイヤーは入れない、狭い通路だった。あたしたちが実際にここを通るには、この扉を開けなきゃいけないみたいだけど、クラウス王子は、通路に閉じ込められてるってこと? それはさすがに、かわいそうね。
「本日はこちらの扉です」
「はぁい」
アイリスちゃんが扉に駆け寄って、ドアノブをがちゃがちゃして、引き開けた。
「おにーちゃま!」
だけど、そこはまた別の小部屋になってて、ご立派な絵画とフラワーアレンジメントが飾られているだけだった。
「次は、あちらの扉です」
「はーい」
メルに指差された扉にかじり付くアイリスちゃん。何度も何度もがちゃがちゃして、困り顔で、メルに振り向いた。
「あかにゃーおー?」
「はい。今日開けられる扉は、一つだけなのです」
「ええ!?」
「明日もお勉強を頑張りましたら、こちらの扉も開きますよ」
へえ? そんなこと言っちゃって、アイリスちゃんが納得するかしら。
「ぐにゅにゅにゅ……」
ああ、ほら、もう涙目になってる。手もギュッと握りしめちゃって、今にも号泣しそうだわ。
「アイリシュ、まけにゃーもん! ぜっちゃいに、わりゅものから、おにーちゃまたしけるんだもん!」
ん? なになに? 悪者からお兄様を助ける?
……あー、そういう事。アイリスちゃんの頭の中では、そういう解釈なのね。
これじゃクラウス姫だわね。
午前の授業が終わって、アイリスちゃんとメルは、お城の中庭でお弁当を食べてまーす。美少女二人が木陰に並んで、小さなサンドイッチを食べている姿は、ハムスターみたいでとっても和むわ〜。
「おねーちゃま、おにゃまえは?」
「私はメルクリウス・ブラッド。メルとお呼びください」
「メル、おはようごじゃいます」
「今は、こんにちは、ですね」
「こんいちは!」
「はい、こんにちは」
アイリスちゃん、だいぶメルに慣れてきたかしら。あら、眠そうに目をこすってる。ああ、口に食べ物が入ったまま大あくびしちゃった。
「仮眠を取りますか?」
「うみゅ〜、わかんにゃい」
「膝枕をしてあげます。休憩しましょう」
「ひじゃまきゅらー?」
足を崩して座っていたメルが、スカートを整えて準備する。
アイリスちゃんは戸惑っていたけど、眠気が勝ったのか、目をこすりながら、彼女の膝の上に頭を乗せた。すぐにうとうとし始める。
もしかして、あんまり眠れてなかったのかも。ベッドの毛布の中で、何度も目が覚めてたのかもね。
「アイリシュねー、マンマに、これしてもらったこちょありゅんだおー」
「そうですか」
「でもえー、そのちょきのマンマ、アイリシュとおかお、そっくりらったんらおー。へんらのー」
……それって、アイリスちゃんを産んでくれたお母さんなんじゃないかしら。ひどいこと言うけど、あの義理のお母様じゃアイリスちゃんのために座ってくれもしないと思うわ。スカートがシワになる、とか言って嫌がりそうね。
さてさて、アイリスちゃんの寝息も聴こえてきた頃だし、あたしはウサギちゃんから外に出て、さっそくメルを質問攻めに……しようと考えてたら、白い
キャラデザを担当したのは、軍人モノの漫画を連載してる漫画家さんで、イラスト担当は海外で活躍中の、クリーチャー系を得意とする絵師さんよ。この王様のおかげで、あたしはその二人を知ったのよね。
クリーチャー系なだけあって、王様の筋肉の付き方は超人なの。イラストだと、それはそれでかっこよかったけど、いざ身近にそういう体型の人がいるとめちゃくちゃ怖いわね。身長も二メートルをはるかに凌駕しているし、玉座からジャンプしてシャンデリアにも掴まるわで、脚力と腕力も、あたしたちとは違うのかもしれない。
どうして王様だけ、こんなに破綻したステータスしてるのかしら。こんなに強いのに、全滅エンドを迎えたときは、なぜか知らない間に死亡してるのよね。誰にどうやって殺されたのか、すごく気になるわ。
「ハッハッハ! よその庭で昼寝とは。たいした肝の据わりようだな」
「ご機嫌よう、陛下」
「メリア! 妹の義務教育に、手を焼いてはおらんか?」
「丸焼きにされております」
「ハッハッハ! それは困ったな、お前ほど頼りになるメイドはおらんというのに。今後は誰に任せたら良いのやら」
言うほど困ってなさそうな二人。なんだか、気を許し合っていると言いますか、歳の差のある夫婦みたいな微笑みを浮かべて、語り合ってるわ。
あ、そうそう、ゲームのキャラのステータスなら丸暗記してるあたしだけど、ステータスが設定されていないキャラ、つまりモブキャラの能力は全くわからないし、ゲームに存在していないキャラなら尚更わかんないのよね。
このメルが、まさしくそれなの。伯爵の名前を名乗る彼女は、ゲーム内には登場しない。ちなみに、妖精であるあたしも
それでー、ちょっとした予想なんだけど、この子もあたしみたいに、別の世界からの介入者によって生まれた存在だとしたら――あたし同様に、前世の記憶的なものがあるんじゃないかしら。
「メルクリウス・ラヴァーズでしたっけ……」
王様が去った後も、ぐうぐうとお昼寝しているアイリスちゃんに膝枕を提供しているメルが、ぽつりと、そう言った。
「あたしがハマってるゲームの名前よ。エンディングが百通りもあって、ちょっとしたやり取りの選択肢でも、世界観とキャラ同士の過去と設定までがガラッと変わっちゃう、おまけにバグ多発でセーブデータ一個だけのマゾゲーなの。遊ぶときはパソコンにバックアップデータを保存しとかないと、マジでメンタルやられるわよ。バッドエンド多いし」
ちなみにパッケージ版とダウンロード版がありまして、デフォルトでは女主人公しか選べないんだけど、男主人公を選ぶときは付属のコードてダウンロード、しかも有料なのよね。購入したけど。
「……。私は、そちらの世界については詳しくありませんが、そのゲームのあらすじならば、聞きかじっております。メルクリウス・ブラットという老人伯爵の語りによって、物語が始まるそうですね」
そうなのよねー。オープニングで流れる詩的なあらすじと、その後のナレーションも、ぜんぶ伯爵なの。初めてゲームをプレイしたときは、びっくりしたわ。この爺さんいつまでしゃべるのかしらって、不安になったものよ。
「そうなのよ。全ての始まりにして、全ての
「……。おそらくは、それが本来のメルクリウスの役割だったのでしょう。今は、異世界からの転生者により、伯爵の役割は乗っ取られています」
「そうみたいね。ネタバレすると、今の伯爵の中にいる人は、あたしの乗った飛行機をハイジャックした犯人なの。お前たちは生け贄だー、とか言って、マジで頭のヤバい人だった。しかも、あたしたちの魂をメイド人形に閉じこめて、こき使ってくるのよ? みんな精一杯抵抗してるから、あのメイド人形たちは家事をしないどころか、ぜーんぜん言うこと聞かないけどね」
「それでも、偽物の伯爵はメイド人形を日々改良して、言いなりにしようとしていますよ。人形から抜け出せたあなたは、幸運だったのでしょうね」
だったのでしょうね、じゃないわよ。淡々としてるわね……。この子、さっきから何を聞いてもちっとも驚かないけど、どこまで知ってるのかしら。
「あなたの名前なんだけど……その、どうして、伯爵と同じ名前してるの?」
「彼の罪は、私の罪。貴女の嘆きは、私の嘆き。私の製作者である本物の伯爵は、異世界から来た何者かによって、殺害され、その肉体を奪われてしまいました。偽物の伯爵が、彼の名を語って生きている……それが私には不快に感じます。だから私は彼の名前を、自分の名前として名乗ることに決めました。ゆえに私は、メルクリウス・ブラッド」
「そうだったの……」
「ですが私では、ゲームの中の伯爵のように、全てを始めるきっかけとなる物語を、生み出すことができません。役割を果たせない私は、この世界では不要な存在だと思っていました」
「そんなことないわ。あなたが味方になってくれたら、すっごく心強い!」
ぶっちゃけると、あたしはこの子の言っている意味が、よくわかんなかった。全てを始めるきっかけとなる物語、なんて難しい言葉を並べられてもね、イミフですわ。今のところ、あたしとクラウス王子の身に起きている事件に、メルはちっとも関与していないし。あ、もしかして、その事を気に病んでいるのかしら? うーん、ま、いっか。聞いても、また難しい答えを言われるだけな気がするし。
あら、メルがよそ見してる。王様の歩き去った方向を眺めてる。
「私は、陛下のお味方でありたいと思っております。もしも私の勇気ある行動が、彼に悪影響を及ぼしてしまったらと思うと、恐ろしくて、一歩も動けません」
「つまり……ごめん、どういうこと?」
「貴女の相談には乗りますが、お力には、なれそうにありません」
そ、そんなぁ……こんなに重要そうな立ち位置してるのに、モブでいるつもりなの? この子の協力が得られないのって、後々のフラグになりそうで怖いわぁ。
……けど、この子はゲームのプログラムじゃなくて、血の通った個人なのよね。あなたにはあなたの意志と考えがある。虫みたいな妖精に強要されたって、動きたくないものは動きたくないわよね。
「わかったわ。あなたは今の生活が、好きなのね。あたしの都合で復讐に巻き込もうとしちゃって悪かったわ」
「いいえ。ゲームのお話、また聞かせてくださいね」
「うん」
あら、アイリスちゃんが身じろぎしだした。これは、もうすぐ起きる気配ね。あたしはウサギの中に戻ることにした。
あーあ、自由に身動きできないなんて。ゲーム難易度クレイジーだわね。
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