第44話 運命打破の旅路を、二人で
アイリスを王都に置き去りにしたまま、馬車に乗って、大門を通過した。何度も気落ちしそうになるたび、僕に厳しく叱責するレニー嬢。妹を取り戻すために、頑張るのでしょう、って何度も言われた。
「でも、きみが考えた作戦っていうのが、すごく怖い事のように感じるんだ。アイリスが帰ってきたら、屋敷にいない
「それは貴方の仕事ですわ。お出かけしている、でもよし、病で亡くなった、でも良いのではなくて? 嘘も方便ですわ」
「……うん、そうだね」
頭では、覚悟を決めなければとわかってるんだけど、胸がふさぐようだ。気分が悪い。たぶん、乗り物酔いしたせいも、あるんだろうけど……。
「夕方には、お宿に着きますわね。貴方の家庭事情の詳細は、そこで話してもらいましょう」
いつの間にか地図を広げて、レニー嬢が本日の予定を着々と立てている。金縁の眼鏡までかけていた。
そっかぁ、カークの調教していた元気な動物に乗って移動したら、一日で王都に到着しちゃったから、馬でゆったり走ったら、二日ほどかかってしまうのか。
あれ? でも僕が父さんと王都に来たときは、すごく早く到着したような。途中で宿にも寄らなかったし……どうやって、移動したんだっけな?
うう、両親との大切な思い出が、だんだんとうろ覚えに……。僕の心の唯一の支えなんだから、消えないでおくれよ。アイリスを守れなくなってしまうよ。
「クラウス? 聞いていますの、クラウス!」
丸めた地図でべしんと頭を叩かれて、大変びっくりした。
「ああ、ごめん、ぼーっとしてた」
「まったく。無視は離婚の原因の一つなんですのよ? 気をつけなさいな」
「三ヶ月したら別れるんだけどね」
「減らず口はけっこうです。貴方は思いの外、ぼんやり屋なのですね。それとも、何か強い気がかりでもあるのかしら」
そのときは、ないよ、と答えた僕だったけど、馬車から降りて、適当な路肩で敷物を敷いて、みんなでお弁当を食べ始めた頃に、僕は思い切って、彼女に訊いてみることにした。
彼女は長いこと貴族街を治めてるっぽいし、僕よりかは圧倒的に物知りだろうから。
「半日くらいでさ、誰でも王都に到着できる手段ってあるのかな」
「誰でも? そんな方法は、無いですわね。ケイトリンが調教した動物たちは、とてつもなく元気ですけれど、それに乗ってもせいぜい一日はかかるでしょう」
「……だよなぁ。……どう考えても、半日は無理だよな」
じゃあ、僕の記憶違いか。子供の頃の思い出だから、当時の距離感や体感速度なんて、あてにならないよな。
お弁当は具沢山なサンドイッチで、かなりお腹がふくれた。昨夜から何も食べてなかった僕は、たくさん食べてしまい、ちょっと気持ち悪くなった。
後片付けをして、再び馬車で出発。少し馬を飛ばせば、馬車は揺れるが暗くなる前には到着できると、御者が言った。
だから今、とっても元気な馬たちのおかげで、たまに大きく揺れている。
「ケイトリンと言えば、この馬車を引いているお馬さんたちも、彼女からの献上品ですのよ」
献上品? ぶんどったの間違いじゃないのかと思った。
「きみはケイトリンさんと仲が悪そうだけど、何があったか聞いてもいいかな」
「彼女の今の屋敷は、わたくしが設計しましたの。彼女と一緒に数多の動物の生態を考慮して、彼女の要望にも全て応えて造りましたわ」
「すごいじゃないか。じゃあ、彼女はきみに感謝しているのかもね。でも今、不仲だけど」
「貴方が馬車に乗ったとき、大きなホテルが見えましたでしょう? 十年前、あの場所にはケイトリンの屋敷があったのです」
「え? お城の近くの、あんないい場所に?」
どういうことだ? 他の貴族を差し置いて、あんな一等地に男爵家の屋敷が建てられるものなのか?
「ええ。ケイトリンは元々、侯爵家のご令嬢。わたくしが彼女の父を蹴落とし、その爵位を奪ったのです」
馬車の車輪が石を踏み越えたのか、車体が大きく揺れた。
「…………………………ちょっと今、聞き捨てならない発言があったような」
「わたくしは元々、男爵の地位にあった娘。さらに上を目指したいと望むのは、当然のことでしょう」
「だからモーリス一家と仲が悪かったのか。どうりでみんなが君を恐れてるわけだよ。すさまじい出世じゃないか」
もちろん嫌味で言ってやったが、慣れているのか彼女は僕の真正面で大きく足を組み、不敵に笑っている。
じゃあ僕たちは、ケイトリンさんから奪った領地で建てたホテルの前で祝福されて、ケイトリンさんの馬で、
いつまで顔にかぶせてるんだよ、僕との結婚なんて嬉しくないくせに。嫌味か!
でも、ぐぬぬ、ここで僕が挑発に乗って、女性に乱暴な振る舞いをしてしまえば、いよいよ王都から出禁を喰らうんだろう。そんな事態は、アイリスのためにも絶対に避けなければ。
くっそー、身動きが! 取れない!
「わたくしがすごいのではなく、モーリス一家が間抜けだっただけ。彼らのようなお人好しでは、あの貴族街を仕切ることはできませんでした。治安がどんなに悪化しても、毎日動物と遊んでばかりいる彼らに、わたくしは大変腹が立っておりました。我が国と国民を守るために、わたくしは決意し、やり遂げた事です。後悔はしておりませんわ」
……。僕、貴族街で生きていくの、絶対に嫌だ。一生地位が低くても、妹と友達と一緒に、仲良く暮らしていきたいよ。
モーリス一家が、もともと侯爵家で、それでいったい、どうやって蹴落とされたっていうんだろうか。不祥事でもでっち上げられたのか?
ウブッ、いろいろ想像したら本格的に気分が……口、押さえてないと、なにか出る予感がする……。
「クラウス様、大丈夫ですか?」
僕から見てレニーの左側に座っているメイドが、心配そうな声で尋ねてきた。
大丈夫じゃないから、首を縦に振れずにいると、レニーが窓をついっと眺めて、緑色の目を輝かせた。
「宿が見えてきましてよ。あそこが本日の、わたくしたちの愛の巣ですわ」
「どんなにお金がかかっても、きみとは同室になるもんか……」
そう言い返すだけで精一杯だ。
ああでも、お金は節約したいから、宿の周辺でも一晩中歩いてることにするよ。こんな女性と同じ空気を吸ってるよりも、外で馬や馬糞を眺めているほうが、よっぽど気分転換になるよ。
また車輪が石を踏んだらしき大きな縦揺れが。
それが僕の胃にトドメを差した、
馬が完全に止まるのを待たずに、僕は転がるように馬車から下りて、路肩でゲーゲーやってしまった。誰かの身の上話で、こんなに気分が悪くなったのは、生まれて初めてだ。
「クラウス様」
さっき心配してくれたメイドが、いつの間にかそばに立っていた。かっこわるいところを見られたよ……。
あ、背中さすってくれるんだ。なんて優しい
「どうか、お嬢様をお嫌いにならないで差し上げてくださいませ」
「え? あんな話を聞いた後じゃ、難しいよ」
「そこをなんとか、お願いいたします。わたくしは、あの人ほど素晴らしい人格者はいらっしゃらないと思っております。きっと、この国の伝承に載っている『聖女』とは、レニー様のことであると思っております」
「その、聖女ってのはよくわかんないけど、きみたちは確実に、レニーに洗脳されてるよ……」
会話だけで人を吐かせるヤツが聖女だって言うんなら、ごく普通の女性全員が女神様だよ!
う、力んだら、また吐き気が……。
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ、お客様。まあ! 立派な馬車だこと!」
宿主だろうか初老の夫婦が、駆けつけてきた。そして僕をそっちのけで、馬車から大きな鞄たちを次々と宿に運び入れてゆく。
「長旅、お疲れ様でございました。まあ! 大きなポットだこと。このポットは、どうされますか?」
「部屋までお願いしますわ。夫の家宝らしいですの。大事に取り扱ってくださいな」
僕本体は路肩に放置されてるけど、ポットは宿屋の奥さんによって、大事そうに運ばれて行くのが見えた。本当にあのポットは、絶対に必要な物なのか? 妖精に言われるままに持ってきたけど、今のところ僕に恥を掻かせる以外ないよ。
「旦那様は、どちらに?」
今度は宿屋の旦那さんが、レニーに声をかけてきた。レニーはにこやかに微笑む。
「おりませんわ。わたくし傷心旅行中ですの」
「いるだろ! こ・こ・に!」
僕はハンカチで口を覆いながら、立ち上がった。契約結婚じゃなかったら、彼女の夫であることを主張する事態には絶対にならなかっただろう。
本当に彼女と組んでて妹は返ってくるんだろうか。最悪の事態になる予感しか、しなくなってきたんだが!
「旦那様の荷物は、どちらに?」
「同室でお願いしますわね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕の意見も聞いてくれ!」
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