第5章  レニーと結婚してしまった

第42話   めちゃくちゃ心配された

 寛大にして横暴、冷酷にして慈悲深く、あと、なんだっけ、王様にはたくさんの、矛盾した肩書きがあることを、執事のお爺ちゃんから聞いた。


 この執事のおかげで、王様に僕の屁理屈が伝言され、なんと無事に許可が降りたのだ。


 けど、どんなにお願いしてもアイリスは戻ってこなかった。僕が三ヶ月以内に、この国の悪とやらを成敗するまで、人質として預かると言う。


 レニー嬢は地下牢から出された。彼女は迎えの馬車に乗って、ホテルに帰ると言っていた。


 僕は、ただそれを見送るしか、できなかったような気がする。彼女を迎えに来たウェルクライムから罵声が飛んできたような気もするし、ただの気のせいだったような感じもする。


「クラウス」


 一人で貴族街の夜道を歩いていると、カークがとなりに並んできた。僕の顔を見るなり、宿に戻るよう促した。


「クラウスくん、大丈夫かい……と尋ねるのは愚問だな。大丈夫なものか。今日は、すぐに休むといい」


 カークのお父さんは、今日は奥さんとカークと一緒の部屋で過ごすからと言って、僕を部屋で一人にしてくれた。


 僕はなにも、返事ができなかった気がする。頭が、真っ白かつ空っぽになっていたんだと思う。いつ寝たのかも、わからなかった。



「おはようございます! あの、昨夜はすみませんでした! 部屋を一晩、占拠してしまって!」


 宿の廊下でカークたち親子に会ったとたんに、僕は弾かれた豆のごとく、平謝りした。


 カーク親子は、びっくりしていた。そしてすぐに、気にしないで、とか、お風呂入ってきたら、とか、優しい言葉をかけてくれて、もう、僕、どうしたらいいのか、またわかんなくなりかけたよ。


 とりあえず温泉に入って、体を清潔にしてから部屋に戻ると、カークのお父さんがいた。


「アイリスちゃんが人質になってしまって、残念だ。だけどクラウスくん、これで来月にアイリスちゃんを伯爵に奪われる心配が、先延ばしになったわけだ。この三ヶ月間に、陛下に気に入れる結果を出せたら、借金の件をなんとかしてもらえるかもしれないよ。そうでなくとも、三ヶ月間にお金を工面する方法を模索するテもある。物事は良いほうに捉えよう」


「あ……そのー、お金の件は、なんとかなりそうなんです」


「なんだって? 気を悪くしないで聞いてもらいたいが、城で暴れたきみにチャンスをくれる人がいたら、それはきっと良くない話だ。まさか受けてしまったのかい?」


「それが、その……」


 受けるも何も、僕から提案したんだよな。


「僕、レニー・ベラドンナと、結婚、することに、しまして……」


 カークのお父さんから表情が消えた。そして、


「へえええええええええ!?」


 という叫び声とともに、蒼白した表情になってしまった。


「お客様!?」


「どうしたの、お父さん!」


「あなた!? どうしたの!?」


 部屋のすぐ近くに、宿屋の従業員とカーク親子がいたらしい。


 カークのお父さんは扉を開けると、大変だ大変なんだ、とカーク親子を部屋に引っ張りこんだ。


 そして僕から聞いた話を、かなり端的にして説明したけれど、カークたちを驚かせるには充分だった。


「ク、クラウス! それ、本気で言ったの!? ベラドンナ・レニーなんかお嫁さんにしたら、ストレスで死んじゃうよ!」


「クラウスちゃん、今からでも考え直すべきよ。彼女が承諾したのなら、絶対に何か裏があるわ〜」


 裏? 裏って、どういう……?

 いくらレニー嬢でも、なにも持ってない僕なんか利用できないだろ。唯一の家族の、アイリスだって、いないんだし。


 う、今の僕、本当になんにも無くなっちゃったな。妖精もどっか逃げちゃったし。


「ハ、ハハハ、三ヶ月間だけだから、すぐに過ぎるって。それよりも僕は、国に巣食う悪っていうのが、いったいなんなのかをレニー嬢と探らなくちゃいけないんだ。悪ってなんのことか、僕にはさっぱりわからないんだけど、もしもカークたちに心当たりがあれば、教えてほしいんだ」


 僕はカークにも、王様から出された無理難題を相談した。


 すると、カークのお母さんが小首を傾げた。


「この国の悪なんて……挙げだしたらキリがないわ。この国は、お金の回りがとても良いの。まるで吸い寄せられるように、才能溢れる野心家が来るからなのよ。それがどうしてなのかは、わからないけれど……。ここは、あまり大きな国ではないけど、他国から何度も戦争をふっかけられるくらい、魅力溢れる素晴らしい国なの」


「あの、どこが悪なんですか? 素晴らしい国なら、悪なんて……」


「お金あるところに、不正は蔓延はびこるものよ。貴族街を狙って、スリや詐欺師、インチキ賭博に、殺人事件まで。昔よりずいぶんと治安が悪くなってしまったわ」


 そうなのか? 貴族街、とってもキレイに見えたけどな。ゴミとか一個も落ちてなかったよ。


 僕が治安については問題なさそうだったと言うと、カークのお母さんは、ため息をついた。


「いいえ、昼間でも道を一人で歩いてはいけないくらい物騒なのよ。陛下は戦争に勝つと、負けた国から容赦なく搾取するの。労働力も提供させているわ。他国からの恨みは相当に買っているでしょう。たまに報復目当ての傭兵が、貴族街にも現れるのよ」


 え、なになに? 詐欺にスリに? 殺人事件に、報復を企む傭兵だって!?


「そんなの、僕とレニー嬢だけじゃ、とても対処できませんよ。恨みを買ってるのは陛下なんだから、陛下がなんとかするべきだ」


「陛下は冷酷だけど、慈悲深いお人よ。不可能なことはお命じにならないの」


「いや、僕ら二人じゃ無理ですって! この国の面積どんだけ広いと思ってるんですか。そんなに大きくないって言いますけど、中の上くらいでかいですよ」


「うーん、困ったわね。ちょっと私にはわからないわね」


 ああ、困らせるつもりじゃなかったのに。だけど、モーリス一家には他に心当たりが思いつかないようだった。


 僕は本当にこの広い国の悪を、対処しなくちゃならないのか? この世間知らずな僕に? 三ヶ月間で解決しろって? 無理だって。


 僕も頭を悩ませていると、となりのカークが、ハッと息を飲んだ。


「アイリスは、どうなるの? 三ヶ月して、もしもクラウスが問題を解決できなかったら、アイリスはずっとお城で暮らすの?」


 あ……そこまで疑問に思ってなかった。ああもう、僕の頭はまだ混乱してるのかよ。


「アイリスちゃんは可愛いから、きっと後宮に入れられるんだろう。で、たぶんだが、過酷な後宮での生活は、耐えられないだろうから、すぐに帰してもらえるさ。陛下は冷酷だが、慈悲深いからね。子供にひどいことはしないはずだ」


 たぶんだが、と付け足された。


 ああ目眩めまいが。僕と妹は、この先、どうなってしまうんだろうか。僕が国外追放されたら、あの鬼のような義母がアイリスの保護者になるのか? そ、それだけは阻止しないと! だれかアイリスを養女にしてくれる親切な人も探さないと!


 うわー! やらなきゃいけない事が多すぎる。僕にできるんだろうか、自信が、無い……。


「僕が会場で、やり返したばっかりに……」


「クラウス……思わず手が出ちゃった気持ちはわかる。けど、なんとかケンカにならずに済む方法も、考えればよかったかも」


 う……それは、当時の僕には難しい話だったかもな。


 今更の結果論だけど、ウェルクライムの挑発なんて相手にせずに、会場のたくさんある扉から廊下に出て、来客用のトイレを使えば良かったよ。


 そうしたらアイリスだって、人質にならなくて済んだ。


 後悔ばっかりが、襲ってくる……。


 コンコンと、扉が叩かれた。


「クラウス様は、こちらにいらっしゃいますか?」


 優しそうな男性の声だった。宿の従業員かな?


「はい、僕はここですが」


「クラウス様、お嬢様が心待ちにしております。どうかお早めのご支度したくを」


「え? お、お嬢様って……」


 この人、レニー嬢の使いの者かよ!


 えええ!? 僕が彼女を迎えに行く形を取らなきゃダメなの!? ど、どんな顔して行けばいいんだ!! 昨日、彼女の前でちょっと泣いちゃったし、気まずい、かっこ悪い。


 いやだ! やだ!! やだっ! 恥・ず・か・し・い! ど、どうしよう……ってか、僕まだ朝ごはん食べてないから、お腹すいた……。


「何か簡単に食べてから行くよ。レニー嬢を待たせちゃダメかな」


「クラウスからプロポーズしちゃったんでしょ? しかも借金の申し込みまでしたんだから、待たせたらダメ。何をされるか、わかんないよ」


 うう、それももっともだ。でも、お腹すいた……。


 朝からぼろぼろな僕は、しぶしぶ荷物をまとめにかかった。アイリスの荷物も、ここに置いておくわけにいかないから、一緒に持ってゆくことにした。僕が作ったクマの人形も、鞄に入れた。アイリスのやつ、新しいウサギの人形をもらった途端に、クマには見向きもしなくなったんだもんな、子供ってこういう時、残酷だ。


 地味に大荷物になった。


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