第41話 世界で一番可愛いのは?
楽しい舞踏会になるはずだったのに、どうなってんだい! なんであたしの人生で最悪の一日になっちまうんだよ!
「どういうことだ、マリオンガ。なぜここにクラウスとアイリスが来ている」
「そんなのあたしが聞きたいよ!」
「知らんで済ますな。子供たちの管理は、お前の仕事だろう。給料も出してやっているというのに、ずさんな管理だな」
「招待状も金も無いのに、ガキどもが舞踏会に参加するだなんて、どうやったら予想できるんだい! あたしが悪いんじゃないさね!」
せっかくあたしのお気に入りに車イスを押させてやってんのに、この人ったら文句ばっかり言って、ああもう、うんざり! うんざりだよ!
本当は自分で歩けるくせに、契約がどうとかで、ちっとも歩いてくれやしない。帰りの夜道も
「子供らから金を没収しきれなかった、お前の失態だ。昨夜にもクラウスが単身で屋敷に上がりこんできよるわで、私がどれだけ驚いたか知らんだろうな」
「ああ知らないね! そのままクラウスに刺されちまえばよかったんだ!」
ああムカつくよ! パーティが楽しめなかった苛立ちが、治まる気がしないねえ! でも、この人に見捨てられたら、遊ぶ金がもらえなくなっちまうし、ハァ、なんであたしばっかり、こんなに不幸なんだい。
「う〜ん、ガキどもの家に、金になるような物なんか残してなかったはずなんだがねぇ、いったいどこから旅費なんか……ああ! まさか、あのイヤリングを売っちまったんじゃ」
「はあ?」
「ほら、あんたも欲しがってただろ? シュミット博士が女神から授かったとかいう、赤い石でできたイヤリングだよ。きっと高く売れたんだ。あ〜いくらで売れたんだろうね、帰ったらガキどもから絞り取らないと」
……あ。
しまった……赤い石のイヤリングは、あたしが発見して没収してあるって嘘ついてたんだった。本当は見つけてすらいないんだ。でも、この人からお金をもらいたくって、多額の報酬を請求しまくってたの忘れてたよ。
あ、なんだか梅干しみたいに真っ赤になって、車イスの肘掛けをガシガシ叩いてやがる。
「私の野望を成功させるには、あの赤い石とアイリスが必要だと何度も言っただろう! 探せ! あの石は絶対に必要なのだ! 見つけ出すまで今週分の若返りの水はやらんからな!」
「えええ!? そんな、あんまりだよ! このクソ外道のクソったれめ! あの化粧水がないと、あたしまでババアになっちまうじゃないか。あんたはあたしがキレイでいられなくてもいいって言うのかい。どんな事もやってきた仲じゃないのさ、今更見捨てるっていうのなら、あたしだってあんたのこと殺しまうんだからね!」
本気で首を絞めてやったら、こいつムキんなって車イスから立ち上がったよ。
「駄々をこねても駄目なものは駄目だ! 今回という今回は容赦できんぞ! 探せ! クラウスに会って問いつめろ! あのイヤリングをどこにやったか絶対に聞き出すのだ!」
「どうやってさ?」
「少しは自分の頭を使え……。お前の領土を訪ねてくる人間など数えるほどだろう。旅の旅費を工面できたのならば、商人でも来たのではないか? 探せばすぐに見つかるだろ」
「あ、な〜るほど」
「あとは、そうだな、カークランド・モーリス家が、どういうわけかクラウスと繋がっている。イヤリングと引き替えに金を工面したのは、あの一家かもしれん。やつらも洗え。どんな手を使ってでもな……」
「じゃあ、前払いおくれよ」
「は?」
「あの化粧水がないと、肌がしわしわになっちまうもの、外出する気が起きないね。醜いすっぴんを見られるくらいなら、檻ん中でミイラになったほうが百倍マシさ。は〜ぁ、これだから女心がわかってないヤツはイヤなんだよ」
「わかったわかった。少し分けてやるから、私を屋敷の中まで運べ」
「えええ!? 冗談じゃないよ。あたしはこの後、ピンクのお城で休憩するんだよ。ハイヒールが女の足首にどれだけ負担をかけるもんか、わかってないねぇ」
「お前は自分の立場がわかっとらんな」
「はー? それはあんたのほうだろ。変な契約のせいで立って歩けないし、お人形メイドは言うこと聞かないしで、頼りになるのはこのあたしぐらいなんだから、もっと気を遣って大事にするべきなんだよ。そんなこともわからないのかい」
王城が恋しくて後ろを振り向くと、だいぶ遠くなってたよ。なんでこの人は貴族街の屋敷じゃなくて、庶民街の屋敷に閉じこもりたがるんだろうね。遠いじゃないかい。庶民街にも良い宝石屋はそろってるけど、やっぱり貴族街の職人のセンスには適わなかったね。いろいろ買い比べて、そう思ったよ。
この人も貴族街の屋敷に住めばいいのに、まさか、これも契約とかの縛りなのかい? ここ最近なんて、いかなるときも結婚式の礼装を身につけなきゃダメだとか言い出してさ、今着てる燕尾服の下に白のタキシードなんて着込んでるんだよ? もこもこして、みっともないったらないよ。
そもそも、いったい誰となんの契約を結んでるのか、いくらせっついても教えてくれないんだよ。あたしほど信用できる女はいないっていうのにさ、そんなことにも気づけないなんて、おつむのかわいそうな男だよ。
「もう貴様など知らん。ピンクの城だか納屋だかで、ミイラにでもゾンビにでもなっておれ。あとは私だけで動く。金はあるんだ、誰ぞ雇えばいい」
「えええ!? そんな、ちょっと待っておくれよ! わかったよ、あたしが絶対に見つけるから、報酬は弾んでおくれよ」
「口を開けば、報酬、報酬と」
「報酬は大事だろー? 報酬無しで動く人間なんざ、この世にいないんだよ。みんな何かしら報酬目当てで動いてるのさ」
うちに来た商人と、モーリス家を洗えばいいんだろ? 手段を選ばなきゃ簡単さね。
「ほら、おうちに着いたよ。それじゃあたしはこれで失礼するからね。本当は歩けるんだからさ、部屋にはご自分で行ってちょうだいなー」
「なにを言っておるか。契約により、私は一日十歩以下を厳守せねばならんのだ」
「そうだったかしらー。どうしてこう他人のこととかどーでもよくなっちゃうのかしらー?」
この人の屋敷って、いつもぐちゃぐちゃに散らかってるし、
「あたしはここで待ってるからぁ、みんながんばって運んでやってねぇ」
「水はいらんのか」
「いるに決まってんだろ!! 当たり前じゃないかい!!」
でもね〜、階段に敷いてある
ああ、もう肌が乾燥してきやがった。しょうがない、美貌には代えられないよ。誰か適当な子にお姫様抱っこしてもらって、急いで階段を上ってもらおうか。
うん、それがいい。
うちの子たちは、なんでも言うこと聞いてくれるんだからね。あーあ、あんな人と縁を切って、永遠にこの子たちと遊べる金と時間があれば、どんなにいいか。
あんな野郎に、こき使われて……どうしてあたしだけ、こんなに不幸なんだろうね。あたしはあたしが世界で一番かわいそうだよ。あたしはもっともっと幸せになるために、あたしをたくさん可愛がって、守ってあげなくちゃいけないんだ。
だって、あたしは世界で一番、可愛いんだからね。
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