第39話   僕と結婚しないか!?

 僕が大声でさっきの執事さんを呼ぶと、すぐ来てくれた。彼は僕の提案を快諾、しかし部屋の扉を開けて出してくれたのは、兵士の二人だった。まるで暴れだす大罪人を、連行するかのように部屋から出された。


「ああ、すまないけど、着替えを貸してほしいんだ。これから僕のする事を考えたら、こんなに着飾った格好じゃ、ちょっとね……」


 兵士二人は顔を見合わせると、執事を見上げて、無言で意見を求めた。


 このお爺ちゃん執事、背が高いなー。僕らの中で一番背が高いよ。


「ふむ。では少し待っていてくださいね」


 と言って、すぐに持ってきてくれたのは、喫茶店のドアボーイみたいな服だった。お城でも、こんな服を着た男性がけっこういたから、これが制服なんだろう。


 僕はもう一度だけ部屋に戻って、ささっと着替えて出てきた。ぐちゃぐちゃになってたカツラも取ったよ。あー頭皮に解放感が。けっこう、蒸れてたんだな。


「待たせたね。それじゃあ、彼女のいる地下牢に、案内をお願いする」


 僕は緊張していた。うまく、彼女と話せるかなぁ。ものすごいヒス起こしてて、ぜんっぜん対話できない状態だったら、うーん、日を改めて訪ねに行くかなぁ。



 地下牢ってさ、伯爵の屋敷にもあったけど、なんのためにあるんだろうね。お金持ちの家には、必ずあるのかな。外部に知られたくない問題を起こした者を、閉じ込めておくためとか? わー怖い。


 などと寝不足の頭で考えながら、長い長ーい階段を下りてゆくと、壁に設置された燭台の、揺れる灯火に照らされた石造りの空間が現れた。


 石造りの壁と、重たそうな鉄格子で、一部屋ずつ区切られている。


 ある一部屋の、鉄格子の前に、誰かが座っていた。ウェルクライム・ハイドだった。僕らを、睨みつけている。


「おやおや、ウェルクライム殿、いったいどこから侵入したのですか」


 尋ねるお爺ちゃん執事に、動じている様子はない。

 ウェルクライムが、立ち上がった。


「お嬢様の名誉のために、言い訳を講じさせていただきます。今回の事件に、お嬢様はなんの関与もいたしてはおりません。子供好きなお嬢様が、子供の前で保護者を痛ぶれなどと命令されるはずがない。彼女は、なにも知らなかったんです。子供がトイレに行きたがっていたことも、なにも」


 そうか、じゃあお前のせいだな。


「今回の件は、乱闘を起こしたクラウス・シュミットに非があります」


 てめえええ!! てめえだろうが、わけのわからんケンカを売ってきたのは!! なにを真面目な顔して僕に罪をなすりつけようとしてんだゴラ!


 ハッと我に帰る。いけないいけない、ここで彼の挑発に乗っては、僕まで檻にぶち込まれかねないぞ。


「下がりなさい、ウェルクライム」


 鈴の音のような女性の、しっとりとした美声が聞こえた。


「貴方は地上でのお仕事があるでしょう? わたくしとともに地下牢で過ごしている暇はないはずです」


 それはとても静かで、落ち着いた声だった。こんなに耳に心地よい声は、初めて聴くよ。


 納得いかないのが、ウェルクライム。振り向いて鉄格子に掴みかかる。


「レニー、俺は」


「ええ、足を捻挫したメイドを庇ったのでしょう? わたくしから逃げてゆくあのメイドが、足を引きずっていましたもの」


 ギョッとするウェルクライムに、微笑み混じりな声がかかる。


「わたくしは大丈夫です。どうか下がって、ウェルクライム」


「……チッ」


 肩をいからせて歩きだす不良執事。すれ違い様、僕らは視線で火花を散らした。


 あ、こんなことをしてる場合じゃないや。彼女に……レニー・ベラドンナに、話をしないと。


 鉄格子に近づく前に、名乗っておいたほうがいいかな。いきなり近づくのは、ちょっと無遠慮な気がするし。


「レニー嬢、僕です。クラウス・シュミットです。今日は、その、いろいろと失礼を」


「あら、お互いに頭が冷えているようですね」


 鉄格子越しの彼女は、寝巻きのような白いワンピースをゆったりとまとっていて、質素な椅子に座っていた。髪飾りも宝石もなく、長い金の髪は椅子の背もたれに当たって二束に分かれていた。


「クラウス・シュミット、アイリスちゃんの件は本当に申し訳ありませんでした。壇上のわたくしからは、貴方がたが何をしているのかが、よく見えませんでしたの。貴方がいきなり、うちの執事を殴りつけたように見えましたもので、つい陛下の真横で、大声を上げてしまいましたわ」


「ああ、そうだったのか。それじゃ貴女が怒るのも無理ないですね」


 部下思いなのかな、この人。ウェルクライムが倒れたときも、壇上から駆けつけてたよな。


「あのさ、レニー嬢、僕が王様の命令を完了しないと、きみと僕の身が悲惨なことになるのは、知ってる……よね」


「ええ。特に貴方は、妹さんと離れ離れになってしまって大変ですわ」


「きみのほうこそ、財産没収なんて重すぎるよ。それで、提案なんだけど――」


 う、自分から思いついて始めたこととは言え、なんか、すっごく、恥ずかしくなってきたぞ……!


「提案? この状況の打開策を、なにか思いつきまして?」


 小首を傾げて、不思議そうに尋ねるレニー嬢。


 うう、ううううう!


「僕と結婚してレニー・シュミットにならないか!?」


 恥ずかしいから一気に言ったら、声が裏返って悲惨なことになった。


 レニー嬢が、宝石のような青い目を見開いて、ぽかーんとしている。


「あ、違うんだ、恋愛とかじゃなくて、三ヶ月間だけの、契約結婚だよ。それで、僕の妻としてそばにいて、僕の任務遂行を、手伝ってほしいんだ」


「結婚までする意味は、なんですの?」


「罰せられたのはレニー・ベラドンナだけど、きみは三ヶ月間だけレニー・シュミットになるから、罰則からは逃れられる、と思う」


「そんな屁理屈、陛下がお許しになるかしら」


「やってみないと、わからないけど、僕はそれに賭けている」


 崖っぷちデスカラネ。


「貴族同士の婚姻は、この国では禁止されてるそうだけど、今回の件で招待状も無くしちゃったから、僕を貴族だと証明できる書類が、なにも、無いんだ……だから結婚しても大丈夫だと思った」


「それもすごい屁理屈ですわね」


「それとね、きみの財産が無くなったら、僕が困るっていうか、その……もう、かっこ悪いけど正直に言うよ、うちの借金を肩代わりしてほしいんだ」


 ……レニー嬢が、僕を見上げたまま無言に。覚悟はしてたけど、実際に無言やら無表情されると、虫ケラになったような気分になる。だが、負けない。


「僕がきみの財産を守る代わりに、きみはうちの借金を、なんとかしてほしい。すぐに返済しないと、来月、アイリスが伯爵に取られるかもしれなくてさ……」


 しーん、となった地下牢。僕はまだ言いたい事がたくさんあったけど、いたたまれなくって執事さんに振り向いた。


「執事さん、僕の提案をちゃんと彼女にも話したよ。次は、貴方から陛下へ取り次いでくれる約束だよな」


「ふふふ、ずいぶんと大きく出た屁理屈ですなぁ」


 執事さんの目尻が、微笑みのシワを刻んだ。彼はレニー嬢に視線を移すと、鉄格子に歩み寄った。


「どうなさいますかな、レニー様。わたくしが陛下にお取り次ぎするかは、貴女の返事次第ですぞ」


 レニー嬢は座ったまま、ちょっと小首を傾げていた。なにか思案しているらしい、明後日の方向に目線がいっている。


「このままでは、屋敷で謹慎させられながら世間の嘲笑を受け流す日々が待っているだけ。それも退屈ですし、反吐が出ますわね」


 さっきまでの落ち着いた雰囲気は、どこへやら。彼女は椅子が軋みを上げる勢いで立ち上がり、胸を張って堂々と鉄格子越しの僕へと歩いてきた。


「よろしくてよ、クラウス・シュミット。たった今よりわたくしは、貴方のモノ。共に王命を果たすため、精一杯お手伝いしますわ」


「ありがとう、レニー! そして、ごめん……」


 思わず手に取ってしまった彼女の手を、僕は、離した……。


 他人の弱味につけ込んで、結婚を迫るだなんて、これじゃ伯爵のこと言えないよ。あっちは、どうしてアイリスが欲しいのか理由が曖昧なんだけど。僕の理由は、お金だ。ああ最低だ、僕……。


 レニー嬢の香水の香りが、僕の顔を優しく包んだ。


「わたくしの夫となったからには、そう簡単に情けない顔を見せないでくださいまし」


「うん……」


 安心したからか、それとも、気付かないうちに心身の疲労が限界に達していたのか、僕は、涙がこぼれていた。


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