第38話 貴方はここで終わるのですか?
あー……
静かだな。パーティは、終わったのかな。尋ねたくても、誰もいないし、誰も来る気配がない。
この国の悪って、なんだろう。それが何かもわからないのに、どうやって正すんだよ。
ボーッと椅子に座ってたら、扉がコンコンと鳴った。
「クラウス様、ご気分はどうですかな?」
あのお爺ちゃん執事の声だ。
「最悪だよ。僕に何をさせたいんだ」
「貴方とアイリス様が、どのような事態に陥っているかは、全て把握しております。来月、伯爵様に妹様を奪い取られてしまうのですってね」
ええ?
「どうして、それを」
「貴方の義理のお母様には、恋人が大勢いたでしょう。あれの何人かに、うちが手配した部下が混ざっております。つまり、陛下の耳には全てが筒抜けなのです」
嘘だろ、あの裸の王様は、そんなことまで知っていて、壇上から僕らを見下ろしてたのか?
いや、見てないで助けてよ。義母さんも伯爵も、会場にいたじゃないか。
「で、では、話が早い。陛下から僕らを助けてもらえるよう、話をつけてはくれないか。義母がした借金を返済できれば、アイリスは自由に……」
「借りた物を返すのは、当たり前のことですよ? クラウス様。メイドも兵士も、厨房の調理人も、この私でさえも、お給料が出なければ働いておりません。それと似ています。お金を使い込んだのならば、返さなければ」
う、まあ、そうなんだけどさ、僕とアイリスが使ったんじゃないし、なんなら、お金を使って手に入れた贅沢なんて一切なかったし。
「返済期限さえ伸ばしてもらえれば、あとはこっちで、なんとかするから」
僕は半ば願望まじりに、言っていた。
おまけに、物欲の強い義母さんが素直に売却に応じるとも思えない。絶対にごねる。それでまた僕の足を引っ張る、絶対に。
「クラウス様、本当になんとか、できるのですか?」
う……。全額キレイに返せるか、わからないというのが、正直なところだ。
「ベラドンナ・レニー様のことは、ご存知でしょうか?」
「え、彼女? なんで彼女の話に。そりゃ少しは知ってるけど……きっと僕のこと恨んでるよ。今どこにいるか、わからないけど」
「地下牢でございます」
……なんか今、ひどい単語が聞こえたような。
「僕の聞き間違いかな。パーティで騒いだごときで、女性を地下牢に閉じ込める、狭量な王の処遇が聞こえた気がしたんだが」
「口は災いのもとですよ、クラウス様」
まるで今回の騒動の発端が、僕みたいな言い草だな。
「クラウス様とアイリス様の招待状が偽物であることは、陛下もご存知でございました」
「え? 偽物なはずないよ。だって彼女の家の家紋が……」
「はい。彼女は家紋付きの、巧妙な偽物を製作したのです。そして陛下はベラドンナ・レニー様が、誰にどのような嫌がらせをするのかを、全て把握していらっしゃいます」
「ん? どゆこと?」
「彼女はどんな事件を起こすかを、必ず陛下にお知らせするように義務付けられているのです。そのような契約の下、彼女は女性でありながら侯爵家の跡取りとして在り続けているのですよ」
それは、つまり、彼女がしでかす様々な悪行を、王様は事前に知ってて、さらに許してるってこと? じゃあ王様も悪のグルじゃんか!
「そんなこと初めて聞いたよ! この国も王様もおかしいんじゃないか!?」
「いえいえ〜、じつに理にかなった政策なのですよ。我が王は寛大にして横暴なお方、そして大変頭の切れるお方でございます」
あの裸の王様が? この執事のお爺さん、大丈夫なのかなぁ。
「おそらく、貴方お一人では、陛下のご命令を完遂するのは無理かと存じます」
「ああ無理だよ不可能だよ! たった三ヶ月で、なにを悪と定めて動けばいいのかもわかんないからな!」
いっそアイリスを連れて、どこかに逃げようか。でも今、王様のもとで人質にされてるしな。この厳重な警備下の中、どうやって取り返せばいいものやら。
ああ、もう駄目だ! 僕ら兄妹は、ここまでなのか! 悔しいよ!
「お二人ならば、可能かもしれませんな」
「二人って? 誰さ」
「おわかりになりませんか。最も力のある女性の命運が今、貴方の手に握られているのですよ?」
「彼女が、力になってくれるわけが――」
ない、と言おうとした僕を、執事が強めの声でさえぎった。
「この国では、知恵と度胸のある者しか生き残ることができないのです。他者を利用し、他者を蹴落とし、皆さま這い上がって参りました。クラウス・シュミット様、貴方はこのまま落ちぶれ、国外追放となる運命を受け入れるのですか? そうすると、ベラドンナ・レニー様の財産も没収され、あのウェルクライム・ハイドは死ぬまで貴方を恨み抜き、地の果てまで貴方を追いかけて殺害するでしょう」
「……僕に、どうしろと」
「ベラドンナ・レニー様には、明日から数えて三ヶ月間の、謹慎処分が決まりましたので、お会いしたいのであれば、お屋敷をお尋ねすればよろしいでしょう」
お爺ちゃん執事が、うほんっと咳払いした。
「わたくしが助言できるのは、ここまででございます。どうか、これらの条件を踏まえた上で、お知恵をお絞りくださいませ。貴方様が這い上がり、再びあの会場にて我々とあいまみえることを、本日の舞踏会参加者一同、お待ちしてます」
では、と優しく言い残して、執事の足音は去っていった。
「知恵を、絞って……?」
彼女を、利用して、運命を、変える……さっきの執事は、そう言いたいのか?
そんなこと、どうやって――
ふと僕に、針のような鋭い閃きが降ってきた。
そうだよ、僕は、なんのためにここに来たんだ。彼女に、交渉を持ちかけよう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます