第36話   乱闘騒ぎ

 はい、クラウス・シュミットなる田舎者の青年に恥を掻かせる、という邪悪な計画に、高い報酬目当てで参加したメイドその1です。


 さっきまで舞踏会参加者のための受付を担当しておりました。招待状にクラウス・シュミットの名前を確認しましたところ、実際には恐ろしいほど貫禄のある男性で、非常に驚きました、はい。


 ど、どうしましょう、この招待状はベラドンナ・レニー様が用意されました偽物なんです。それを、頃合いを見計らって、大声だけが取りの私が、大勢の前で主張するのです。


 この招待状を振りかざしながら、


「この招待状は偽物です! クラウス・シュミットなる人物は、正式に招待されたお客様ではございません!」


 と、叫ぶ予定なんです。


 今日この時、この瞬間のために、私はベラドンナ家のお屋敷の中庭で、ベラドンナ・レニー様の前で、半日ほどの長時間、何十回と練習させられました。あの方は恐ろしいお人です。他人を貶めるための妥協を、一切お許しにならないのです、あわわ……。


 私の出番は、ダンスが始まって、ベラドンナ・レニー様がクラウス・シュミットを指名なさったときです。でも、ちょっとくらい会場の様子を見てもいいですよね!? だって不安だし。


 扉の隙間から、中の様子をうかがいます。うーわー、皆さま華やかに談笑を。煌めいています、ドレスも、笑顔も、お作法も。金運オーラが全身から放出されています。


 立食パーティはビュッフェ形式で、メイドさんが丁寧にお料理をお皿に取ってくれます。いいな〜私も食べたい。


 ああ、この幸せな空気を、一介のメイドの私がぶち壊すのですか? 本気ですか!?


 お金に目がくらんで、易々と他人を貶める手伝いを買って出た昨日の私を殴りたいですぅ!


 クラウス・シュミットの周りは人だかりが。あの隣にいる花嫁さんみたいな人は、婚約者か何かでしょうか、すごい自己主張っぷりです、牽制もあそこまでいくと文句も出ません。


「おい!」


 ひい!


 あ、ウェルクライム様でした。あーびっくりした。誰が扉の隙間から声をかけてきたのかと思いました。


「準備できてんだろうな」


「え、えっと、あの、えっと、ちょっと自信が」


「だああ、もう、それよこせ! てめえはクビだ!」


「わ、わかりました! やりますぅ!」


 クビは勘弁してくださ〜い。今月無駄遣いしちゃったから、お家賃が払えないんです〜。


 でも、えっと、うああー! この雰囲気を台無しにする勇気が出ない〜!


 どれくらい悩んだでしょう、何度ウェルクライム様の叱咤激励を受けたでしょう、ついに腹をくくった私のほうへ、クラウス・シュミットが子供さん連れで歩いてくるではありませんか。片手にしているステッキの装飾が、きらめいていて綺麗です。


「おい、クラウスが来たぞ。お前はどっかに隠れとけ」


 あわわ、私の出番はまだ先ですから、本来ならここにいるはずではないのです、逃げなきゃ。


 おわ!

 足がもつれて、子供みたいに勢いよく腹這いに転倒、久々です、こんなに見事な醜態をさらしたのは。


 あ〜舌打ちが、扉の隙間から。早く起きないと……イタタッ、うそ、捻挫した!?


「おっと、どこ行くんだクラウス」


 扉の前に立ち塞がったのは、ウェルクライム様です。クラウス・シュミットは露骨に嫌そうな顔で、この子をお手洗いに連れてゆくのだと説明しました。


「そんじゃあ、こっちの便所じゃねーな。反対側だ」


 反対側のお手洗いは、お城の使用人のです。お客様用は、こちらで合っているはずですが……ウェルクライム様は、なぜそのような嘘を。あ、もしかして私のためですか?


 光る球体が、クラウス・シュミットに耳打ちするような動きを見せました。お子さんのオモチャでしょうか。


 クラウス・シュミットの顔が、険しくなります。


「きみの案内は、間違ってるぞ。そっちはお城の従業員用だ」


「その制服も、従業員用だ」


 あ、ほんとだ。クラウス・シュミットの連れている子供さんの服、お城のメイドさんの制服です。可愛いですね〜お人形さんみたい。


「きみは本を読んだことがないのか? これは子供たちに人気の絵本、不思議の国のアリスの衣装だ。兄妹そろって仮装して参加しているんだ」


 あ、妹さんなんだ。歳が離れてるんですね〜。


「きみは女性のドレスの好みに口を挟むのか? どの程度の教養を積んだのか知らないが無礼だぞ!」


 あれ? ちょっと雲行きが、怪しく……?


「僕らはれっきとした招待客だ。よって客のために用意された全ての部屋を利用できる権利がある!」


 ちょ、ちょっと!


「ウェルクライム・ハイド! 主君であるレニー・ベラドンナ嬢に恥を掻かせたくないのなら道をあけるんだ! 化粧室を借りたがっている女性を妨げる紳士が、どこの世界にいるというのか!!」


 な、なんですか、この人、めちゃくちゃ言い返してきますよ。


 うああ、あんまりウェルクライム様を刺激しないで〜! この人、仕事はできるけど、短気だからすぐに手が出るし、口喧嘩も得意じゃないんです。常にベラドンナ・レニー様と言い合いになっていますけど、いつも折れてしまうのは、うまく言い返せなくてなんです。


「どかないと言うのか。きみがそこまで女性用の化粧室に執着する趣味があるなんて思わなかったぞ」


 クラウス・シュミットの、よく通る美声は会場の皆を静め、注目を一身に集めます。その様子はまさにカリスマの一言に尽きます。


「それとも、きみは最寄りの部屋すら案内できないほどの無能か?」


 うわ、ひどい。クラウス・シュミットも相当怒ってますね。可愛い妹さんへのひどい扱いに、ご立腹の様子です。


 が、頑張って、ウェルクライム様! この招待状、貴方に託しますから、どうか暴れないで!


 私は扉の隙間から、招待状を差し入れました。すでにウェルクライム様のお顔は、耳まで真っ赤になるほど怒り狂っている様子、私からは後ろ姿なのではっきりと確認はできませんが、音高く取り上げられた招待状が、何よりの証拠です。


「俺はニセモンの紙っぺらを使うセコい貧乏人を、案内する義理なんかねーんだよ。おら、よく見ろ、これには王家の紋章が無いだろ! お前たちが使った招待状は、偽物だ!!」


 おお!! ウェルクライム様、さすがです〜!


 さすがのクラウス・シュミットも、これにはたじろぐはず……ん? なにやら、ふところから大きな封筒を取り出しましたよ。あれは……ああ! ベラドンナ家の家紋を押された、蝋の封印が、綺麗に残ってます。


 あ〜! この人、蝋を破壊せずに、封筒の端っこから切って中身を取り出したんですね。だから封蝋が残ったままなんだ。


「偽物なわけがないだろう! それはレニー・ベラドンナ嬢からいただいた書状だ! ここに彼女の印もある!」


 クラウス・シュミットは堂々と封筒を掲げました。うぬぬ、かんっぜんに立場が逆転してしまいましたよ、どうするんですか、ウェルクライム様ー!


 クラウス・シュミットは靴音高くウェルクライム様に近づくと、小声になりました。


「偽物だと言い張るなら、きみの主君が誤ちを犯したことになるぞ。陛下の前で主に恥を掻かせるつもりか? 僕に任せてくれ」


 クラウス・シュミットは、招待状を奪い取ると、少し後退してウェルクライム様から距離を取り、ばさりとマントをひるがえして背を向けました。


「きみが我々を通したくなかった理由は、よくわかった。招待状を偽物だと勘違いし、この場で正しきを貫こうとしたのだろう? じつに良い心がけだ。今どき、きみのような青年は珍しいよ」


 わ、褒めた。自分に恥を掻かせた相手を、褒めましたよ!?


 もしかして、後腐れなく事態を、収拾しようとしてくれてる……? な、なんだか、ステキな人ですね。


「クラウス、後ろ!!」


 叫んだのは、あの花嫁さんです。


 なんてことでしょう! ウェルクライム様が彼に飛びかかりました。びっくりして振り向いたクラウスの顔面に、拳がめりこみます! うわあ、痛そう!


「おにーちゃまあ!!」


 妹さんの声にハッとしたクラウスは、片手にしていた杖を、思いきり振り上げてウェルクライム様のあごを強打! 返す刀(杖?)で頭頂部も殴打!!


 あああウェルクライム様が倒れたー!!


「ウェルクー!!」


 壇上にいたベラドンナ・レニー様が、転がらんばかりの勢いで、足から飛んでゆくハイヒールも意に介さず、駆けつけました。気絶しているウェルクライム様を抱き上げ、キッと睨みつける相手はクラウス・シュミット。


 クラウス・シュミットは鼻血をこぼしながらも、しっかりした足取りで、妹さんのもとへ。


 妹さんの横には、あの花嫁さんが立っていました。


「クラウス、トイレで顔を洗ってきて。あと頭も冷やしてきて」


「でも」


「きみの妹なら、僕がお手洗いに連れていく」


 花嫁さんの一人称が、まさかの僕でした。これ以上ないほど女性らしさ溢れる衣装なのに、話し方も凛々しいボーイッシュ。


 あ、ベラドンナ・レニー様と目が合ってしまった……うわあ、みるみる険しいお顔になって。


「なにをしておりますの、そんな所に隠れて」


「えっと、あの、その、あの」


「なぜ招待状をウェルクの手に渡しましたの」


「それは、あの……えへへ」


 笑ってごまかそうとしましたが、ベラドンナ・レニー様が綺麗な手をひらめかせて、親指を立てて首を一閃。


「クビよ! 二度とわたくしの前に現れないで!」


「ひえええ〜。ご、ごめんなさーい!」




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