第35話   バナナはおやつ

 会場より三段ほど高い壇上に移動したヘイワーズさんが、優雅に一礼。みんなで拍手。


 ヘイワーズさんの水のように流麗な祝辞を聞き流しながら、ふと僕は、はるか上の壇へと視線が吸い上げられた。


 この日、僕は生涯忘れないであろう衝撃的な人物を目にすることになる。


 見目麗しい青年であるヘイワーズさんの、さらに三十段くらい上の段が、王様の座る壇上になっているんだが、その玉座の巨大なことったらなかった。


 その椅子に、大股を広げてどっかり座っているのは、バナナを一房、皮ごとバリバリと食ってる、全裸で黒髪の大男だった。


 全身が筋肉の塊で、骨格の大きさが規格外。僕とこれだけ離れてるのに、彼の姿がくっきり見えるほど身長もでかい。おまけに、一度視界に入れたとたんに、もう視線が釘付けになるんだけど、なんなんだ、あの人物は。


「ケイトリンさん、あそこでバナナを食べてるのは誰なの? 勝手に王様の椅子に座ってて、誰か叱らないのかな」


「クラウス、なんてこと言うの! 王様に無礼なことを言ってはダメ」


 王様!?


「え、あれ王様なの!? なんで服着てないの!?」


「裸じゃないよ、よく見て。バナナの葉っぱでできた腰蓑こしみのをつけてる」


「あ、本当だー、って正気かよ! 舞踏会に腰蓑一丁で参加するか普通!」


「王様にとって、服は窮屈。すぐに脱いじゃうの」


 うっそだろ、あれが我が国の王様なんて、信じられない……一人だけ文化レベルが違うぞ。妖精やリーさんと同じ黒髪だけど、まさか、繋がりとか、ないよな?


「この後、立食パーティだろ? それなのに、バナナの房を皮ごと食べてるよ」


「あれは、おやつだよ」


「おやつ!?」


「王様、いつもパーティの準備の現場監督をしているから、忙しくて食事できないの。だから、大量のバナナで栄養補給してる」


「あんな量を食べたら、太っちゃうよ」


「すぐに筋肉にするから、大丈夫なんだと思う」


 いろいろと規格外な人物だった。


「あの王様も攻略対象キャラなんだけど、キャラデザとイラストレーターさんが違うのよね。しかも、いくら公式がパッチ配布しても、バグで攻略できないのよ。照れ顔は可愛いんだけどね〜」


 あのあご割れてるおじさん、照れるの? 裸でバナナ食ってても平気な顔してるけど、なにで照れるんだ?


 あ、ヘイワーズさんの祝辞が終わる。


「それでは皆様、今宵は楽しんでいってくださいませ。この素晴らしい夜の企画者にして、我らが寛大な王に、盛大な拍手を!」


 あわわ、僕も拍手しないと。


 えー、なんかショックだな〜。もっと尊厳に満ちた立派な男性かと思ったら、裸バナナだったよ。


 王様の椅子の背後に控えてる青いドレスの女性は、ベラドンナ・レニーだ。そっか、王様の婚約者なんだっけ。


 ウェルクライム・ハイドは、一緒じゃないみたいだ。あんなナイフ野郎がどこにいようが興味はない、と言いたいところだけど、いないならいないで不安になるのが危険人物の嫌なところだ。


 どこ行ったんだろう。ざっと見回したら、一人で壁際に立っていた。女性と楽しげに、なにやら話しているその姿は一流コンシェルジュだ。おねーさんたち逃げて〜そいつブラックコーヒーで退化する野蛮人だよ〜。


 そんなことを心の中で忠告していると、扉が大きく開かれて、白いワゴンテーブルに載った料理が、運ばれてきた。意外にも、あっさりした前菜系ばかり。もっともったりと油ぎった料理が出てくるかと思ってたや。


 なんか喫茶店の軽食みたい。ちょっとがっかりだ。


「クラウス、これは前菜だから、食べすぎないでね。後からくるメインが、入らなくなるよ」


「あ、そうなんだ、分けられてるんだね」


 だよねぇ。パーティのご飯にしては、あっさりしてるなって思ったよ。うちの食卓よりはマシだけど。


 あれ? なんだこの既視感は。会場にワゴンテーブルを次々に運んでくるメイドの制服に、強烈な違和感が。


 どのメイドたちも、おそろいの水色のワンピースに白いエプロン……って、ああー! アイリスと全く同じデザインだ!


 どういうことだ?


 アイリスの衣装をくれたのは、ベラドンナ・レニーだったな。ヘイワーズさんもベラドンナ・レニーも、アイリスの衣装のこと褒めてくれたけど……まさか、嫌味かよ!


「あいつら、アイリスに使用人の服を着せたうえで、よく似合うだなんて言ってたんだな!」


「え?」


「くっそー!! あいつら!! よくも妹を辱めてくれたな!! こんな小さな子供にまで嫌がらせするなんて、絶対許さないぞ! 抗議してやる!!」


「クラウス、大声出さないで。王様の前で、無礼なことをしてはダメ。見て、玉座を。新参者のきみを、怖い目で見ているよ」


「え?」


 さっきまでバナナ食ってたじゃ……うわ、すごい青筋立てて僕らのほう睨んでる!


「歌舞伎役者みたいな眼力ね」


 妖精、冷静だな。その、カブキなんとかはわからないけど。


 王様の視力と聴力どうなってるんだよ。気づかないふりして背を向けるわけにもいかないなぁ、素直に、頭を下げておこう。


「でもケイトリンさん、ほかに衣装なんて持ってないし、どうしよう、アイリスを連れて会場を出ようかな」


「ねえクラウス、思い出して。きみはなんのために、ここにいるの? 妹さんを助けるためだろ? 衣装なんて、どうでもいいはずだよ」


 ケイトリンさんが、真剣な顔で僕を見上げて、そう言った。彼女の、すごく心配そうな緑色の両目に見つめられるうちに、熱くなってた自分が、おかしな方向に行きかけていたことに気付けたんだ。客観視って言うのかな。


「ごめん、僕どうかしていたよ」


 僕が謝罪すると、ケイトリンさんがほっと息をついたのがわかった。こんなに顔を近づけてまで、心配してくれる人を、僕は知らない……お母さんみたいだと思った。


「うん、あの……ちょっと落ち着いたや、うん、ありがと」


 へへ、と苦笑気味に、ケイトリンさんから離れた。なんかちっちゃい子になったみたいで、恥ずかしかったから。


 ケイトリンさんは、気にしていないとばかりに、首を横に振った。


「クラウス、後ろ姿が特にかっこいい。きっと女の人たち、声がかかるのを待ってる」


「え? あ、うん、じゃあ……お金持ちそうな女の人に、お願いしてみようかな。声かけてみるよ」


「私も、手伝う。クラウス一人じゃ、相手の顔も名前も、わからないだろうから」


「助かるよ。ありがとう」


 借金の一時的な肩代わりを、初対面の人に頼むなんて、しかも女性を狙って声をかける方向性でいくんだよなぁ。もう没落してるよな、僕ら……なんて、しょげてる場合じゃない。


 大事なことを頼む相手なんだから、慎重にいこう。


「ん? ケイトリンさん? どうかしたの?」


 なんか立ち止まっちゃって、ついてきてくれない。どうしたんだ?


 ケイトリンさんは「うん……」と小さく返事して、もじもじしながら、足元を眺めている。彼女のハイヒールの爪先が、白いスカートからのぞいている。


「なんでだろう……クラウスが他の女の人を、頼りにするの、なんか、やだ」


「え? でも」


「うん。妹さんのため、仕方ないって、わかってる。けど、わかんない……なんで、こんなに嫌な気持ちになるのか」


 ああー、わかる。僕ももやもやしてるから、わかるよ、ケイトリンさん、それ嫌悪感って言うんだよ。


「きっと、きみに正義感があるからだよ。僕のしようとしていることって、とても褒められたものじゃないからさ、いろいろと気になるのかもね」


 仮装してお金持ちの女性に言い寄るなんて、我ながらひどい有様だよ。誰かに非難されても文句言えないよなぁ。いちおう言うけど。


 不機嫌な女性ほど扱いにくいものは無い。ケイトリンさんの機嫌、すぐに直るといいけどな。


「おにーちゃま、のみもにょほしぃ」


 え?


「オムリェツたべちゃーい!」


 アイリスが会場に座りこんでしまった。こっちにも不機嫌な淑女レディが一人いたよ。そう言えば、晩ご飯の時間だね。


「クラウス、妹さんをお世話しながら誰かに声をかけるのは、大変」


「うん、それには、同感するよ……でも、アイリスもお腹すいてるだろうし、なにか食べさせないと」


「待ってて、お父さんたちを捜してくる。妹さんの面倒を、見てもらおう」


「すまないカーク、じゃなかったケイトリンさん」


 うーわ、僕まで間違えちゃったよ。さんざん助けられておいて、最低だ。


 ケイトリンさんは気にせず人混みの中へ。彼女が不機嫌になる基準が、わからない……。


 喉の渇きを訴えるアイリスを抱えて、飲み物をくばるメイドのほうへ、歩いていった。いろいろなジュースが入った瓶がそろっていて、お酒やミックスジュースも作ってくれるみたいだった。


 アイリスは大はしゃぎで、あれもこれもとメイドに注文、大人サイズのコップで飲み比べ始めた。


 そろそろ止めないと、お腹壊しちゃうよ。オムレツも食べたがってたしな。


「おにーちゃま、おちっこ!」


 あああ言わんこっちゃない。トイレどこだっけ!?


 メイドに聞いたら、すぐそこだってさ。よかった、急ごう!


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