第33話   会場での再会②

 ケイトリンさんいわく、参加者全員が揃った時点で、立食パーティが開かれるそうだ。なるほど、遅刻者には容赦なく白い目が向けられる仕組みか……怖いなぁ。ちなみに、どうしても参加できない人は代理人を立てれば良いそうだ。


 ケイトリンさんは、僕の横にぴったりくっついて、いろいろと説明してくれた。彼女は僕の後ろに隠れたがっていたけれど、やっぱり後ろだと体勢的な意味で話しにくく、なにより、ケイトリンさんの声が小さいから、横にいてくれないと聞き取れないんだよな。


 そんなわけで、彼女には横にいてもらってるんだけど、彼女との約束だから、伯爵とお義母かあさんとは距離を置いて歩いている。


 僕の知らない職業の人、僕の知らない、難しい立場で闘っている人、たくさんの人を笑顔にしてお金を稼いでいる異国の女優さんなどなど、僕なんかが居てもいいんだろうかってくらい、豪華な顔ぶればかりが並ぶ。


 うちの国って、けっこう世界中から重要視されてたんだな……。てっきり、いろんな国から恨まれ過ぎてて、パーティに呼んでも完全武装した敵兵しか来ないんだと思ってたや。


 ふと、ケイトリンさんの腕が視界に入った。筋肉で引き締まった両腕は、二の腕あたりまで白の手袋で覆っていて、二の腕から肩にかけて露出した肌には、なにやら、無数の小さな傷跡が。大きな傷もあるけど、これって、獣に引っ掻かれた跡、なのかな。


 そうじゃなかったら家庭内暴力ものだぞ。かさぶたもあるし、最近の傷もある。ちょっとカマかけてみよう。


「ケイトリンさん、カークのお手伝いしてるんだろ? えらいね」


「え?」


「その傷、動物にやられたんだろ? わかるよ」


「へえ!? ど、どうも、ありがとう……」


 あ……ケイトリンさんが恥ずかしそうに両腕を組んで、そっぽを向いてしまった。あーそうか、僕のほうから女性の体の傷のことを聞くのは、よくなかったな、ここは晴れやかな舞台だし……よけいな発言だった。


 ……どうしよう、気まずい。なにか話題になるもの無いかな〜。あ、会場のシャンデリア、綺麗だな。あとは、会場のすみを飾る見事なお花とかだな。


 ん? げ、カラフルなクジャクドレスを着て、身をくねらせながら会場を練り歩いているのは義母さんだ。なんだか、こっちに近づいて来てる気がするぞ……あ、ちがう、気のせいじゃない、こっち来てるよ!


 まさか、僕だって気づかれたのか? ……あ、違うや、あの自信に満ちたイキイキした顔は、たぶん、目新しい若者を口説きに来たって感じだろう。溢れんばかりの自信というのは、時として人をこの上なく下品に見せるんだな。


「まんま?」


 疑問系で尋ねる妹の口をふさぎ、ついでに、黒のマントで隠した。


 だ、誰か僕も隠してくれ! 嫌だよ、こんな人に口説かれるのは!


「失礼。ちょっと通るよ」


 そこへ、一人の……いや、若い女性を大勢連れた一人の男性が、義母さんの進行を妨げるように横入りした。


 胸元の大きく開いた衣装で、でもラフさは無く、正装感があるという、なんとも不思議な格好だ。それがすごく似合っているのだから、この人はきっと自分の見た目のことをすごく研究して、理解しているんだろうな。


 実際は服屋のハイセンスな店員さんに選んでもらったのかもしれないけど、個性的でかっこいい人だってのは、充分過ぎるぐらい周囲に伝わってる。それを本人もわかってるって感じがする。


 あ、義母さんがおとなしく去ってゆくぞ。やった、あきらめてくれたんだな……って、別のイケメンに声かけてるよ。もう勝手にやっててくれ。


「やあやあケイトリン! ずいぶん親しげに寄り添っているじゃないか、紹介してくれないかな、どこの御仁だい?」


 え? あ、僕のことか。自己紹介くらい自分でしないとな。


「こんばんは。僕はクラウス・シュミットと申します。ケイトリンさんとは、えっと、まだ知り合ったばかりでして――」


「へえ? きみがクラウス・シュミット? 本当に? じゃあ、まだ十七歳なの?」


「ハハハ……」


 老けて見えますよね〜。こんなに顔にシャドーを入れられちゃあね……。


 う、この人、顔を近づけてきた。僕の顔の部位を、じっくりと観察している。まるで調査しているかのように。


「なんだぁ、よく見たら子供じゃないか。すごいメイク技術だなぁ、すっかり騙されたよ」


「あのー、貴方は」


「ああ、申し遅れたね、僕はヘイワード・リヴァーだよ。図書館長をしている」


「ええ!? 貴方が、ヘイワーズさん!?」


 若いな〜、二十代半ばで王都の図書館長なのか。もっと歳のいった人だと思ってたや。


「ヘイワード・リヴァーだよ。二度と間違えないでくれるかな」


「あ、はい、すみません……」


 なんだか、お高くまってそうな人だな。眉毛も痙攣させてるし、神経質そうな感じがする。


 ケイトリンさんが、背伸びして僕に耳打ちする。ごめんよ、七センチもある厚底ブーツで。


「彼のお父さんは、侯爵様。もうすぐ、ヘイワーズが跡を継ぐけど、周囲はすでに、ヘイワーズを侯爵として扱ってる。女の人がたくさん寄ってくるのは、たぶん、それのせい」


「つまり、伯爵よりは位が高いんだね」


「うん、そう。でも、あの調子じゃ協力は頼めない。彼は恐ろしい人。殺しはしないけど、負傷者の数ならハイドを超えてる」


 ええ~? ……この国の貴族、戦闘狂が多くないか。攻撃的な性格してないと、生き残れない世界なのかな。そんなの疲れちゃうよ~。僕だって口論が好きなわけじゃないからな。


 あ、そうだ、図書館の書庫を封鎖したのって、この人だったっけ? ベラドンナ・レニーの指示に従ったんだよな。


 じゃあ、この人はベラドンナ・レニーの手下なのか。用心しないと。


「図書館の書庫を開けてあげられなくて、悪かったね」


「え? あ、はい……僕たちが書庫まで尋ねに来たことを、ご存知なんですね」


「ああ、部下から聞いたよ。きみもベラドンナ・レニーは知ってるだろ? 彼女から、舞踏会が終わるまではきみを書庫に入れるなと命令されていてね、身分は彼女のほうが上だから逆らえなかったんだ」


「ああ、その件でしたら、また後日に書庫に通してもらえたら、なんの問題も――」


「やあケイトリン! 素晴らしいドレスだよ、今日ほどきみと過ごせない時間を惜しんだ夜はない。舞踏会の司会を頼まれてしまったんだよ。ああどうして僕は多忙な侯爵家に産まれてしまったんだろうね、自分の生い立ちが憎いよ」


 それは爵位のない僕への嫌味か。さっきまで僕と大事な話してたのに、急にケイトリンさんを口説きにかかるなよ、びっくりしたぞ。


 あ、ケイトリンさんが僕の後ろに隠れてしまった。このヘイワーズさんって人のこと、怖がってるみたいだ。


 さっき司会だって言ってたから、そのうち僕らから離れてくれるだろ。嫌味などは適当に僕が言い返して、彼の時間を潰させよう。


「おにーちゃま、あちゅいぉ……」


 あ、マントでアイリスを隠してたの忘れてた! うわあ、汗でおでこに前髪がくっついちゃってる。


「暑かったな、ごめんな」


「うん……」


 あー、すっかりご機嫌斜めになっちゃったよ、泣かれないかな……って、ちょっとヘイワーズさん、なんでアイリスにまで顔を近づけるんだよ、見境が無いのか。


「アイリスちゃんアイリスちゃん!」


「んみゅ?」


「その衣装、とっても可愛いね! お姫様かと思ったよ。まるでアイリスちゃんのために作られたみたいだ!」


 大げさに驚いて、笑顔になってみせるヘイワーズさん。アイリスがきょとーんと彼を凝視し、やがて感動したように目を潤ませて、両手をほっぺに当てた。


「ありぎゃとー!」


 わああ、アイリスが口説かれちゃった!


「い、行こうアイリス! このお兄さんに近づいちゃダメだ!」


「え〜? にゃんで〜?」


 口を三角にとがらせるアイリスを抱えて、僕らは急いで彼から離れた。後ろから、ヘイワーズさんの高笑いが聞こえる。くっそ〜、覚えてろよ〜!


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