第31話   届いたのは純白のドレス

 更衣室、女性用の、更衣室……あった。ここだ。


 けど、僕が着るのは、男物だから、ここに届いた服を受け取った後は、男性用のお手洗いで着替えを済ませないと。この部屋で着替えたら、男性がいるって騒がれちゃうから。


 更衣室の受付のおばさんに、声をかけた。


「はいはい、届いていますよ。ケイトリン・モーリス様ですね」


 え? なんで、その名前が出てくるの?


「僕、カークランドの名前で衣装を注文したはずなんだけど、ケイトリンになってるの?」


「はい。それと、ベラドンナ・レニー様より派遣された、着付けの者がお待ちしておりますわ。どうぞ更衣室の奥へ」


 ええ……?? なんで、彼女の使いの者が、僕を着付けるの?


 おばさんは後ろの棚にぎっしりと重ねられた木箱を一つ、引っ張り出して、テーブルの上に置いた。受け取り書も出して、僕がサインをするのを待っている。


 嫌な予感がした。おばさんに断ってから、木箱の蓋を固定している黒のリボンを、解いてみた。


 蓋を開けてみると、照明の光を反射するクリスタルビーズが散りばめられた、純白のドレスが、ふんわりとたたまれて入っていた。


「まあ、なんと綺麗なドレスなんでしょう!」


 おばさんがほっぺに手を当てて感激している。けど、僕が選んだ燕尾服えんびふくとは似ても似つかない。


「違う。僕が頼んだのは、この衣装じゃない」


「ええ? ですが、モーリス様のお衣装は、これしかございませんでしたよ」


 やられた。きっと彼女の仕業しわざだ。


 どうしよう……今からどこかで借りるなんて、間に合わないし――


 ん? なんだか、女の人のはしゃぐ声が増えてきたような、そして、大きくなってきたような。


「やあケイトリンじゃーないか!」


 う、この爽やかな明るい声は。


 振り向いてみたら、やっぱり、そこに立っていたのはヘイワーズだった。図書館長の。


 彼の家系は代々、水の魔道士。舞踏会の日でも、その姿勢を貫く服装。だぼつきやすい魔道士のローブを、すっきりと体にフィットした作りに替えて、さらに胸の開いた涼しげな感じに。いろいろアレンジする人だ。


 たなびく白いマントにも爽やかな青色の線。波打つ長い金髪と同じ色の仮面は、片目だけを覆い隠す特別な作り。指や仮面に、大粒のアクアマリンが輝いてる。


「ヘイワーズ……」


「おいおーい、それは数多の図書館をまとめて呼ぶ際に、民衆が付けた複数形だろ? 僕の名前はヘイワードだ。あまり間違われると、傷つくなぁ」


「ごめん」


「ハハハハハ、ケイトリンは変わらないな」


 いつもこうやって、幼馴染アピールしてくる。そのつど、ヘイワーズの後ろにいる大勢の女の人からの、鋭い眼光が飛んでくる。


「ヘイワーズ、ここは女子更衣室。あんまり男性は近づいちゃダメ」


「んん? 僕がどうして先にお城に来ていたのか知りたいって? 舞踏会の準備に駆り出されていたんだよ。いやはや、会場の準備を手伝うのは、骨が折れた。ハハハ、本当に折れるところだったんだよ。なにせ王様が元気過ぎてねー、片手で僕に向かってテーブルを投げてくるんだよ、そっちに設置しろーって。ハッハッハッハ! やあ本当に、笑っちゃって涙が出てくるよハハハハハ」


 大きな口で笑うたびに、白い歯が輝いてる。


「それよりさーケイトリン、さっきなにを騒いでたんだい? きみらしくないじゃないか。まあ、きみらしさなんて、誰かが決めつけていい領域ではないかもしれないけどさー」


「なんでもない」


「わあ! どうしたんだい、この素晴らしいドレスは!」


 あ、ヘイワーズが肉を目の前にした子犬みたいにドレスに喰いついた。しかも木箱から出してゆく!


「ちょ、ちょっと、取り出さないで! 広げちゃやだ!」


「うわあ~、まるで花嫁衣装じゃないか! そうか、そういうことだったんだねケイトリン! ようやっとこの僕と結婚する意志を固めてくれたというわけだ!」


「ちが――」


「ハハハハとんだサプライズだ、素晴らしいよケイトリン、ああ、ケイトと呼んだほうがいいかな? 最高の誕生日プレゼントだよ! 生きててよかった!」


「え? 誕生日!?」


 初めて知った。今年で彼が何歳になるのかも知らない。とにかく、誤解を解かないと。


「ヘイワーズ、これは手違いで届いたんだ。それに、僕は女性として生きる道は捨てた。貴方の恋人にもなった覚えはないよ。そもそも、貴族同士の結婚は、この国では認められていない」


「ふふふ……」


 ヘイワーズが顔を下げて、不気味な笑い方をした。


「……認めさせるさ、あの王様にね」


「ヘイワーズ、貴方にはもっと相応ふさわしい女性がいると思う。どうしたら僕を、あきらめてくれる?」


「ビーストテイマーになる夢を、きみがあきらめてくれたらさ」


「それは無理。今日、王様にこの子たちを献上して、正式なビーストテイマーとして認めてもらう予定だから」


 ヘイワーズが顔を上げた。彼の両目が、不自然にギラついている。


「じゃあ、その顔の傷を誰につけられたのかを白状してくれよ。そうしたら、きみの代わりに犯人に制裁を加えてあげるから」


 僕は、彼の様子にため息が出た。僕の望まないこと、彼はやり遂げてしまえるから。


「それも、無理……貴方に人殺しをさせたくない」


「それじゃあ、きみをあきらめるわけにはいかないなぁ。ケイト、会場で誰よりも輝いている姿を、見せておくれ。この僕のためにね」


 ヘイワーズは明るい笑顔に戻ると、木箱にドレスを戻して、くるりと回れ右。その勢いで、長い金髪が跳ねた。


「やあやあ待たせたね子猫ちゃんたち、さあ行こうか!」


 綺麗な衣装を着た女の人たち、キャーッて、喜んでる。


 でも、どの人ともそんなに仲良しじゃないの、僕は知ってる。それなのに彼、女の人たち集めてる。恋人扱いしてる。


 僕を、何人目の恋人にするつもりなの、気持ち悪い……。


 このドレス、どうしよう。こんなに明るい色のドレスなんて、着たことない。着るのが、怖い……。


「ケイトリン・モーリス様ですね」


 わ、びっくりした。お城の兵士三人が、いつの間にか僕のそばに来ていた。


「本日、ご献上予定の品は、この三頭でよろしいでしょうか」


「あ、うん」


「会場では立食パーティが開かれます。食事の場に動物がいるのを苦手とする人もいますので、こちらで預からせていただきますね」


「わかりました。では、あの……この子たちを、よろしくお願いいたします」


 ケルベロスたちの背中を撫でて、あの人たちに付いて行くように、指示を出した。




 舞踏会、遅刻も欠席も厳禁。そういう暗黙の決まり。破ると、大勢から不信感を買ってしまう。


 仕事が、できにくくされてしまう。


 僕は、すっごく嫌だったけど、ベラドンナ・レニーのメイドたちに、ドレスを着付けてもらった。


 顔の左側の火傷やけど跡も、長く伸ばしていた前髪とヘアピンで、隠してもらった。付属のレースも、しぶしぶ頭に被った。これで少しは僕だって気づかれにくくなってる、はず。


 ク、クラウスには、なんて言おう……カークはお腹壊しちゃったから、ずっとトイレにこもってるって言い訳は……ダメか、クラウス優しいから、トイレまで様子を見に来てしまう。


 どうしよう。言い訳が。でも今、待たせちゃってるし、とりあえず、待ち合わせ場所に向かわないと。


 ああ、長いスカートなんて十年ぶり。歩きづらい。白いハイヒールも、しっかりと絨毯じゅうたんを踏みしめられなくて、体がぐらつく。ちゃんと踊れる自信がない。


 あ、あった、この部屋だ。緊張する……。僕は勇気を出して、部屋に入った。


 あれ……? クラウスとアイリスがいない。


 待ち合わせ場所を間違えたかと思って、そこに座っていた人たちに、クラウスの容姿の特徴を伝えた。すると、彼はたしかにここに居たと言われた。


 なにやら、ものすごく怒った様子で、会場方面へ向かって行ったそうだ。小さな女の子が、それに追いつけず、まってまって、と必死に走っていったとも、付け足された。


 ……もしかして――気づけば、僕は、待合室を飛び出していた。クラウスが、どうしてここにいないのか、最悪な心当たりがあったから。


 クラウス、悪いくせがある。言いたいことは相手に向かって、なんでも言っちゃうし、相手が悪いことをしていたら、そっちに向かって指摘しに行こうとする。


 そこから先のこと、なんにも考えないまま。


 たぶん、クラウスは、伯爵かお義母かあさんを、見かけたんだ。待合室で見かけたのか、それとも、ちょっと部屋から出てみたときに、遭遇、とか。


 とにかく、まずい。クラウス、相手とケンカしてるかも。王様の前で、無礼なことしちゃダメなのに。


 会場はこっち。この綺麗に艶出しをされた扉。ああ、さっそく、クラウスの苛立った声が聞こえる。


 僕は扉を引き開けた。


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