第30話   舞踏会会場受付前

 あ〜疲れた……やっとお城に近づけたよ。ちょっと歩くだけで人だかりができるから、大変だった。いったい何枚の名刺を渡されたのやら、数えきれない。


 リーさんが僕にやってくれたメイクと仮装の威力のすさまじさを、骨のずいまで体感したよ……。


「おにーちゃま、おしろ? あれ、おしろにゃのー?」


 アイリスが背伸びして指さす先は、空、ではなく、お城の屋根だった。チョコレート色の三角屋根。そして壁が白い煉瓦レンガなせいか、クリームを塗られたお菓子に見える。随所を飾る金細工の、植物のつるや花の形を模した飾りが、とてもお洒落だ。なんの花かな、シュミット芋の花に似ているのは、さすがに気のせいかな。


 お城の壁を白く保つのって、いったいどれくらいの人に掃除を頼めば可能なんだろう。そのお城に近づきたい僕らの前方には、長ーい石畳と、数多の門が設置されていた。


 どの門も大きく開かれていて、来客がぞろぞろと入ってゆく。


 門の両脇には警備兵がありのように密集していて、でも来客にお辞儀をするだけで、逐一ちくいち顔と名前を確認はしなかった。お城の正面から入るんだし、さぞ警備が厳しいだろうと思っていたから、ちょっと意外だった。


 だけど、うぬぬ……僕はだまされないぞ。どうせ僕とアイリスだけ、やたら怪しまれて、ヤレ名を名乗れだの、聞いたことない名前だだの、いろいろ言われて足止めされるんだろ。わかってるんだぞ。だから早めに来たんだよ。もうお客さんがいっぱい来てるけど。


「ど、どうぞお入りください!」


 え? なんだか、門番の人たちがやたらと丁寧に招いてくれた。もしかして、この手にしている招待状のろうの家紋のせいかな。これ、ベラドンナ・レニーの家のものなんだよな。


 その後も僕らは、次々と門を通ることができた。相変わらず大勢の視線を集めながら。


 カークの猛獣を恐れてる人もいたけれど、僕のほうに視線が多く集まっている気がするのは自意識過剰なんだろうか。


 もしかして、これも招待状の……? じゃあ、この場のみんなが、彼女を恐れてるってこと? あの、僕、そんな人と一曲付き合うことになってるんだけど、無事で済むんだろうか。


 うわ、なんだなんだ? トランペットの音が。


「クラウス、これは歓迎の曲。招待客の到着が早めだから、早めに演奏が始まったみたい」


「す、すごいね、明るくて力強い曲だ」


 ああ、びっくりした。こんな至近距離で大音量の楽器の生演奏を聴いたのは、生まれて初めてだよ。


 あ、アイリスが両耳を抑えて、不満そうにしている。小さい子には、刺激が強いよな。音楽の良さも、わかんないだろうし。


 石畳の道の両脇を、情熱的な演奏家たちの生演奏に飾られながら、僕らはついに、お城の玄関へと到着した。


 玄関の両開きの扉は、大きく開かれていて、馬車でも入れそうなくらい、広い玄関ホールが見える。


 え……玄関ホールで、合ってる、よな? 大勢が入れる待合室みたいな広さがあるんだけど。こんな場所でも、財力アピールと権力の圧力をかけられるとは。金持ちの世界ってなかなか恐ろしいな。


 妹とはぐれないよう手を繋いで、玄関ホールへと足を踏み入れる。ああ、女性の付けてる香水の匂いが、入り混じってきて、頭が痛い。これ僕の寝不足も入ってるよな、二時間くらいしか寝てないせいか、なんだか体が熱くて、頭が不快にボーッとする。


「クラウス、受付を済ませよう」


 カークに案内され、僕とアイリスは玄関ホールを抜けた先で、六つも設置された受付テーブルの列に並んだ。うわあ、目の前を並ぶ人たちが、挨拶したり握手したり、昔からの付き合いがあるみたいで、その節はどうも、な感じのやり取りをしている。


 仕事の話を持ち掛けている人たちもいた。


「やあ、カークくん。お父さんは息災かい?」


「はい。おかげさまで」


 列の外から、カークに声をかける人も。


 ここは社交場であり、合法的にいろんな人たちと交流が持てる機会でもあるのか。べ、勉強になった、けど……よく知らない人と、いきなり親しく会話するのって、馴れ馴れしいとか思われそうで緊張してしまう。


 僕がここに来た目的は、自分より財力のある人と縁を結ぶことだけど、これってかなりハードルが高いというか、今日明日程度でこなせる課題じゃない気がする……。


 あ、うじうじ悩んでたら、僕の番が来ちゃった。手前に並んでたカークが、受付から離れて僕とアイリスを待っている。


「こんばんは、えっとー、招待状を見せればいいのかな。はい、これ、僕と妹の分だよ」


 封筒から招待状を二枚取り出して、受付嬢の目の前に置いた。確認しやすいように、彼女のほうへ文字の向きを合わせて。


「あ、あ、あ、あ、あ、あの、どうぞ、舞踏会の会場へ」


 受付嬢は僕の顔に、目を見開いていた。しかも顔が蒼白している。


「大丈夫? 顔が真っ青だけど」


「い、いえ、あの、あの、クラウス様が、こんなにすごいお方だったなんて、聞いていなくて、その、過呼吸が」


 リーさんの魔術は、人を過呼吸にするのか。急病人が出る前に、早く進もう。


 無事にカークと合流した。


「僕は衣装を引き取りに、更衣室へ移動する。すぐに戻ってくるから、どこかで待ってて」


「うん、いくらでも待つよ」


 今までさんざん待たせたことだし、きみの頼みなら一年くらい待てるよ。


 僕らは待ち合わせ場所を決めることにした。お城はメイドさんもたくさんいて、ちょうど良い部屋がないか尋ねたところ、最寄りの控え室に案内された。


 控え室のソファには、他にもお仲間を待っている人たちがいて、僕とアイリスの出現に、明るい声をかけてくれた。


 ちょっと安心する。


 僕は内気な性格じゃないけど、さすがにこうも知らない人が大勢いる中で、悪目立ちする衣装を着ていては不安になってくる。


 カークがケルベロスたちを連れて、更衣室に移動すると言うので、アイリスと見送った。


「アイリス、ここで休憩しながらカークを待とうか」


「カークおにいちゃま、どうしたの?」


「着替えるんだってさ。きっと、すっごくかっこよくなって、戻ってくるよ」


「ケルちゃんたちは?」


「え? さ、さあ……たぶん、また会えるよ、きっと」


 そうだった、今日はケルベロスたちを王様に献上する日だった。


「カークおにいちゃまね、ずっと、しゃびししょーだったの。ケルベリョスね、おーちゃまに、あげちゃうんらって」


「そうか……寂しくなるね」


 カーク……きみの優しさが報われる日は、きっと近いと思うよ。だってケルベロスたち、とっても良い子だったから、王様からご褒美をもらえるかも。


 カークにとっては、ご褒美よりも、大事な存在かもしれないけど……でもこれで、きみは晴れて正式なビーストテイマーと認められるんだ。夢が叶うんだよ、今日はその記念日だ! ……って感じで、カークを慰めよう。


 僕には、きっと、それくらいしかできないと思うから。


「あ、あの……」


 の鳴くような声が聞こえて、顔を上げると、あの受付嬢が顔を半分ほど壁に隠して立っていた。


「ん? どうしたの?」


「い、いえ、あの……なんでも、ないです……」


 おろおろしながら、去っていった。


 なんだったんだ?


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