第28話   悪の王子様?

 その店の玄関は、金色の龍の置物でド派手に飾られていた。大小さまざまな龍が置いてあって、扉の四隅も龍でふち取っている。


「ラーメン屋みたいな雰囲気ね」


「ラーメン?」


「あ、こっちの話よ。あたしメタ発言とかばんばんブッパしちゃうけど、気にしないでね。いちいちあなたたちに合わせてたらストレスで頭おかしくなっちゃうから、気にせずしゃべりたいことをしゃべるようにしてるの」


「その、メタなんとかって言うのは知らないけど、ラーメンは知ってるよ。父さんの好物だったから」


 妖精が目を見開いて、きょとんとした。


「あなたたちの世界に、ラーメンあるの?」


「さあ? 父さんは、無いって言ってたけど。他にもスシとか、トウフとかナットウとか、父さんは練金ポットに材料を入れては、こっそり作ってたんだ。でも、正確なレシピがわからないそうで、いつもイマイチな味しかできないって言ってた。僕は本来の味を知らないから、どれも美味しく感じたけどね」


 その、ラーメン屋さんにそっくりなお店の玄関を押し開けると、ドアベルが景気良く鳴り響き、


「アイヤー! いらっしゃーい!」


 なにやら、格闘術めいた素早い動きを見せる不思議な店員が、大声で挨拶してきた。


 びっくりして硬直してしまった僕を置いて、妖精が店員へまっしぐらに飛んでいった。


「このカンフー的な動き! そしてチャームポイントのちょびひげは……リーさんだわ!」


 ほっぺたに手をあてて感動する妖精の声に、店員リーさんが顔を上げた。


「んー? アナタ、ワタシのこと知ってるのー?」


「はい! あたしは日本の東京出身の、日本人です。子供の頃に、あなたの番組をよく観てました!」


 ニホンジン……? たしか父さんの出身地も、ニホンなんだよな。どこの地図にも載ってないから、いつか詳しく聞こうと思ってたんだけど……。


「アイヤー! ワタシこんなにちっちゃい日本人、初めてよー」


 妖精とリーさんが大騒ぎしながら握手する。僕が完全に置いてけぼりだった。


「ちょ、ちょっと待ってよ妖精! この状況を説明してくれよ。そのー、リーさんって人とは、友達なの?」


「李さんは、カラフルでファンタジーでハイセンスな持ち主の、ファッションデザイナーよ。あたしのいた世界の子供番組で、大人気だったの。飛行機事故で行方不明になったって新聞に載ってたけど、この世界でお店をやってたなんて、びっくりだわ!」


 僕もいろんなことに頭がおいつかなくて、びっくりしっぱなしだよ。


 リーさんは妖精の手を離すと、少し悲しげに、太い眉毛を下げた。


「ワタシの家族、どーなったか、アナタ知らないか?」


「え? 李さんの家族?」


「ワタシここ来て、二十年。ワタシ娘いる。大きくなったか?」


「ああ! 知ってます知ってます思い出しました! 世界に羽ばたくファッションデザイナーとして、第一歩を踏み出してましたよ。一ヶ月前に、美容院の雑誌で見かけました!」


 娘さんがご健在と聞いて、再びリーさんに活気が戻った。二人してキャーキャーはしゃぎ、妖精が僕の事情を説明して、リーさんが快諾するまでの流れを、僕は呆然と眺めていた。


「あいあい、わかったよー、オニーサン大ピンチね。舞踏会、優勝オメデトするために、ハンサムになろうねー」


「李さんね、本当は日本語がめちゃくちゃ上手なのよ。日本人の奥さんと一緒にいるときだけ、普通にしゃべるのよね」


 ニホンジンの奥さん……。じゃあ、リーさんもニホンに詳しいのかも。身近なところに、父さんの手掛かりを発見してしまったぞ。時間に余裕ができたら……そうだな、舞踏会が無事に終わったら、妖精とリーさんに聞いてみよう。父さんの故郷である、ニホンのことを。



 妖精は男の生着替えを覗き見する趣味は無いからと言って、店の端っこの椅子に腰掛けていた。


 僕はリーさんの指示で、洗面所を借りて洗顔を済ませた。リーさんが言うには、汗やホコリで汚れた顔だとメイク乗りが悪いんだとか。


 ん? ってことは、僕、お化粧されるの……?


「ハイハーイ! キレイなったねー。そいじゃ衣装選び、始めー!」


 僕が顔を洗っている間に、あらかた見当をつけて衣装を選んでくれていたリーさん。彼のお眼鏡にかなった衣装が、ちょうど手に取りやすい位置にハンガー掛けされていた。


 ……これ、上着かな? 黒系統だけど、存在感を放つ重々しい装飾の衣装だな。これは主役が着る服では…。


 こっちのは、白のブラウスだ。仮装とは思えないくらい細部まで高そうなレースが仕込まれていて、さすがは貴族街のお店だと感銘を受けた。けど、びらびらしたえりの作りが、けっこう恥ずかしい。


「ヨッシャー、決まった、ワタシどれにするか決まったよー」


「え? 僕が決めるんじゃないんですか?」


「ワタシよー。だいじょぶだじょうぶ、ゼンブ任せてヨロシー」


 試着室に押し込められて、身に付け方もわからない靴下留めとか、ごてごてしたデザインのベルトとか、いちばん大変だったのは、不思議な形の肩パットが付いた上着をかっこよく着ることだった。


 鏡に映った僕は、まるで絵本に登場する悪役の衣装を着た……マネキン。これは僕よりも、もっと大人っぽくてエレガントな紳士に相応しい格好だと思った。


「さーさー、メイクタイムよー。ウィッグも選びましょねー」


「え? かつらも被るの?」


「そよー。妖艶な雰囲気が出るように、スーパーロングでストレートなヘアーにするよ。あ、ちょっとだけ片目にかかるようにすると、もっとかっこいいねー」


 ええ〜!? そんな髪型、似合うのか以前に、想像もできないんだけど。僕どうなっちゃうの……。あれよと言う間に、メイク室に引っ張られていった。



「ほいほい。背筋を伸ばしてー。ヘナッちゃうと、三枚目キャラになっちゃうよー。顔は常に前を見据える感じで。ヘラヘラしないようにねー」


 リーさんの助言に背中を押されるようにして、僕はメイク室から出てきた。


「……」


 まず妖精が、無言で僕を凝視した。うん、気持ちはわかるよ、かっこいいけど、僕らしくないよね……どうしよう、今からでも別の衣装に替えてもらおうかな。


「ク、クラウス王子なの……?」


「う、うん、僕だけど」


「それ、絶対にみんなに見てもらったほうがいいわ!!」


「へ?」


「李さん、どうもありがとう! これならベラドンナ・レニーのド肝だって引っこ抜けるわ! あ、お題は伯爵様にツケといて。王子のお義母かあさんの名前でね」


「ちょ、ちょっと妖精、考え直してよ、これどう見たって僕に似合ってないだろ!?」


「なに言ってるのよ! 悪の王子様みたいで、すごくかっこいいわ! それじゃ李さん、行ってくるわねー!」


 ちょ、ちょっと待って、本気かよ。こんな仮装で舞踏会に行って、ベラドンナ・レニーと踊れないよ。警戒された上に、あのハイヒールで蹴られる予感しかしないよ。


 妖精とリーさんのお墨付き、さらに妖精が扉を開けろとうるさいから、しかたなく、外に出てみた。せめてカークが、僕の味方になってくれたらいいんだけど。


「……」


「……」


 僕の姿を見たアイリスたちまで、無言で硬直してしまった。正直な話、身内からの無言攻撃が一番こたえた。


「お、おにー、ちゃま……」


「……ハハハ、おかしいよね、こんな格好」


「ううん、ちぎゃうの! しゅっごくきゃっこいいの!! きゃあああ!!」


 アイリスが走って僕に飛びついてきたから、慌てて抱っこした。しがみつくアイリスの黄色い声が、耳の鼓膜を攻撃してくる。


「あの、カーク……」


「……」


「ど、どうかな、これ、ハハハ……」


 カークは耳の先まで真っ赤になって、立っていた。


 ケルベロスたちは、頭を下げて道をあけている。なんの冗談だろうか。僕だってば、わかんないのか?


「本来の」


「ん?」


「それが、本来の、クラウスな気がする……たぶん……」


 この格好が、本来の僕だって? 妙なこと言うんだな、カーク。


「ほら、みんなが似合うって言ってるわ。自信持って」


「でもこれ仮装だし」


「仮装に見えないわ。むしろ正装よ。まるで闇の貴族みたい。ヴァンパイアみたいだわ」


 ヴァンパイア? たしか、人間の生き血を吸う種族だよな。日光に弱くて、日中は棺桶で寝てるっていう。


 僕は朝も昼も動けますけど。それ以前に人間なんですけど。


 そうか、これはヴァンパイアの衣装なんだ。杖と手袋も用意してもらったし、貴族っぽい高級感が増している気がする。


「おにーちゃま、おひるぎょはん、たべにいこー」


「え!? こ、この格好で」


「アイリシュ、おにゃかしゅいたもーん。ずーーーっと、おにーちゃまのこと、まってたんらおー?」


 小さな口をとんがらせるアイリス。すっかりご機嫌斜めだ。


 うう、たしかに、朝から昼まで、ずっと二人を外で待たせっぱなしだったな。ここはアイリスの機嫌も取っておかないと、舞踏会で癇癪を起こされちゃ大変だからな。


「わかったわかった。アイリスは、なにが食べたいんだ?」


「あしょこの、ムーシュたべたーい」


 アイリスが指差したのは、最寄りの喫茶店だった。外に看板が出ていて、イチゴのムース限定十五名までの文字と、ピンク色のムースの絵が描いてあった。


 限定品かぁ……お昼もかなり過ぎてしまっただろうし、間に合わないだろうな、と思いながら、お店の人に動物同伴を許してもらえるか尋ねに行った。


 ケルベロスたちも、お腹すいてるだろうし、お肉とか買えたらいいんだけど。


 いざ店内に入ってみたら、やっぱり僕の格好がおかしかったのか、お客も店員も静まり返ってしまった。


 それでも勇気を出してケルベロスたちのことを尋ねてみたら、快諾してもらえた。


 さらにムースを注文してみたら、代わりの豪華なケーキが、ムースと同じ値段で三名分、出てきた。


 その後は、お店にいたお客と、お店のオーナーから、たくさんの名刺をもらった。すごい肩書きのついた忙しい有名人ばかりで、なんで僕に話しかけてきたのか、疑問に思うほどだった。


 僕は名刺を持っていなかったから、クラウス・シュミットの本名で対応せざるを得なかった。


「クラウス、すごい人気だね……」


 カークが若干、怖がっているのがわかった。僕も怖いよ。どうしたんだろう、周囲の反応が、あきらかにおかしい。


「この状況、覚えがあるわ」


 カークの肩に座った妖精が、さらにあぐらを掻いて、考えこんでいた。スカートなんだから足を閉じなよ。


「このゲームには、ステータスとスキルの概念がいねんがあってね、チャームのステータスがカンストすると、こんなふうにどこでも人気者になっちゃうのよ」


「チャームって、魅力ってこと?」


「ええ。でも、着替えただけなのに、こんなにステータスが跳ね上がるのは変ね。じつは道中でじわじわと上がってたのかしら」


 妖精の意味不明な発言は、いつものことだ。彼女にはこのまま考えこんでもらって、僕はお店のレジ付近に置かれた振り子時計を確認した。


 カークも振り向いて、時計の針の位置に目を丸くした。


「大変、クラウス、あと一時間半で舞踏会が始まる。お城へ急ごう」


「う、うん、でも僕、この格好で大丈夫かな」


「たぶん、大丈夫。僕も着替えなきゃ。お城の更衣室に、衣装が届いてるはずだから」


「そっか。じゃあカークの着替える時間のためにも、急ぐよアイリス」


「はーい!」


 僕は、このままの格好で参加することに、なってしまった。だ、大丈夫かな……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る