第27話 僕に似合う服がない!?
この辺りは男物のブランド店が多いのだと、カークから説明された。
「クラウス、嘘は上手?」
「え? わかんないけど、どうしてそんなこと聞くの?」
「お店で嘘をつくときは、絶対にバレないでね。貴族街では、不審者は即、通報される」
「捕まるってこと? うう……で、でも、やるしかないんだ。なんとか上手くやってみるよ」
僕の不安を読み取ったかのように、ケルベロスたちが僕を取り囲む。
ありがとう〜心配してくれて〜。熊や狼やチーターが日常に溶け込んでいても、もうなんの違和感もないよ。弱音を吐けない立場の人を、こうやって動物たちは癒してくれるんだな……それとも、カークが育てたから、優しい子たちになったのかな。
「行ってくるよ。また妹を、任せてもいいだろうか」
「うん。荷物、持つよ」
僕はカークに、妹の衣装が入った木箱と、招待状を渡した。他は、財布とかペンとか、僕が持っておきたい小物だから、自分で持っている。
「あたし、疲れたから、カークきゅんの肩で休んでてもいいかしら」
妖精が
「カーク、妖精がきみの肩で休みたいそうだ。ごめんよ、いろいろ押しつけてしまって」
「平気。妖精、軽いから」
ほんっとに、ごめんよ、カーク……。きみに世話にならない日が早く来てほしい。
さて、と……じゃあ、行きますか、あの、見るからにお高そうな
「いらっしゃいませ」
うーわ、店員さんまで美男美女だ。もうさっきから美しい人ばっかりいすぎて、逆に気持ち悪くなってきたよ。薔薇ばっかり嗅ぎすぎて、外の空気が吸いたくなったような気分だ。
「あ、あの……」
緊張する。視界に入るのは、店内のハンガーにかけられた、いろいろな型と色のスーツにシャツ、棚いっぱいにたたまれたネクタイ、男物のハンカチ、靴下、ぴかぴかの靴……ああ、靴ベラにまで、破格の値札が。
「僕、あのっ、マリオンガ・シュミット様の、その、新しく迎えられた者でして……」
「シュミット様なら、先ほどお帰りになられましたよ」
だろうね。義母さんも寄った店だから、僕もここを選んだんだよ。話が早く伝わるかなーと思って。
みんなして、なにを買ったんだろう。なに買ってもうちの一年分の食費くらい飛ぶぞ。
「その、義母さ、じゃなかったマリオンガ様は、僕にだけ買い物し忘れたと言って、適当な物を、お店の人に見繕ってもらいなさいと、おっしゃられて……」
う、この店員、僕のことじっくり観察してる。どうしよう、「貴方はシュミット様の恋人ではありませんね」とか言い当てられたら。言い訳が思いつかないよ。
「失礼ですが、お名前を」
ひいいい! 偽名なんて考えてなかった。なんで服を買うのに名前なんて聞くんだよ。
「ク、クリス・ヒールです」
頭の片隅にあった、適当な名前を口にした。もはや、その言葉の意味すら覚えていない、遠い昔に使われてた名前だった。
「ヒール様ですね。かしこまりました。カルテをお作りいたしますので、少々お時間を頂きます」
「え? カルテ?」
なんで? まさか、ここは服屋に激似の病院だったのか!?
店員は胸ポケットから、
「寸法をお計りいたします。どうぞ試着室へ」
と言って、僕を店の奥へと案内した。
ああ、カルテって、体のサイズを測って記す紙のことか……って、特注!? そこのハンガーにかかってる衣類から選ぶんじゃないのか!?
もしかして、さっきから僕の体を観察してたのって、目視でおおよそのサイズを測ってたのかも。巻尺があるとはいえ、テキパキと済ませて、すごく手際がいい。
あ、ハンガーにかかってる服から選び出したぞ、よかったー。だよな、今から特注で手作りしてたら、お客をすごく待たせちゃうもんな。待つ客もいるだろうけど。
「申し訳ございません、少々お時間いただきますが、よろしいですか?」
「え? あ、はい……」
店員の真剣な顔に、思わず僕も、蚊の鳴くような声で返事してしまった。
店員が総出で、なにやらひそひそと話し込んじゃってるぞ……。うう、早く終わらせたいな。もしもバレたら、どう言い訳しようか、ぜんぜん考えてないんだよな。
「どれが似合うんだろう。あんなお客様は初めてだ」
先ほど、巻尺で採寸してくれた店員が、頭を抱えていた。
「スーツの色が決められない。なんて表現したらよいか、わからないけど、とにかくすごく魅力的な青年なんだ。ここに揃っている商品じゃ、彼を飾りきれない。衣装が負けてしまうんだよ」
他の店員もやってきて、僕に次々に衣装を合わせてゆく。しかし、渋い顔をしては他の店員に交代し、代わりに来た店員もまた渋い顔して降参するという、奇妙なやり取りを繰り返して、ついには、
「貴方という素材が、規格外に素晴らしくて品物が売れません」という、ケンカを売っているような台詞が返ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。この格好じゃ舞踏会に行けないんだって。安いのでいいから、売ってくれないか」
「舞踏会に同行されるのですか? では尚更、我々がお手伝いできるのはここまででございます」
「ここまでって……なにを
こんなに大雑把な条件を出してやっても、店員の変なプロ意識は折れなかった。
店員が強く勧めてきたのは、となりの店の、
たいがいのお金持ちは、特注しての買い取りが当たり前らしいので、貸衣装を本当に借りるだけの人は珍しいのだと、説明された。
……僕は借金してまで変な服を買いたくはないので、借りるだけにするけどね。
仮装なんて勧められたときは、さすがに抗議したい気持ちが沸いたけど、あまり店員ともめては悪目立ちしてしまう。僕は今、義母さんの愛人を偽称しているわけだし、気分も悪いので、引き下がることにした。
「あ、クラウス、服は買えた?」
とぼとぼと店を出てきた僕に、カークの第一声がかかる。返事の代わりに、僕は両手を顔の横に上げて手ぶらを
「まさか、嘘がバレたの!?」
「それは心配ないと思うよ。けど、衣装はとなりで借りてくれって言われたんだ。もう、わけがわからないよ」
「おにーちゃま、おふく、ちっともかわっちぇな〜い」
アイリスは僕が着替えて出てくるものと思っていたらしい……って、アイリスこそ、不思議の国のアリスの格好になってるよ!
うわあ可愛い〜!
こんなに青色が似合うなんて思ってなかった。いつもピンクか白だったからね。
「カーク、きみが着せてくれたのかい? 女の子の服は大変だっただろ」
「僕じゃないよ。そこの貸衣装屋で、試着室を借りたんだ。サイズが合うか、確認するために。そしたらアイリスが、お兄ちゃんに見せたいって」
「おにーちゃま、どうでしゅか! アイリシュきゃわいー?」
「可愛いよアイリス!! 僕びっくりしちゃった!」
アイリスが絶叫をあげて両手を広げてくるから、抱っこしてあげたら耳元で叫ばれた。
「ア、アイリス、もうちょっと声を小さくしようか。
「あーい」
はたして、淑女という単語の意味を、アイリスがどう理解しているのかは不明である。
「クラウス、きみの妹は本当に可愛いから、舞踏会で婚姻話が出てくるかもしれない。伯爵よりも身分が上の人からの申し出だったら、お受けするのもテだよ」
「あ、そっか……そういうテもあるか……」
なんだか兄妹そろって身売りしに行くみたいだ。これから僕がやろうとしている事は、そういう事なんだな……。
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