第26話   ピンクのカボチャがいっぱい

 受付の女性から詳しい言付けを聞いたところ、僕が今夜の舞踏会に参加し、ベラドンナ・レニーの機嫌を取ることができれば、図書館長ヘイワーズの監視のもと、書類を作成する許可が下りる、とのことだった。


 この嫌がらせはベラドンナ・レニーの仕業しわざらしい。ちなみにヘイワーズさんは今、舞踏会の準備でお城に召喚されてるそうだ。それもきっと、彼女が呼びつけたんだろうな……ただの予想だけど。ここまでされたら、被害妄想も当たりそうだよ。


 帰りは図書館の裏口から、こっそり出してもらった。玄関からだと、ナイフ執事が待ち伏せしている、という妖精の警告に従ったためである。


「あ、クラウス」


「おにーちゃま!」


 通りの綺麗な石畳、その両脇をいろどる並木の木陰で、日差しを避けている二人の姿を見つけたときは、ほんっとに安堵した。ああモフモフのケルベロスたちもいる〜。


 情けないことに、僕はへなへなとしゃがみこんでしまった。


「クラウス!? どうしたの」


「おにーちゃま、おへんじしちぇ!」


「ハハハ……大丈夫、もう元気になったよ」


 なんだか、二人がいる平穏な世界と、さっきまで僕がいた世界の落差で、力が抜けたと言うか……。


 駆け寄ってきた二人の存在が太陽に見えるよ。僕は一息ついてから立ち上がった。


 黒色の豚革マスク越しに、カークの心配そうな目が並んでいる。


「クラウス、書類はできた? その封筒と、木箱はどうしたの?」


 僕の小脇には、可愛いリボンで幾重いくえにも飾られた大きめの木箱と、招待状入りの封筒があったが、この二品の話はややこしいから、後にすることにした。


「順を追って説明させてくれ。まず最初に、ベラドンナ・レニーの執事が襲ってきたんだ。ナイフを投げられたよ。当たらなかったけど」


「ああ……それは、たぶん、ウェルクライム・ハイドだよ。彼はベラドンナ家のためなら、なんでもする男だと、評判。待ち伏せされたんだね……」


 ウェルクライム? 父さんが戦争で撃ち破った国の名前だ。偶然かなぁ。


 ……なんだろう、なつかしい感じがする。変だな。ストレスで情緒がおかしくなったのかも。早く治らないかな。


 それにしてもカーク、きみは頭がおかしいヤツらとばかり会ってきたんだね。今まで苦労してきたから、そんなに落ち着いてるのかな。


「クラウス、襲ってきたのはハイドだけ? ベラドンナ・レニーのことだから、他にも仕掛けてそう」


「ああ、うん、やられたよ。図書館内では、魔法壁とかいうヘンな霧が発生しててさ、書庫に入れなくて書類が作れなかったんだ。代わりに、この二つを貰った」


 ここでようやく、封筒と木箱を見せた。封筒は金色の粉がたっぷりと含まれた、蝋燭ろうそくによる封印がされていて、中身は僕と受付の女性とで開封して確認している。


 カークも確認したいと言うので、封筒を渡した。


「このろうの封印は、ベラドンナ家のだよ」


 カークいわく、ベラドンナの花が蝋に刻印されている、らしい。僕はその花を見たことがないから、そうなんだ、としか返事ができなかった。


 中身を二枚、取り出すカーク。まばたき数回後、二枚を見比べた。


「舞踏会の招待状だ。アイリスの分もある」


「この木箱には衣装が入ってたよ。不思議の国のアリスって絵本を、モチーフにして作ったんだってさ」


 木箱のリボンを解いてみせると、ピンクの薔薇の花びらをこぼしながら、青いドレスワンピースと白いレースエプロンが、木漏れ日を浴びた。


 アイリスが背伸びを通り越して、ぴょんぴょん跳ねていたから、しゃがんで見せた。


「わあ! きゃわい〜! すっごきゅかーいい! だれがきりゅの〜?」


「アイリスだよ」


「キャアアアアア!!」


 アイリスの絶叫が、通行人の足をしばし止めた。しゃがんで顔を近づけていた僕の耳もキーンとなってしまい、治るのに数秒かかった。


「そ、それでね、カーク、僕がこの招待状で舞踏会に参加して、ベラドンナ・レニーと一曲踊れば、図書館の書庫に入れてくれるそうなんだ。つまり、この招待状は彼女からの嫌がらせだ」


「この国で魔法が使えるのは、ヘイワーズと王様だけ。書庫を塞いだ魔法は、その二人じゃないと撤去できない。クラウス、ヘイワーズには会えた?」


「会えなかったよ。今夜の舞踏会のために、お城の準備に行ってるそうだ。会うには、僕もお城に行かなきゃならないと思う」


 この招待状を扉の門番に見せれば、どこでも通してはくれるだろうけど……やっぱり、僕たち兄妹きょうだいをしっかりとあかし立ててくれる書類を作成したかったなー!


 ……未練がましいのは、ここまでにして、今できることを考えよう。


 まずは舞踏会に参加して、それから図書館の魔法壁をヘイワーズさんに取ってもらい、貴族である証を作り、その後は、帰って義母さんの購入した別荘やドレスを返品したり、売却して、借金を減らさないと。アイリスを伯爵に渡さないためにも。


「クラウスは舞踏会に着る服、あるの?」


「アイリスのは貰ったんだけど、僕はー、これじゃダメかなぁ?」


「今着ている服のこと言ってるの? それじゃダメだよ」


 うっそ! しかも似たような着替えしか持ってない。


「クラウスは、陛下の婚約者ベラドンナ・レニーと踊るんだろ? 相応そうおうの格好をしないと、淑女に恥を掻かせた罪でレニーから罰せられる」


「……もう、言いがかりもそこまで行き着くと、こっちも言葉が無くなるね」


「どこかで、衣装を調達しないと」


 う……こんな事で、母さんの形見のイヤリングを売却したくないよ。でもこれしか手持ちがないしな……。


「あ、マンマのおうましゃんらー」


 ……最悪な機嫌のときに、その単語は聞きたくなかったな〜、アイリス。


 おそるおそる、アイリスの指差す方角に目を向けると、うっ、遠くてもよく目立つピンク色のカボチャの馬車が、停まっていた。


 どうしてここに義母かあさんの馬車が……あ、この辺りには、男物の万年筆や革製品のお店があったな。伯爵に買い物でも頼まれたのかな。


 あ、店から出てきた。うわー、ピンク色のびらびらしたドレスが、すっごく似合わない。


 後から出てきたのは、昨夜の愛人らしき若い男だった。革靴の輝きが! こんな距離でもわかるんだが! 着ている服もめちゃくちゃお洒落だ。革のコートのシルエットが、この男の人ごと店に展示できそうなくらい、かっこいい!


 愛人に高品質の品物を、買い与えてたのか。アイリスの誕生日プレゼントも買ってこなかったくせに。


 どうせ現金じゃなくてツケだろ。義母さんが愛人に買った物も回収して、お店に返せればいいけど、持ち逃げされたらおしまいだな。


 ん……? ちょ、ちょっと待て、ぞろぞろと、男の人が店から出てくるんだけど、まさか、あれ全員が、愛人なのか……?


 わあ、みんな大荷物ダネー。なんで義母さんの周りにわらわらと集まってるのカナー。そんなに馬車には入りきらないデスヨー。って、追加のピンクの馬車たちが、後ろからパカパカとひづめを鳴らして来た!


 ええ……? まさかみんなして、それに乗って貴族街を買い物して回ってるのか……?


 怒りで頭痛と立ちくらみがしたのは今日が初めてだよ。


「困窮して、追い込まれていたのは、僕とアイリスだけだったんだ……」


「クラウス?」


 カークが眉根を寄せているが、僕の仮説立ては止まらない。


「義母さんはずいぶん前から、伯爵からの援助をシャワーの湯水のように受けていたんだ! あのピンクの馬車を見ただろ? 昨夜のピンクの建物も! あんな悪趣味な物、このお洒落な貴族街で何個も売ってるはずがないよ。今日昨日で造れる物でもない。きっと特注で、時間をかけて造らせたんだ!」


「……そうかもしれないね。ピンク色の馬車がたくさん、僕も初めて見る」


「義母さんはずっと僕たち兄妹をだまして、貴族街との二重生活を贅沢に送ってたんだ。だからしょっちゅう外出してたんだよ!」


 義母さんはいったい何年前から、こんなことをしていたんだ。義母さんと大勢の愛人が、何年も浪費して買った物を、全て見つけ出して返金なんて、できるわけがない。どれだけの赤字が残るか、わからないよ……。


 伯爵の言ってたとおりだ。堅気かたぎのやり方じゃ返せない。


 これを伯爵が、アイリスを差し出すだけでチャラにしてくれるって言うんだもんな。うちの妹の、いったい何にそこまでの価値を見出したんだ? まだ七歳なんですけど。


 無論、アイリスは渡さない。義母と愛人の贅沢三昧に、アイリスの人生が犠牲になる必要が、どこにあるというのか!


 くそー、あいつら、めちゃくちゃ良い物を着てたな。まるできみらも舞踏会に同行するかのような……ん? 服装?


「そうだ! 僕も義母さんの愛人のふりをして、お店で買い物ができるかも」


「ええ?」


「まだカークのお父さんが教えてくれたやり方が残ってるよ。僕がお金持ちのふりして、知名度の高いベラドンナ・レニーと踊ってみせる。それで大勢から注目されて、少しでも金銭面を援助してくれそうな貴族と、コネを作る!」


「えええっ!? ……さすがに、無茶だよ、クラウス。今日初めて舞踏会に行くんだろ? そんなにたくさんの賭け事をして、一つでも上手くいかなかったら、大惨事だ」


 きみも激しく驚くときがあるんだね。それぐらい僕の言っていることが、無茶苦茶なのは、自覚してる。


 それでも、後には引けないんだ。迷ってる時間も、腹を立てたり涙を流している時間も、僕には無い。


「カーク、きみの言いたいことは、わかってるよ。地道で安全なやり方を、探せばいいと言いたいんだよね。でも来月で妹が伯爵に、取られるかもしれないんだ。僕には時間がない。きみに軽蔑されてでも、僕は、賭けてみる」


 カークがちょっと悲しそうにしていた。


「……軽蔑なんて、しない。ただ、ここまでが全てベラドンナ・レニーの、思惑通りな気がする。慎重に行こう。僕も、協力する」


「すまない、カーク」


「謝らないで。クラウスは悪くない」


 ああ、本当に、きみがいてくれて、よかった。言葉を交わすだけで、こんなにも励まされるよ。まるで暗闇で光るランタンのようだ……。


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