第25話   貴方にも招待状を

 扉を蹴ってる野蛮人は、とりあえず放置だ。僕には、やらなきゃいけない事があるんだ。


 玄関に背を向け、歩きだす。

 まだ玄関ホールから出ていないのに、もうたくさんの本が棚に並んでいるのが見えるぞ。すごいなぁ、あれ全部が人の手で管理されてるのかと思うと、まさに圧巻の一言だった。


 たしか、図書館で働く人を、司書っていうんだっけ。その司書さんも大勢、働いている。受付担当の人に、本棚付近で何かをメモしてる人、返却された本や新刊を、木箱に入れて運び、棚に戻してゆく人。


 なんだ、やっぱり休館日なんてウソじゃないか。


「おはようございます」


 わ、びっくりした。


 背後に立っていたのは、受付のお姉さんだった。


「クラウス・シュミット様ですか?」


「え? うん、僕だけど」


「図書館長のヘイワーズ様より、言付かっております。クラウス・シュミット様による奥の書庫への立ち入りは、禁止となっております」


「へえ? なんで?」


 どうして僕が書庫に用事があることを知ってるんだ? あ、まさか昨日の、ベラドンナ・レニーにしゃべっちゃったせいだって言うのか!?


「どうしてそんな事になってるんだ、説明しろ!」


「館内ではお静かに願います」


 受付の女性は人差し指を口に当てながら、目を細めた。小脇にしていた一枚の綺麗な封筒を、僕に差し出す。


「ベラドンナ・レニー様から本日開催される舞踏会の、招待状でございます」


「なんだって?」


「舞踏会への参加、そして一曲をご一緒なさることが、書庫を解放する条件であると、ベラドンナ・レニー様から承っております。必ずご参加くださいませ。招待には必ず応じて頂くのが、決まりでございますから」


「そんな紙いらないよ。僕は踊ってる場合じゃないんだから」


 僕は封筒を受け取らず、女性を置き去りに走りだした。


「ちょっと! 館内では走らないでください!」


 お姉さん、声が大きいよー。僕が絶対に封筒を受け取って、すごすごと帰るものだと思ってたのかな。そうはいくか!


「妖精、書庫に急ぐぞ!」


「あいあーい、こっちよキャプテン!」


 白い蝶々の羽が、僕を導く。初めての図書館の、数多の棚の間を通って、階段を上がって、茶色い扉を開けて、さらにその先へ……って、まだ着かないのか!?


「ちょ、ちょっと待ってくれ、この建物めちゃくちゃ広くないか?」


「そりゃ広いわよ。改築と改装を繰り返した、お化け屋敷アトラクションみたいになってるからね」


 え、うそっ、妖精だけじゃなくて、お化けも出るの? 生きてる人間や人形よりは、マシだといいけどな。


 妖精の案内に任せているうちに、自分の現在地と脳内地図が合わなくなってきて、不安になってきた頃、


「うーん、さっきの執事キャラが、なーんか引っかかるのよねぇ」


 妖精が前を飛びながら、振り向いた。僕も同感だったから、うなずいてみせる。


「ほんとだよ。突然ナイフを投げられちゃ、びっくりするよね」


「あら、そこは気にならなかったわ。あいつはゲームの中でも、ああいうキャラだったから。問題はあなたよ、クラウス王子。あたしの知ってるあなたは、他キャラとの繋がりなんてなかったの」


「え?」


「雑貨屋のNPC並に、森の中でヒロインの手作り料理と錬金素材を交換してくれるだけのキャラだったの。でもあいつは、あなたのことを知ってたみたい。忘れられて、怒ってたわ……」


「ちょっと待ってくれよ。よくわからないけど、君の知ってるクラウス王子と僕は、間違いなく別人だよ。錬金素材は高価な金属や薬が多いから、誰かの手料理ぐらいじゃ割りに合わないよ」


「あらそうなの? そのへんの生ゴミでも素材になってたわよ? カビの生えたパンとか、家畜のエサにしか使えないまっずい芋とか」


 う、シュミット芋のこと? アレと錬金素材が交換できるわけないだろ。受け取ってすらもらえないよ。


「あら、そんなこと気にしてる間に到着! ここがその書庫よ」


 妖精が声と指で示した先には、事務室のような……ちょっと悪く言えば地味な扉があった。本当にここ、入っていい場所なのか?


「ね、ねえ妖精、『スタッフ以外の立ち入り禁止』って札がかかってあるけど、入って大丈夫なのかな」


「ええ。ここに貴族の書類があることは、一般には秘密にされてるからね、わかりにくくて上等なのよ」


 そういうものなのか? 昨日と今日でカルチャーショックを受けすぎてて、変な焦りと、動悸がする。


 何はともあれ、ようやく、目的の第一歩が叶いそうだよ。あーもう、まだ朝なんだけど疲れたー。いろいろあり過ぎなんだよ、王都は。


 さて、用事を済ませて、アイリスとカークのもとへ戻らないとな……ん? なんだか、扉の隙間からもわもわと白い霧のようなものが、出てきたんだけど、これ、なに……?


 まさか、火事!?


「よ、妖精! どうしよう火事だよ!」


「本物の火災は、もっと地獄のような煙の色してるわよ。これは、ただの魔法壁まほうへきね。誰かが近づいたら、反応するようになってたみたい」


「魔法壁? それは、いったい、どういうものなの?」


「くぐってみれば、わかるわ。あなたは絶対に、あの扉のドアノブには手が届かないわよ」


 ええ? なにを言ってるんだ。すぐそこにある扉の取っ手に、手が届かないわけないよ。どんどん霧が溢れてきて、濃度が濃くなってきてるけど、この程度じゃ目眩めくらましにもならないよ。


 首をかしげながら、扉に近づいた。あれ? なんか、遠いな? あれ? 扉とぜんぜん距離が縮まらないぞ? なにこれ? 僕、しっかりと廊下を歩いてるよね。なのに、なんで扉がいつまでもそこにあるんだろう。


 走ってみたけど、やっぱり距離が縮まらなかった。


「ねえ妖精、僕今どうなってる?」


「あなたが扉に近づくと、霧がますます濃くなって、あなたの頭が見え隠れするわ。霧の中をぐるぐる歩いてるみたいよ?」


 なんだいそりゃ、バカみたいじゃないか。


「あたしなら通り抜けられるけど、あたし一人じゃドアノブが回せないのよねー」


「内鍵は外せるのにね」


「小さい金具なら、なんとかできるんだけどね〜」


 妖精が小さな両手を上げてみせた。お手上げってこと?


 困ったぞ。僕の人生って本当に困ったことが多いよな。みんなの人生も、こんなもんなのかな。僕だけな気がするのは被害妄想だろうか。


 この状況の説明を、誰かしてくれないかな。誰かいないかなー。


「あ」


 大きなトンボ眼鏡をかけた司書の男性が、僕を見てすごく困った顔になった。おどおどしながら、あたりをきょろきょろと見回して、誰もいないことに失望したようながっかり顔になって、その場に立ち尽くした。


 震える口を、開閉し始める。


「お、おはようございます」


 ……見るからに歓迎されてないんだけど、この人が特殊なのか、それとも、この職場全体が無愛想なのか、どっちにしろ素晴らしい接客態度だよ。


「おはよう。僕はこの書庫に用事があるんだけど、これは、どういう状況なの?」


「そ、その……」


 この怯えよう……いったい、なにがあったのだろうか。聞いてみても大丈夫かな。なんかストレスで吐きそうに見えるんだけど。


「ベ、ベラドンナ・レニー様の、御命令で」


「え? まさか、僕に書類を見せないようにしろって、言われてるの?」


「すっすみません! 図書館はみんなのものだし、この部屋だって、国を支える人たちにとって重要な部屋だと、重々承知しております! ですが、ですが、この魔法壁を張ったのは、図書館長のヘイワーズ様なんです」


「へ?」


「これはベラドンナ・レニー様から指示を受けた、図書館長の判断なのです。我々一職員では、とても状況がくつがえせません」


「この壁だけでも、取ってもらえないだろうか。先に進みたいんだ」


「無理なんです。我々は魔法なんて使えませんから、壁を取ることも、ましてやベラドンナ・レニー様に逆らうこともできません。それこそ、図書館を長期的に閉鎖されかねませんので」


 おいおい、本当になんにもできないのか? 少しでも、何かできるはずだぞ。


「そのベラドンナって人は、ずいぶん横暴なお嬢様なんだな」


「だ、だめですよ、悪口なんて言っては! 国王陛下の次に、偉い人なんですよ! なにをされるか、わかったものではありません!」


 そんなに身分の高い女性だったのか? 僕にとっては、権力を乱用しては困っている人をさらに苦しめる、ただの悪人だ!


「君たちは職場をめちゃくちゃにされて悔しくないのか!? 頻繁ひんぱんに屈っしていては、次もまた屈することになるんだぞ」


 するとトンボ眼鏡の奥の目が、三角に吊り上がった。


「我々だって抵抗していないわけではありませんよ! しかし彼女に逆らえば、職場の仲間や家族にまで、被害が及ぶんです。ベラドンナ様は、一個人のみを罰することはいたしません。僕には、二歳になったばかりの娘がいて……」


 声を震わせて訴える、一労働者。


 ……僕の生きてるこの国は、こんなに腐ってたのか?


「悪かったよ。家族は食わせていかなきゃならないよね」


「わかっていただけて何よりです!!」


 うわ、手を握るな、手を。事情はわかったけど、僕は君の理解者になったわけじゃないからな。


 家族を人質にされちゃ、身動きが取りづらいのは、よくわかるよ。僕も今、そうだから。だけど、このまま手ぶらで引き下がるわけにはいかない。どこかに、侵入できそうな窓はないかな。


「受付に、ベラドンナ様からの書状がきているはずです」


「ああ、それっぽいことを受付の人に言われたよ」


「では、お話が早く済みそうです。受付に、今日の舞踏会の招待状がきています。貴方が貴族である証拠に、繋がると思いますよ」


 招待状が? 貴族の証明書になるって?


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