第23話   最初の戦場は図書館前①

 わあ、建物の屋根屋根の隙間から、ひときわ立派な建物が見えてきた。


 白木の柱に、薄緑色に染められたレンガの壁、そして、それらに支えられた水色の大きな屋根。淡い色合いは、子供や女性に親しみを感じてもらいやすい気がする。


 カークの視線の先には、第三図書館こちら、と彫られた、矢印型の立て看板があった。


 現地に詳しい人じゃないと、この看板にすら辿たどり着けないと思うのは、僕だけだろうか。


「クラウス、貴族街で迷うのは、誰でもあること。敵の侵入を少しでも妨害するため、わざとわかりにくい道にしてあるから」


「あ、そうだったのか。僕の方向感覚がおかしいのかと思ってたよ」


 人知れず自信まで失いかけていたことは、言わないでおこう。落ち込みやすくて面倒なヤツだと思われたくないからだ。



 王都第三図書館へは、カークも家族と一緒に何度も立ち寄ったそうだ。第一と第二は、一般的な図書を取り扱っているそうだけど、第三図書館だけは、特殊な職業用の大辞典や、高価すぎて一般公開が難しい本などが揃い、奥の書庫には貴族関連の書類が、図書館長ヘイワーズの手腕により、厳重に管理されているという。


 第一図書館は平民街にあり、第二図書館は平民街の学校付近に、そして第三図書館は貴族街に建っているそうだ。


 そもそも、図書館とはどんな所なんだろう。僕もアイリスも、たくさんの本を見たのは、せいぜいが父さんの書斎程度だ。壁一面に本を差し込まれた本棚は、子供のときは圧巻だったなぁ。あれより、もっとすごい量の書籍だなんて、想像もできないよ。


 楽しみだなぁ。用事が用事じゃなかったら、ほんとに純粋に楽しめたのに。目的が書類の制作っていう、事務仕事だもんな。次の機会には、ぜひ、観光で行きたいよ。


「図書館は、飲食物の持ち込みと、盲導犬以外の動物の持ち込み、禁止」


 カークがうつむいて、ぽつりと言った。


「ケルベロスとも、今日でお別れ。王様に、献上けんじょうしないとだから」


「ああ、そう言えば以前、そんなことを言ってたね。彼らはとってもたくましくて、優しい子たちだったから、お別れするのは、僕も辛いな……」


 初めて彼らと遭遇したときは、正直めちゃくちゃ怖かった。牙に爪に、大きな体に、人間を凌駕りょうがした瞬発力。けれど今は、妹の大事な友達で、僕も何度も背中に乗せてもらって、とてもお世話になった。だから、いなくなっちゃうと寂しくなるな……。


「なにか、献上しなくていい方法ってないのかな」


「無いと思う。ケルベロスを立派に調教して、王様に献上したら、王様が僕をビーストテイマーと認めた証になるんだ。僕は王様に、必ず成し遂げると約束してしまった」


「そっか……じゃあ、ちょっと難しいね」


「うん」


 そっかぁ……今日は舞踏会の予定もあるそうだし、カークの心情を思うと、大変な一日だよな。


「それじゃあカーク、きみは一秒でも長く、ケルベロスたちと一緒にいてくれ」


「え?」


「僕は図書館に一人で行って、用事を済ませてくるよ。きみは妹と、図書館の近くで待っていてくれ。ケルベロスたちと一緒に」


 ケルベロスたちも、家族だったきみと別れるのは、すごく悲しいはずだ。今は少しでも一緒に……あれ? カークが暗い雰囲気で、ため息をついてしまった。


「……クラウス、きっと書類制作は、簡単には終わらない」


「え? なんで?」


「ベラドンナ・レニーが、図書館に罠を仕掛けているから」


「ああ、昨日も似たようなことを言ってたね。でもさぁ、無名の貴族相手に、そこまで手間がかかることするのかな?」


「うん。それが彼女だから」


 え〜? 考え過ぎじゃないかな……って言っても、通じなさそうな空気だな。妖精も、浮かない表情をしている。


「クラウス、図書館には、僕が代わりに行ってくる。クラウスとアイリスは、この子たちを、たくさん撫でてあげて。彼らも、きみたちのことが好きだから」


「はぁい。なでなですりゅ〜」


 アイリスは許可をもらう前から、ずっとモフっている。


 え、ちょっとよくわからない状況になってきたぞ。


「どうしてカークが、僕の代わりに書類制作に行くんだ?」


「クラウスはまだ、彼女の恐ろしさを知らない。きっと大怪我する。だから、ここでアイリスとケルベロスたちと、待ってて。僕は、そのためにここに来たんだ」


 あ、僕が世間知らずで頼りないから、代わってくれようとしてたのか……。


「あ〜しの健気けなげとおといわ〜」


 妖精がカークを拝んでるぞ。僕らと宗教が違うようだ。


 妖精は放置しておくとして。うーん、カークには悪いけど、やっぱり皆ベラドンナさんのこと警戒しすぎな感じが否めないんだよなぁ。


「ありがとう、カーク。でも心配いらないよ。こう見えて、体力にも逃げ足にも、自信があるんだ。うちの領民がすごく手間てまのかかる人たちでね、彼らに付き合ううちに、けっこうきたえられたんだ」


「クラウスの領民? 嵐の日でも、シュミット芋をずっと収穫し続けている、あの人たちのこと? あの人たち、人間なの?」


「おいおい、さすがに失礼だよカーク。それに、書類の中には、見られちゃ困るような内容があるかもしれないからね、僕一人で確認してくるよ」


 最後のほうに、妙な説得力を感じてくれたのか、カークが少したじろいだ。


「……わかった。クラウス、気をつけてね」


「うん。すぐに戻るよ。妹を頼むね」


 お互い、言えない事情もあるよ。特殊な身分や職業に就いてると、増えてくよね、どうしても……。


 一人で歩きだす僕の傍らに、妖精が飛行してきた。


「クラウス王子、嫌な予感がムンムンするわ。カークきゅんの代わりに、あたしが付いて行くわね」


「え〜? もう、大げさだなぁ」


 できれば妖精にも来てほしくないんだけど……あ、たしか妖精の声は、僕にしか聞こえないんだったな。


「ありがとう。すっごく心強いよ」


 断り続けるのもアレだしな。



 図書館って、周囲をぐるっと温室に囲まれているものなのか?


 薔薇ばらが、いろんな色の薔薇が咲き乱れていて、夢みたいな景色が広がってるよ。これじゃ読書に集中できないよ。


 あと、羽虫が飛びまくってて、気持ち悪い。


「あ、危ないわよクラウス王子」


「え? なにがアイダッ!」


 薄緑色の鉄のさくに、全身で激突した。温室ばかりに目を奪われていて、手前の柵にちっとも気がつかなかった。


「なーにひっくり返ってるの。この程度で倒れてたら、命がいくつあっても足りないわよ?」


「ちょ、ちょっと待って。貴族街ってそんなに危険なの?」


「ええ。たとえば、柵の扉をふさいでる、あの人とか。めちゃくちゃ危険ね」


 妖精がとても小さな人差し指で、とある人物を示した。柵が開閉する仕組みの、大きな蝶番ちょうつがいの下に、どこか見覚えのある横顔した若い男性が、ぐったりと座りこんでいた。


 具合が悪そうに見える。




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