第19話   義母の別荘を発見

 貴族街へと繋がる門は、思いの外、遠くて遠くて、僕らはいまだ平民街の、店が閉まってゆく夜の街並を、ケルベロスたちに乗って進んでいた。アイリスが寝ちゃってるから、熊のロスが両手で抱っこして走っているという、シュールな光景になっている。


 お酒を扱う店がどんどん開店して、街は大人の雰囲気に変わっていた。道も灯りで充分照らされてるから、僕らの前方で必死に飛んでいる妖精に、話しかけることにした。


「ねえ妖精、きみのおかげで僕は、とりあえずは自由になったし、きみも自由にしていいんだよ? ずっと照らしてくれなくていいからね」


 すると妖精が振り向いて、眉毛をひよっと上げた。


「あら、乗りかかった船だし、最後まで付き合っちゃう。アイリスちゃんが伯爵に取られそうで大変なんでしょ?」


「どうして知ってるの? まさかそれも、地下牢で聞いてたの?」


「えっへへ、じつは話の内容、ぜんぶ地下牢まで聞こえてましたー。あたしなら、絶対に力になれるから、頼ってちょうだいね!」


「ええ……? どうしてきみが助けてくれるのか、理由が、知りたいんだけど」


「あら、言わなきゃわかんない? あたしをあのポットに閉じこめたのも、伯爵だからよ。絶対に仕返ししなきゃ! それに、アイリスちゃん可愛い! それがあなたを助ける理由よ。助太刀するには充分でしょ?」


 端的にまとめてくるなぁ、すっごくわかりやすい。けど、やっぱり、何かがおかしい。この妖精は最初から、誰を信じていいかわかってるみたいなんだ。まるで、僕たちのことなら、なんでも知っているかのように。


 あのティーポットも、絶対に役に立つからって説得されて、とりあえず地下牢から階段を使って地上に運び上げたんだけど、重たすぎて足ががくがくになったから、伯爵の屋敷の近隣に、隠しておく形で置いていった。

 気づかれないかな……。あのポット、でかいから。


 どうして父さんの形見が、伯爵の地下牢に無造作に保管されていたのか。まだまだ、わからないことだらけだ。


 うーん、情報が欲しい。この妖精が信用できるか、わからないけれど、今はいなくなってほしくないな。敵じゃなければ、いいんだけど。



 ……貴族街への門は、本当に遠かった。やっと見えてきたよ。表通りじゃなくて、抜け道みたいな所を通り抜けて発見できた。


 遠くで酒場の灯りがぼんやりと揺れている、寂しい場所に、門番数名が守る大きな門が一つ。門の表面には、複雑な紋様が描かれていて、あれはたしか、王家の紋だった気がする。はっきり覚えてないけど。


 あ、今度の門番は、槍だの剣だのは向けてこないらしい。静かにしてくれて、ちょっと安心した。やっぱり武器を向けられるのは緊張するからね。怒鳴り声も、アイリスが起きちゃうからやめてほしいし。


 カークが狼ケルの首輪を外して、門番の一人に渡した。


 門番は首輪を受け取ると、あちこちしっかりと確認、カークに返却した。


「遠路はるばるご足労くださいまして、誠にありがとうございます、モーリス様。陛下もさぞ、お喜びになりましょう」


「うん……門番のお仕事、遅くまで、ご苦労様」


「後ろのお二人は、従者でしょうか? 初めてお目にかかりますが」


「友達」


 カークの計らいで、僕ら兄妹きょうだいも無事に貴族街へ入ることができた。門が上へと、鎖と歯車で引き上げられてゆく。


「クラウス、アイリス、ここから先は、動物に乗ったらいけない場所」


「わかった。アイリス起きて。僕の背中に乗ろうか」


「うみゅみゅ……はあい」


 ずっと熊のロスに抱っこされていたアイリスが、そっと下ろされるなり、僕の背中に飛び乗った!


「ちょお! 痛いよ、ゆっくり乗って」


「あ、ごえんなしゃい」


 よっこいしょっと。ああ、重くなったなぁ、あと一年したら、アイリスを背負うのは無理だろうな。


 先を行くカークと、ケルベロスたち。僕とアイリスは、おっかなびっくり、門をくぐっていった。



 夜の貴族街は、さぞ華やかなんだろうと思ってたんだけど、ほとんど人通りはなかった。


 落ち着いた色合いの馬車が、ゆったりと石畳を進んでいる。深い橙色の灯りを、窓からこぼすおしゃれなバーの前に、停車した。執事しつじふうの青年に手を取られて、ガラスの靴で石畳を鳴らして降りてきたのは、妖精よりも妖精みたいな、すっごく綺麗な女の人だった。横顔だけでも、輝いている。


 艶やかな長い金色の髪には、細い三つ編みが丁寧に編み込まれていて、花冠みたいだった。夜風に備えてか少し厚めのショールを肩にかけていて、上質なレースをたっぷりと縫いつけた春物の白いスカートを、風に揺れるままにしながら、おしゃれなバーを見上げている。


 ああ〜、絵になるなぁ……。女の人に見とれたのって、人生で初めてな気がする。さすが貴族街。きっとあらゆる高嶺たかねの花が、そろっているんだなぁ。


「綺麗な街だねぇ。ここで時間を過ごしている人たちも、建物の一つ一つの細かな装飾も、すごく素敵だ。大人の落ち着きを感じるよ」


 もっとごてごてした、過度な華美さを想像していた。それこそ、義母かあさんの好みそうな……え、ええ!? 今、ヘンなのが横切っていったよ!?


 なにあれ、気色悪! ピンクのキラキラした輝くカボチャっていう、アホみたいなデザインの馬車が横切っていったんだけど! 上品な貴族街の雰囲気が、たった今、破壊されていったよ。


 しかもカボチャの馬車は、すぐそこのピンクの建物の前に停車した。馬車の扉が開いて、同じ人間とは思えないほど鼻の高いイケメンにエスコートされながらハイヒールを鳴らして降りてきたのは……うっそだろ、義母さんじゃん!!


 馬車と建物の色もそうだけど、柱とかさくの先端にハートが載ってて気持ち悪い。まるで子供用の遊戯場みたいだ。あんな所に住めって言われたら、僕だったら恥ずかしくて自力で色を塗り替えかねないよ。ハートも撤去する。


 思わず「うわ……」と口に出ていた。


「マンマ、どうしてあしょこにいるのー?」


 うわ、アイリスが起きちゃってるよ。あんなとこ、見せたくないのに。


「アイリシュもピンクのおうち、はいりちゃ〜い」


「ハハハ、アイリス、あれは義母さんじゃないよ。人違いだ。義母さんがこんな所で別荘かまえて、愛人と暮らしてるわけないじゃないか、ヤダナー」


「しょっか、マンマおうちでまってるもんね」


 待ってないんだよアイリス。今うちの屋敷は、もぬけの殻だよ……。


 カークも無言になってるし、もう最悪だよ。恥ずかしいって言葉じゃ足りないよ。人が地下牢に放り込まれてたっていうのに、豪遊しやがってー。


「クラウス、今日の宿は、どうするか決めてる?」


「あ、自分たちの宿のこと、考えてなかった」


「じゃあ今夜は、僕の母さんたちが泊まってる宿に、泊まるといいよ」


「ああ、おすすめの宿なんだね。でも、遠慮するよ。貴族街で宿泊できる余裕は、そのー……ないんだ」


 自分で言っておいて、半笑いになってしまった。情けないけど、うちがド貧乏なこと、カークも気づいてるだろうしな、今更隠したって仕方がない。うう、見栄も何も張れたものじゃないよ。


「じゃあ、おごる。そんなに高い宿じゃないけど」


「ええ!? そ、そこまで世話になるわけにはいかないよっ! これ以上の借りを作るわけには、さすがに。どこか、安い所を探すよ、ハハハ」


「貴族街に、安宿はないよ。もう一度、平民街に戻らないと」


 げ、それも手間だな。門はカークがいないと通れないしなぁ。


「それじゃあ、妹だけを預かってもらえないかな。僕は観光がてら、外にいるから」


「わかった、アイリスだけを両親に預ける。けど、クラウスは? 一晩中、歩いてるつもり?」


 う……ああそうだよ、歩いてるよ。そのうち朝になるだろ。本当に、これ以上きみの世話になるのが耐えられないんだよ。こんな、しなくても生きていけるような贅沢な街で、お金の世話になりたくないんだ。


「僕も付き合う。貴族街、案内する」


「カークきゅん、やっさっすぃいいいい!! 好きいいいい!!」


 妖精うるさいよ。近所迷惑だろ。あ、僕にしか声が聞こえないんだっけ。でもうるさいことに変わりないよ。


 えー、どうしよう、僕の貧乏生活にカークまで巻き込みたくないんだけどな……。


「あ、ありがとう、カーク」


 うぅ、胃が。胃腸は弱くないほうなんだけど、今回ばかりは。うまく笑顔でいられているだろうか。真夜中に、友達を連れ歩いての野宿なんて、やったことがないよ。本当に申し訳ない気持ちになる。


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