第18話   帰りの遅いクラウス

 クラウス、遅い……。どうしたんだろ。


「カークおにーちゃま……」


 アイリス、ずっとロスの背中で、ごろごろしてる。


「アイリシュのおにーちゃま、かえってこにゃいぉ……」


「もうじき、戻ってくる。待ってようね」


「うん……」


 時間も遅い。アイリス、眠そう。半分だけ寝てるみたいに見える。


 伯爵の屋敷、二階だけ灯りが漏れてる。たぶん、あそこにクラウスもいる。カーテンが閉まってて、様子が見えないけど、たぶん、あそこにいる。


 あ、灯り、消えちゃった……。


 お話、終わったのかな。アイリスの婚約、うまく断れたのかな。


 あ、玄関から誰か出てきた。クラウスかな。


「クラウ――!!」


 な、なんで人形たちが、外に出てるの!? 人形はぜんぶ、地下牢に閉じこめたって、伯爵、言ってたのに。


 わあ! こっちに走ってくる。アイリスを起こして逃げなきゃ。


「アイリス、アイリス起きて!」


「ふへぇ……」


 長旅のせいかな、寝ぼけてる。これは、ロスの背中にしがみつかせるのも難しいか。抱っこして運ぼう。


 よいしょ……うわ、寝てる子供、すっごく重い。これは抱えて走れないや。そこの納屋と民家の隙間に、挟まって隠れておこう。


 なんとか、全員入れた。ぎゅうぎゅうだ。


 納屋と民家の隙間から、人形たちが、脇目もふらずに走ってゆく姿が見える。伯爵の人形たち、あんまり伯爵の言うこと聞かない。伯爵に何か命令されても、何もできないか、別のことして、戻ってきてしまう。


 でも、見つかりたくないな。また地下牢に、放り込まれてしまいそうだから。


 アイリスを抱っこしたまま、みんなでじっとしていた。人形たちの足音が、遠ざかってゆく。ほっとした。


 このまま隠れてると、待ち合わせてるクラウスに気づかれなくて、彼が迷子になる。


 僕らは物音に用心しながら、隙間から出てきた。


 僕より耳がいいケルベロスたちの、耳の動きに警戒しながら、クラウスを待ち続けた。


 あ、来た来た。クラウスはなぜか巨大なティーポットみたいな物体を、両手で持っている。さらにそれを、近隣の民家と民家の隙間に、突っ込んでしまった。重かったのかな。


 あれ? なんだろう、アレ。クラウスの足下を、なぞの発光物質が飛んでいる。クラウスの足下を、照らしてくれている。そういう、大きな虫かな。


「きゃあああ! なまカークきゅんだ〜! 再現度ヤバ過ぎのレイヤーさんみたい! 可愛い〜! ちょーカワイイー!! ヤバいカワイイー!! スマホの壁紙にしたいー!!」


 よそ見してたら、クラウスが目の前に来ていた。


「カーク!! アイリスは!?」


「抱っこしてる。無事だよ。クラウスこそ、何があったの」


「伯爵はとんでもない人だったよ。直接の交渉じゃ、アイリスをあきらめてくれなかった。別の手段を探さないと」


 さっきのティーポットは、見なかったことにしてあげよう。クラウスが伯爵の返答に腹を立てて、私物を持ち出して隠しちゃったのかも。彼は妹のことになると、ヘンなことする。ちょっと心配。


「クラウス、さっきヘンな人形が下りてきた。ここにいると、戻ってくるかも。いったん、離れよう」


 僕は抱っこしていたアイリスを、不安そうにしているクラウスに渡した。アイリスは首をだらんとしてて、ぜんぜん起きない。きっと、すごく疲れてたんだ。


 クラウスは両手が妹でふさがったまま、伯爵の屋敷を振り返った。


「あの人形たちに会ったの?」


「うん……みんなで、そこの隙間に隠れてた」


「逃げるのは僕も賛成だよ。捕まったら何をされるか、わかったもんじゃないよ」


 やっぱり、あれは伯爵の家の人形だった。僕はさっき、隠れておいて良かったのかも。捕まったら、きっとアイリスごと、地下牢へポイされてたかも。


 なんだか、クラウスがもじもじしてる。お手洗いかな。


「そ、その、屋敷にいた人物から、きみが昔、地下牢にいたと聞いたんだ」


「え……」


「それがもしも本当の話だったら、許せないことだ。一緒に、伯爵の横暴ぶりを暴かないか。きっと誰かが、助けてくれると思うんだ」


 クラウス……。正義感の、かたまり。


「クラウス、気持ちは嬉しい。けど、今は難しい」


「そっか、きみの都合もあるよね。無理を言って、すまない」


「僕じゃなくて、お城の都合。明日の夜、お城で舞踏会がある」


「舞踏会? へえ、そんなものがあるんだ。おとぎ話でしか聞いたことがなかったよ」


 あれ? クラウス、一度も参加してなかったの?


「クラウスは、参加しないの? そのために王都に来たんじゃないの?」


「え? 僕の目的は、伯爵とアイリスの婚約破棄だけだよ」


「招待状は? 来てないの?」


「なんのこと? 僕にも、舞踏会に参加できる権利があるの?」


 クラウス、きょとんとしている。本当に、なんにも知らないんだ。これは、けっこう大変な状況かも。上手く説明、できるかな。


「舞踏会は、よっぽどの事情がない限り、強制参加。僕も参加する。でも、舞踏会じゃマスクを取らないと失礼だから、行きたくなかった。クラウス、一緒に行こう」


「え? 僕、招待状ないけど」


「どうして無いのか、調べに行こう。貴族なら全員が、招待されるはず。クラウスは、もしかして、いろいろな書類を作ってないのかも」


「書類?」


「アイリスときみのため。貴族であることを証明できる物、増やさないと。ますます、伯爵に勝てなくなる」


 僕の言いたいこと、伝わってるかな。招待状が届いていないのは、名簿にクラウスの住所が、載っていないのかも。大変、大変。


 クラウスが、金色の髪の頭を、片手でぽりぽり。うーん、って悩んでいる。


「第三図書館だっけ、そこにヘイワーズ様という、図書館長がいらっしゃるみたいなんだ。そのかたに掛け合って、証明書みたいなのを作ろうかとは考えていたんだ」


「うん、それがいい。第三図書館、貴族街に建ってる。舞踏会の参加者も、貴族街に泊まってる」


「上手くいけばヘイワーズ様にもお会いできるかもしれないんだね。さっそく、貴族街に入りたいんだけど、その、僕だけじゃ……」


「わかってる。同行する」


 だってクラウスとアイリス、大門すら通れなかったからね。


「カークきゅん優しい、尊い……」


 光る虫が、クラウスの頭上をぐるぐる高速回転している。


「クラウス王子、カークきゅんに甘え過ぎちゃダメなんだからね」


「わかってるよ、って言いたいところだけど、約束はできないよ。僕、本当になんにもわからなくて、カークがいなければ、今頃はまだ農村あたりを泊まり歩いてたところだよ」


 クラウスが、独り言をしゃべってる……。


「クラウス、誰としゃべってるの? その光る虫?」


「え? きみには、この子の声が聞こえないのかい?」


「クラウス、虫としゃべれるんだ」


 僕が動物たちと意志疎通できるのと、一緒なのかな。クラウスすごい。でも、なんでかクラウス困った顔してる。困った顔で光る物質を見上げて、指さした。


「これ、妖精だって言ったら、信じる?」


「え? ……………………妖精?」


 急にそんなことを言われて、びっくりした。


 クラウスが、ため息をついて光源を見上げている。


「無理だよね〜。じゃあ虫ってことに、しておこうか」


「信じるよ。これはきっと、妖精」


 本当はなんなのか、わからないけど、暗い夜道を走ってきた友達を、ここまで照らしてくれた、その知性ある動きは、評価してあげたい。


 妖精はクラウスを離れ、僕の周りを飛び回り始めた。まるで、子犬みたいに。


 うん、人懐ひとなつこい動物的な動きしてる。これなら調教次第で、意志疎通も、できるかも。


「カーク、すごいね……妖精が心を開いてるみたいだよ」


 なぜかクラウスに、褒められた。


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