第17話   きみが妖精……?

「きみは何者なの? ポットみたいな物に入ってたけど」


 尋ねられて、彼女が一瞬だけ目を泳がせた。


「ああ、えっと……あたしは、妖精! ほら、妖精っぽいでしょ? 羽とか生えてるし」


「ええ〜……?」


「そんな顔しないの。じゃ、約束通り、あなたを助けてあげる」


 自称、妖精は僕を飛び越して、背後にまわった。彼女がひときわ輝いたかと思ったら、牢の中が明るく照らされて、そして僕の同居人の姿が、浮かび上がってしまった。


 顔半分が割れて無くなった、人形メイドだった。僕の後ろで、打ち捨てられて横倒しになっている。服はぐちゃっと乱れていて、つるっつるの肌は、細かいヒビでいっぱいだった。びくともしないけど、僕は妖精がメイドの胸ポケットから銀色のかぎを取り出すまで、すごくひやひやした。


「はい、これが鍵。あ、鉄格子の鍵穴は外側にあるから、あたしが飛んでいって、開けとくわね」


 勇気ある妖精だな。そして気さくで、気前がいい。


 妖精なんて、おとぎ話でしか登場しないんだと思ってたけど、こうして目の前で飛び回られると、信じる以外の選択肢が無くなる。


 ガチャンと金属が跳ね上がる音がした。


 彼女が照らす太くて重たい鉄格子でできた扉を、ギイと押し開けて、僕は牢から出ることができた。


「助かったよ。鍵の場所、よくわかったね」


「うん。さいしカークきゅん攻略イベントで、ここに閉じこめられるミニゲームがあるからね」


「え? カークが、ここに閉じこめられたことがあるの!?」


「あ……。えっと、そうそう、そうなの! 彼が子供の頃にね。ちなみに、さっきの不気味なお人形のポケットに鍵を入れておいてあげたのも、カークきゅんだよ。彼女きみもいつか出られますように、って。優しいよね〜カークきゅん。最推しなんだ〜」


 ……話がおかしな方向に飛ぶなぁ。この妖精が、カークを好意的に思っているのだけは、伝わってきたよ。


 それにしても、カークも閉じこめてたなんて、なんてヤツなんだ、あの伯爵野郎は。今の話、もっと詳しく聞きたいけど、今は自分が逃げるのが先だから、話はあとで聞くことにしよう。


「さあクラウス王子、脱出脱出! 静かに急いで」


「ありがとう。ついでに足元も照らしてくれると助かるよ。真っ暗だから」


「わかった。低めに飛ぶわね」


 彼女は数歩先を低めにゆっくり、旋回し始めた。おお、助かるよ。なんだか、辺りにいろんなガラクタが転がってるのが見える。


「そうだわ、忘れるとこだった! さっきのティーポット、絶対に役に立つから持っていきましょ!」


「ええ!? あんなでかいの持って走れないよ!」


「なんとか、がんばって持って帰って。あれ、シュミット博士の形見でしょ? あたし知ってるんだから!」


 ええ? 父さんの?


 妖精もポットに向かって飛んでゆく。力いっぱい照らされたそれは、見覚えのある凹凸おうとつと、取手の形、随所にはめこまれた宝石たちという、奇抜な造形。


 これは、父さんが母さんの誕生日に造って贈った、美味しいお茶が調整無しでれられるティーポット! 他にもいろいろ機能があるみたいだけど、母さんはお茶と料理にしか使ってなかった気がする。


「……これ、義母かあさんが売り飛ばした錬金ティーポットだよ。きみの言うとおり、父さんが開発した作品なんだ。なんでこんな所に」


 とっても便利だから、もう二度と戻ってこないだろうと、あきらめていた。


「妖精さん、もっとよく、周りを照らしてくれないか」


「いいわよ。不気味な物ばかり転がってるけど」


 彼女の言う不気味な物とは、四肢の大破した人形の残骸のことだった。照らし出されたそれらは、まるで強い力で叩き割られたかのように見えたが、今の僕には、それよりももっと気になる道具たちで胸がいっぱいになっていた。


「父さんの、研究室にあった道具がたくさんある」


 無造作に山積みされた、父さんの愛用品。あの頃は背が低くくて、どれも大きく思えたけれど、今では両手と時間を使えば、またもとの場所に戻してあげられそうだ。


「クラウス、とりまティーポットだけ持って帰りましょ。他は〜残念だけどあきらめて。持っていけないわ」


「うん……なんとかしてみるよ」


 僕はティーポットを両手で抱え上げた。重っ! やっぱり置いていきたい、そんな本心を押さえつけて、僕らは地上への階段を上っていった。


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