第15話   地下牢へポイされる

 てっきり伯爵は足が悪いんだと思ってたから、起立されて驚愕した。しかも、しっかりと立っているじゃないか。


 え、車椅子、いる? それも趣味で乗ってたのかよ。


義母ははおやが作った借金の額を知らないようだな。堅気かたぎのやり方じゃあ返せんよ。どのみち露頭に迷う運命ならば、妹だけでも、食うに困らん生活をさせてやりたいとは思わんのかね」


義母ははが買い込んだ品を、全て返品してきます。それでほとんど返せるかと」


 だって伯爵のお金で贅沢してるのは、義母かあさん一人だけだから。あのワンショルダーのドレスだって、汚さないうちに返さないと。でも返品不可だったら、どうしようか……。


「ハッハッハ、いくら小細工しようが、私に作った借りは返せんよ。返済期限は来月の頭だ。アイリスちゃんには、うちに来てもらう」


「期限については初耳です。返済を急ぐほど、困窮なさっているのですか? だったら義母さんに貸さないで、外で放置されてる料理人のおじさんから、出世払いのお金を受け取ってください」


 あとは、その人形メイドをどこかに売るとか。絶対にすごい値段が付くよ。


 あー、弁護にけた人を雇えるお金があったらなー。こんな無理難題を僕の減らず口で闘わなくてもよくなるのに。


「人間不信な私に、外に出て誰かと会話しろだなんて酷なことを言う前に、もう一度きみの立場というものを自覚してもらおうか」


「立場? 充分理解した上で、お断りしているつもりです」


「いいや、まだ足りんようだ。きみは今まで、取り立ての催促が穏やかなことに、疑念を抱いたことはなかったかね?」


 取り立て? そう言えば、一度もそんな人が来たことなかったな。


「本来ならばとっくに、屋敷を奪われていてもおかしくはない状況だ。けれども、きみは妹と平和に暮らしていたのではなかったかね?」


「……そうかもしれません、けど」


「取り立てを引っ込めていたのは、全て私のさじ加減だったのさ」


 ……この爺さん、そんなことまでしてたの? アイリス目当てで!?


「勇敢で愚かな少年よ、きみにできることは尽きたのだ。の父に隠されて育てられた君達には、貴族としての地位も、知名度も、戸籍すら無い! 誰が君達を守ってくれる。おとなしく私の庇護下に入りなさい。もはや、それしかないのだから」


 ……まだだ。伯爵が言ったことを、僕は認めるわけにはいかない!!


「いいえ。貴方のもとには下りません」


「よく言える。味方など一人もいないというのに」


「僕は今、独りじゃないんです」


 胸に片手を当てて、僕は断言した。


「僕を貴族と認め、友と認め、帰りを待っている人がいます。名を、カークランド・モーリス。貴方が毛嫌いしている彼が今、僕の側に付いています」


「カークランド・モーリス……? あの豚革の青年ガキか」


「アイリスは彼と猛獣たちに守ってもらっています。お金の取り立てで全てを失ったとしても、僕はアイリスだけは、彼に預けます! 絶対に貴方に売ったりなんかしない!」


「嫌われ者の変人男爵と、この私で勝負ができると思うのかい? もっとよく考えてみなさい、どこまでオツムが足りないんだ」


「貴方こそ、ご自分の年齢を考えてみては?」


 お年寄りに年齢のことでマウントは取りたくなかったんだけど、オツムのこと言われちゃね。たしかに僕は世間知らずだし、社会的な事情で物知り勝負をすることになったら、僕が負けてしまう。


 卑怯かもしれないが、ここは年齢をダシにしよう。


「僕らは十代、貴方は、八十ですか? 貴方が老衰を迎えるまで、僕らはアイリスを隠し通します。いったい、いつまでお探しできるでしょうか?」


 これには、さすがに伯爵が怖い顔になっている。背がちっちゃいから、あんまり迫力がないけど。


「借金は必ず、返済いたします。貴方が未成年の少女に固執した事実も、黙っておきます。そしてアイリスとの婚約は、破棄させていただきます。それでは、ご無礼を、失礼いたしました」


 無謀な言い争いに終止符を打ち、僕はこのまま言い逃げしようと、一礼して扉の取っ手に手を掛けた。


「うるさいガキに育ったものだな、クラウス・シュミット。目障りだ。おりにでも入っていろ」


「え?」


「二番から十番、やつを地下牢にぶちこんでおけ」


 伯爵の一声で、それまで威圧的に立っているだけだった人形メイドたちが一斉に掴みかかってきた!


「うわあ! ちょ、ちょっと、なにすんだよ!」


 僕はとっさに腕を引っ張り返したけれど、彼女たちは丈夫に造られているのか、腕は引っこ抜けなかった。


 怪力任せの荒っぽい取っ組み合いにあっさり負け、僕は丸太のように肩に担がれた。負けじとその背中をこぶしでバシバシ叩いてやったが、かったい! ぜんぜん効いてる気がしない。むしろ効いてるのは僕の手のほうだ。


「お前たちはカークランド・モーリスを探すのだ。お友達を人質に取られたと知れば、アイリスを差し出すかもしれん」


 伯爵に命じられて、部屋にいた残りのメイド三体が、駆け足で部屋から出ていった。


 僕は手足を力の限りバタバタさせて逃れようとしていた。がっちり腰にはまっているメイドの細腕が、ぎりぎりと食い込んで、すごく痛い。


 僕はなにか罵声の一つも叫んだような気がするが、なにを言ったか忘れてしまった。


 部屋を出て、階段を下りてゆく彼女たちに、僕を気遣う様子は見られない。


 僕は屋敷に数多ある窓に向かって、声が枯れる勢いで叫んだ。


「カーク! アイリスを連れて逃げてくれ!! こっちに来ちゃダメだー!!」


 僕の声が届いているかは、わからない。けど叫ばずには、いられなかった。


 うぅ、腹部が圧迫されて苦しい、苦しくて、息がいっぱい吸えない。大きな声が、出せなくなってきた……


「カーク……アイリス……逃げて、くれ……」



 空気が満足に吸えなくて、朦朧もうろうとしていたらしい。気がついたら、光源こうげんが一切ない、真っ暗な世界を、メイド人形が僕を抱えたまま、階段っぽい所を一段一段、下りているところだった。暗くて見えないから、ただのかんでそう思っただけなんだけど。


 ああ、なんだっけ、地下牢だっけ、そんな物まで屋敷に造ってるなんて、金持ちってわかんないな。せいぜいワインの貯蔵庫にしとけよ、そのほうが食べ物をたくさん保存できるだろ。空間の使い方がわかってないなー、なんてダメ出ししている場合じゃない。階段が終わったのか、メイドの足取りが安定している。


 ええ〜、どうしよう、本当にどうしよう。あの変態伯爵がここまでアイリスをあきらめないとは思ってなかったよ。


 って、どわあああ! 投げられた!

 固い地面(?)に、投げられた。


 ガチャン、とかぎが閉められたような大きい金属音が、空間中に鳴り響く。


 砂利じゃりを踏みながら遠ざかってゆく足音に、僕は「待ってよ!」と声をあげたが、待ってくれるわけもなく、階段を上がってゆく足音を聞いているしか、できなかった。


 くっそ〜、絶対許さないぞ。どこかに、出られそうなところはないかな……。


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