第14話   相手を責めるのも、ほどほどに?

「貴方は未来ある若者に対して、そんな思想を抱く人ではなかったはずです」


 気づけば僕の口から、屁理屈めいた言葉が流れ出ていた。


「貴方は駆け出しの料理人を、表通りに店が立つまで気長に支援できるほどの資産家だ。きっと当時の貴方は、優しい人だったんでしょう。彼の出世払いを信じ抜くことができたのですから」


「……そんなことが、あったかな?」


 伯爵の垂れ下がったまぶたが、びくんびくんと痙攣し始めた。こんなに高齢なお年寄りに、きついことを言うのは、本音を言えば気が進まないけど、アイリスを渡すわけにはいかない。


「クラウスくん、優しいだけでは商売は成り立たんさ。私はしっかりと、その若者の才能を見越して、支援を申し出ていたんだよ」


「彼の才能や素質を見抜いて期待したのは、アイリスの将来性を見越して投資を申し出る貴方らしい行動です。ですが以前の貴方は、若者の未来を応援する側だった。見返りに未来を捧げさせるようなお人ではなかったはずです」


「歳を取ると、いろいろな価値観が変わってしまうんだ、悲しいことにね。私は今、大変な人間不信となってしまったんだ。もう誰にも金を貸すつもりはないよ」


 誰にも貸さないだって? でも義母さんは、貴方のツケでアホみたいなブレスレットを購入してましたけどー。


義母が貴方の名前で、街中で買い物をしているのはご存知ですか? ツケの請求が来るはずですから、貴方も気づくはずです」


「ああ、彼女は今まで惨めな暮らしを強いられていたそうじゃないか。多少の浪費は、その反動だと思って、大目に見てあげているのさ」


「アイリスとの結婚の前祝い金を、大量の買い物のツケに宛てているんですよ? そんなことをする女性を、人間不信の貴方が支持するなんて、ヘンですよ」


「ヘンなものかね。私は気の毒な女性にほどこしているだけさ」


「彼女が僕たちの親じゃなければ、支援はしなかったんじゃないですか? 貴方は義母を哀れんだわけじゃなく、アイリスが欲しいから、義母の機嫌を取っただけでは」


 そうじゃなきゃ、あんな鬼ババアにすり寄ったりしないだろう。むしろ、人間不信に陥っている人なら、ああいうタイプは避けるんじゃないかな。


 あ、伯爵の顔から余裕も愛想笑いも消えてる。まあ、当然だよね。僕は今、彼に嫌われて当然のことを指摘してるわけだし。アイリスも渡さないし。


 うっわぁ、僕の手、緊張で震えている。伯爵は怒りで全身が痙攣しているみたいだ。


「何が言いたいんだ、小僧。妹が笑顔で暮らせることの、何が不満なんだ。愛と教育的投資を惜しみなく、彼女に注ぐと言っているじゃないか。これは取引だ。私にも見返りをよこしてもらう」


 見返り? 金の話だったり、見返りの話だったり、そんなことを気にするのに、塀の外にいた料理人のおじさんには関心がないのか?


「今の見返り発言で、僕は大事な知らせを思い出しましたよ。表通りに店を出したという男性は、貴方から援助されたお金を返したがっていました。貴方にとって、彼がそこまでできるほどの力を付けたことは、最高の見返りなのではないのですか? なぜ何年も、彼を無視して屋敷に閉じこもっているのですか」


「言っただろう、私はもう、誰も信用できないのだと」


「何年も貴方を心配していた人すら、信じられないのですか? 彼は貴方の孤独死すら気にかけていたというのに」


「人の交友関係に首をつっこむのは、野暮というものだよ、クラウスくん」


「人間不信なのに、どうして義母と、会ったこともないアイリスのことは、信用できるんですか。僕とも初対面ですよね」


 伯爵が眉毛の無い眉間みけんに十本ぐらいシワを寄せて、黙っている。


「ああ、名案が浮かびました。アイリスが大人になるまで、約十年が必要ですよね。そのかんにかかる教育の手間を考えるならば、今、貴方に尽くしているお人形たちの性能をあげたらどうでしょうか。ここにいるメイドたちは、貴方の支指示通りに動く素晴らしい助手に見えますよ。生身の人間よりも、よっぽど信用できるんじゃないですか?」


「……」


「確実に理想的な女性に成長するかわからない人間の子よりも、彼女たちが正常に可動するために投資したほうが有益です。彼女たちは借金もしないし、貴方を裏切ることもないでしょう。理想通りの助手が手に入りますよ」


「彼女たちでは、満たされないものがあるんだよ」


「アイリスならそれを満たせると? その確証は、どこにあるんでしょうか。貴方に反発し、わがままで手に負えない女性に育つ可能性だってあるわけじゃないですか。もしもそうなったら、アイリスを捨てるんですか?」


 はたして、このじーさんは、こんなに反発する五月蠅うるさい僕がアイリスの兄であることに、耐えられるだろうか。僕だったら、こんなに食ってかかる人が身内にいる恋人は、ちょっと悩んでしまうかもしれない。


 うわ、メイドたちがじりじりと距離を詰めてきたぞ……ちょっと好き勝手に指摘し過ぎたかな。義母さんと口論するときは、これの二倍はしゃべってるんだけど。


 ……伯爵、しゃべんなくなっちゃったぞ。僕を見る目が、親の仇みたいになっている。これさ、「なんて無礼なヤツだ! お前のような身内のいる娘などいらんわ!!」って、ならないかな。


 なってほしい。切実に。


 この際、屁理屈でもなんでもいい、とことん噛みついてやる! あとは、どこを揚げ足取ってやろうか。ああ、そうだ、階段のところにいた、服のぐしゃぐしゃなメイドだ。


「貴方の女性に対する扱いにも疑問が残ります。屋敷中に転がっていたメイドたちには、気づいていらっしゃいますか? 僕が迷子になっていたのは、彼女たちが案内してくれなかったからです。いいえ、案内できないほど、故障しているようでした。たとえ人形でも、女性の姿をした彼女たちをあんな状態のまま放置しているのは、まるでアイリスの未来を示唆されているようで、大変辛かったです」


「人形相手に、感受性が強すぎないかい? クラウス、感情的にならないでほしい。きみとのやり取りは、非常に不毛だ。いったい、いつまでそこでわめいているつもりなんだい」


 しびれを切らした伯爵が、車椅子から立ち上がった。


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