第9話   義母の浪費を目撃

 王都に入ってすぐに、兵舎と倉庫が並ぶ。窓から兵士が顔を出したり、外に出てきてカークに丁寧な挨拶をしてゆくが、僕とアイリスのことは、子連れの従者程度にしか思われないのか、一言も声がかからなかった。


 うん、無駄口を叩かない方針なんだね。イーコトダネー。


「アイリス、怖くないか? 僕と手ぇつないどく?」


「へーき! アイリシュ、ちっともへーきだもん」


 笑顔でくるくると回ってみせるアイリス。たくましくなったなぁ。もしかして、いろいろと細かいこと気にしてるのは、僕だけとか。


「あ、おにーちゃま、またもんがありゅおー」


「うん、あの門をくぐると、街なかに入れるんだ。王都には他にも、貴族街へ続く門や、王様のお城に続く門があって、身分によって通れる門の種類が、違うんだよ」


「アイリシュ、いーっぱいとおりちゃい!」


「そうだね、たくさん通ろうね」


「はーい!」


 先ほどくぐった大門の半分以下しかないけれど、この門もなかなかに立派だ。街の周囲もぐるりと壁に囲まれていて、いくつか設置されている門をくぐらないと、外への往来はできないように管理されている。


 そしてまた、僕らは門番に止められていた。カークがさっきの首輪を門番に見せて、ようやく通してもらったけれど、カークと別行動になったら、僕らは門をくぐって帰ることができるのだろうか? 心配だ……。


「アイリシュも、おーちゃまにあいちゃいな」


「そうだね。いつか会えるときがくるよ」


「わーい!」


 はしゃぐアイリスの夢は壊したくない。どうにも僕ら兄妹が貴族であると気づかれない今、僕のやることは、もう一つ増えた。ずばり、王都第三図書館とやらに赴き、僕とアイリスが貴族であるという証明書とか、そういう証拠的なものを、ヘイワーズさんに発行してもらうこと。


 このままじゃ、どこに行っても「何者だ!」って剣を向けられそうで、ちょっと困る。すぐにシュバッと証拠が出せたらなー。カークの家の紋章付きの首輪みたいにさ。


 門を通ると、今までの殺風景だった世界が嘘のように、色鮮やかに客目を引き寄せるお店がずらりと並んで、輝いていた。たくさんの人が往来し、楽器の演奏があたりに響いている。


 うわぁ、ここに来たのは本当に久しぶりだけど、以前よりももっと華やかになってるぞ。

 出店も増えたなー。良い匂いだ。いろんな料理が食べ歩きできて、値段も高くないから、この大通りだけでも充分楽しめそうだぞ。


「あ! マンマだー!」


 アイリスが前方を指さして叫んだ。


「え……? 義母かあさんが? どこにいるの?」


 すぐそばにいるのかと目で探したけれど、アイリスが指さしていたのは、かなり距離がある桃色の石畳にヒールを鳴らして歩く、珍妙な集団だった。


 大勢の若い男の人を引き連れて、道いっぱいに黒いドレスのすそを広げて歩いている、あの悪趣味の塊のような服装ファッションセンスは……義母さんじゃないか! いい歳して細い紐のワンショルダー着てるよ!


 もはや身内だと知られるのも嫌悪感を抱くほどだ。はしゃぐアイリスの口をふさいで、僕らは最寄りのお店の陰へと隠れた。


「むぐぐー」


「アイリス、静かに。僕らは内緒でお出かけしてるから、義母さんに気づかれたらまずいんだ」


「ないしょー?」


「そう、内緒内緒。義母さんに見つからないように、かくれんぼだ」


「うん、わかった。じゃあ、おにーちゃまがオニね」


 オニはあのババアだよアイリス!


「僕も釣られて隠れちゃったけど……あの人が、クラウスのお義母さんなんだ」


 わ、お店同士の狭い隙間に、よく猛獣と一緒に入れたものだ。


「そ、そうだよ、あの人が僕らの、二番目の……ハァ、もう恥ずかしいよ。指にも首にも、顔と合わない宝石をじゃらじゃらぶらさげてさ。どこから借りてきたんだよ、まったく」


 このまま通り過ぎてくれたらいいんだけど……え、立ち止まるの? そこの宝石店の前で?


「ねえ坊や、注文していたブレスレットは完成してるかい? 試着したいんだけどねえ」


 店の玄関横の植木鉢に水をあげていた青年が、ぱっと顔を上げ、緊張したおももちで「はい! 少々お待ちください!」と返事した。そしてお店の奥へと走って引っ込み、店長らしき人も連れて、小さな宝箱みたいな小箱を両手で持って出てきた。


「こちらがその商品となります」


 ふたを開けて、中身を義母さんに見せる。


 うわっ……腕の筋肉でも鍛えるのかってぐらい分厚ぶあつい。表面にはでっかい宝石がごろごろはまっていて、虹色に輝いている。宝石もでかすぎると、一周回ってガラス玉に見えるのは僕の偏見だろうか。


 こっちは調味料も満足にそろわない台所だってのに、あんな高額なツケができる信用を、いったいどこから得てるんだ。宝石屋には、あとで事情を話して商品を取り戻してもらわないと。


「あのぉ、奥様……まことに申し上げにくいのですが、本当に払っていただけるのでしょうか」


 ほらぁ、店員も怪しんでるよ。


「ツケでお願いするわ。請求先は、伯爵にね」


 ……え? うちじゃないの? 伯爵に?


「じつはここだけの話なんだけど、うちの娘のアイリスが、伯爵家に嫁ぐことになったの。その前祝い金、いくらだと思う?」


 ふっさふさの羽が生えた黒い扇を、閉じたり開いたりしながら、店員たちの答えを待つ義母さん。けっこうな額を予想して答え始める店員に、バカにしたような失笑一つ。若い店員にだけそっと耳打ちすると、その店員の顔色がバッと変わった。


「ぜひ今後ともご贔屓ひいきに!」


「ええ、ええ、また近いうちに寄らせてもらうわ〜オーッホッホッホ!」


 なにがオーッホッホだよ! アイリスを売った金で、贅沢品を買い込んで! そのお金、少しはアイリスのために使ったらどうなんだ!


「あ、クラウス、待って、立っちゃダメ」


 ぐえっ! カークの腕の力、つよぃ。僕の首にきみの腕力が食い込んでいるんだが。


「は、はなしてくれ、カーク、窒息する」


「今はこらえどき。内緒でお出かけしてるんでしょ」


「そ、そうだけど、でも黙っていられなくて」


「きみは伯爵のもとへ、妹の婚約を破棄するために、来たんでしょ。まずはそっち優先。ここで騒ぐと、お義母さんに気づかれちゃうよ」


 う……うぅうう……いろんな意味でわき上がってくる悔しさを押し殺し、僕は取り乱した非礼を友に詫びた。


 義母さんは宝石屋にブレスレットをはめてもらうと、ヘンな高笑いとともに去っていった。若い男ばかりが、その後ろをぞろぞろとついて歩く。


 義母さん、あれでモテてるつもりなのかな。金目当てでくっついてる人たちなのに。イヤだよ、自分と歳の違わない金の亡者が、義父とうさんになるなんて。


「クラウス、伯爵の家は二つある。貴族街の、中と外。外のは、ここから近い豪邸」


「あ、たぶん、豪邸のほうだよ。父さんから、伯爵はいつもそっちの家にいるって聞いたことがあるから」


「わかった。僕は伯爵の屋敷に近づけないけど、近くまで、同行する」


 カーク……めっちゃ心強いよ。僕も王都には子供の頃に一回来たばかりだから、街並がすっかり変わっちゃって、道に迷わないか自信がなかったんだ。


「ありがとう。これじゃあどっちか騎士か、わかんないな」


「僕らは、アイリスの騎士」


「はは、そうだね……」


 なんでもないふうに言ってくれる。本当にきみが友達になってくれて、よかった。


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