第8話 え?なに?盗賊!?
おえっぷ、また酔ったかも、気持ち悪い……さっき木陰で吐いちゃったのに、まだ気分悪い。
「クラウス、大丈夫?」
「おにーちゃま、またおせにゃか、さしゅってあげる」
「ハハハ、大丈夫だよ、二人とも……」
速度を緩めてくれたチーター、並走してくれるカークとアイリス。
ここまでで僕がかっこいいところが、一度もなかった気がする。僕は何か悪いことをしたのだろうか。誰かに恨まれて呪いでもかけられているのだろうか。
カークとケルベロス達のおかげで、空が真っ赤に染まりきった頃に、カークの屋敷と同じような大きさの巨石を積み上げてできた城壁が見えてきた。
「わああおにーちゃま、おおきにゃいし、すっごいね!」
「ああ、アイリスはここに来るのは初めてだったね。本当にすごいねー、ここの城壁。この壁が、王様と王都の民を守ってるんだよ」
じつはこの城壁、石の一つ一つに異国の文字や絵が彫りこまれているんだけど、これ全部、どこかの遺跡を崩して再利用した物なんだ。戦争で打ち負かした国の遺跡を、こうやって積み上げてるんだから、僕ら国民はけっこうな人数に恨まれてるんだろうな……。
「へー。アイリシュもまもるんだお」
「え?」
「アイリシュも、おにーちゃままもれりゅんらよー」
……なになに? たまに妹が何を言ってるのか本気でわからないときがある。もう一回言わせるのもかわいそうだし、いつも笑って「そうか」とごまかしている。
お、深緑色の水で満たされたお堀と、幅広い木製の橋がかかった先にある、重たそうな鉄の大門が見えてきたぞ。あの門は人力と歯車を組み合わせた仕掛けで、上下に開閉するんだけど、うっかり押しつぶされたら、身内でも身元確認が難しくなるらしい……。
「クラウス、アイリス、あの門には、気をつけて」
カークが急に声を上げたから、びっくりした。
「ああ、うん、危ないよねーあの門。古いし、そろそろ改築したほうがいいと思う」
「五年くらい前、あの門に、誰か潰された」
「え!? こわっ」
「ヘンな死体だった……。服も、何も身に付けていなくて、未だに、誰だったのか、わからないまま」
「裸で外に出てたってこと? うーん、奇妙な事件だね……アイリスも、裸の人と大きな門には、一人で近づいちゃいけないよ」
「はい! おにーちゃまも、いっしょにきをちゅけおーね」
ん? アイリスが僕を心配してるの? ついに七歳児にまで心配された……。いや、ちがう、アイリスは自分以外の人も心配できるレディへと成長している最中なんだ。むしろこれは、喜ばしいことなんだ、うん。
おお、門がもう目と鼻の先に! さっきの話は不気味だったけど、やっぱりこの扉かっこいいな〜。子供の頃に見上げたときは、落ちてこないか心配で、父さんの後ろにぴったりくっついて歩いてたっけ。
「あ、クラウス、止まって」
「え? 無理だよ、このチーターはきみの指示しか聞かないんだ」
「それはクラウスが、ベルに心を開いてないから。でも、仕方ない。ベル、止まって」
ベルがゆったりと速度を落として、なんと、警戒心むき出しの門番たちの真ん前に停止した。ケルとロスも、乗客付きで僕と並んだ。
あれ? なんで僕ら、警戒されてるんだ? 僕の顔を知らないのはわかるけど、カークのことは知ってるんじゃ……あ、カークは革マスクをしてるじゃないか。なぜ誰にも素顔を見せないのか。これじゃあ、獣に乗った不審者だよ。
「何者だ! 貴様ら、その獣から下りないと斬るぞ!」
丈夫な甲冑でしっかりと武装した彼らの、止まれ下りろの怒声が飛んでくる。
ど、どどどどうしよう、門番のほうが正常な反応してるから、とっさの言い訳が思いつかない。どんな言葉で返せばいいんだ、この状況。
そうだ、貴族たるもの、堂々と己の出身を名乗るんだ。きっと通じるはず!
「お、落ち着いてくれ。どうか剣を収めてほしい。僕の名前はクラウス・シュミット。この獣は、友人であるカークランド・モーリス氏からお借りしたペットで――」
「黙れ! 猛獣に乗って門の前にやってくる貴族がどこにいるんだ! 服装だけそれっぽくしたって、だまされんぞ盗賊め!」
盗賊って言われたんだけど。この服もどこかから強奪してきた物だとか思われてそうだな。
「どうしよう、カーク、完全に盗賊だと思われて、剣と槍と、大きな盾を向けられてるよ」
「僕ら、騎士と男爵なのにね」
「彼らには、そうは見えないらしいよ。何か、貴族であることを証明できる方法はないか?」
たとえばカーク、きみがずっと顔に付けている、その豚耳のついた茶色い革マスクを取ってくれるとか。きっと顔が見えないから、警戒されてるんだよ――という僕の提案は、このとき、なぜか
なんでか、このとき、彼のマスクのことには触れてはいけないような気がしたから。ただの気のせいかもしれないけど。
カークは狼のケルに指示を出して、ゆっくりと前に進ませた。ああ、大勢の剣先が、彼に向けられている。こんなに大人数から警戒されるのって、普通の人生を送っていたら経験しないだろうね。まるで爆発物扱いだよ。
カークはケルの首輪を後ろから外すと、片手に持って、手近な兵士に投げてよこした。受け取った兵士は、大粒のエメラルドが輝く銀色の首輪をじっくり観察して、そして目を丸くした。
「これは! モーリス様の家紋付きの首輪だ」
その一声で、周囲の門番がおもしろいように剣先と敵意をしまった。どうやら僕らの乗ってる動物の毛並みが、もふもふし過ぎていて、首輪が隠れて見えなかったようだ。
「失礼いたしました、モーリス様。こちら側の門をお通りになるのは、初めてですよね」
「うん……いつも恥ずかしくて、裏門から入ってたから」
「どうかご無礼をお許しください。最近、不審な者が数を増したため、門の内外の警備を強くせよとの、王からのご命令なのです」
「うん……怒ってないよ。警備のお仕事、がんばってね」
カーク、きみってやつは本当に優しいな。僕なんか盗賊呼びされた事が、今になってふつふつと頭にきてるところだけどね。
「行こう、クラウス、アイリス。ここから先は、ベルとロスから、下りて歩こう」
カークは振り向いてそう言うと、ケルの背からひらりと下りた。僕とアイリスは、少々不格好に着地した。言い訳がましいけれど、動物って立ち止まってても、微妙に動いてるし、ぶにぶにしてるから、下りるときに体重をどこにかけていいのか、迷うんだよね。
身軽になった動物たちは、カークのそばに寄り添い、彼と一緒に歩きだした。閉じていた門が轟きを上げて上へと開いてゆき、アイリスが大喜びで悲鳴を上げた。
「へーたいしゃん、ごくりょーさまでしゅ!」
敬礼しながら、アイリスが門番に片手を振っていた。門番たちも挨拶ぐらい返してくれたらいいのに、不審そうな顔して、ひそひそ話しているだけだった。
「おい、クラウスとアイリスなんて名前の貴族、聞いたことがないぞ。ちょっと調べてくる」
「王都第三図書館に行くのか?」
「ばかっもっと声を控えろ。お前は地声が大きいんだよ」
「あそこって、表向きは図書館ってことになってるけど、奥の方に重要な書類が大量に収まってるんだってな。王室とか、その関係者とか、極秘の情報まで。あの噂、本当なのか?」
黙らない同僚の二の腕を、ガシッと掴んで強く揺する門番。
「大声で言うんじゃないって言ってるだろ。もういい、お前も一緒に来い」
「え? いいのか? やった」
「図書館長のヘイワーズ様に、お前を突き出してやる。二度と話題にできないように、ヘイワーズ様にみっちり仕込まれて来い」
「え? ヘイワーズ様ってそんなに怖いの? あの、やっぱり行かないし、もう言わないです、ハイ」
どうやら図書館の秘密とやらは、守られたようだった。
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