第7話 初めての友達②
僕のつたない説明でも、モーリス氏は真剣な目をしてうなずいて聞いていた。
「そうだったのか。クラウス、お兄さんしてる」
お兄さんは動詞だったのか。
「伯爵家とモーリス家は、仲が悪い。だから、一緒に伯爵の屋敷までついて行くことは、できない。たぶん、兵士に追い返されてしまう」
「そこまでしてもらうわけには、いかないよ。僕一人でなんとかしてみる。その、ありがとう、心配してくれて」
生まれて初めて、他人に心配された気がした。なんか、むず痒い気分になるな。
「カークでいい」
愛称まで教えてもらった。なんていい人なんだろう。今、僕の肩に留まった猛禽類の爪がギリギリと食い込んでるけど。なんか頭髪まで、ついばみ始めてるんですけど。
「ふふ、クラウス、優しい」
「や、あの、すごく痛い。なんとかして。ハゲる」
彼は片腕をそっと僕に近づけると、鷹を跳び移らせた。革の防具越しでもわかる、彼のむきむきな腕の形に、若干の劣等感が刺激される。僕も、何か習い事ができる環境だったらな……走り込みくらいなら、時間を見つけてできるかな。
「この子、きみのお父さんにも、よく
「え? その鷹が?」
「うん。シュミット博士、よくここに来てた。いっしょに、遊んでくれた」
カークは懐かしそうに、鷹を見上げていた。一緒に遊ぶって、具体的にどうやって猛獣たちと……尋ねようとしたそのとき、執事風の老人が部屋に入り、出かける予定が二時間後に迫っていることをカークに告げた。
さっきから使用人がノックもせずに入ってくる。寝ているライオンを起こさないためなのか。カークが何も言わないあたり、これが日常らしい。
「両親は先に、王都に行ってる。僕も
「あー、僕の
「え? シュミット博士の奥さん、十年くらい前に、亡くなってるはず」
「ああ、二番目の母さんなんだ。正直言って、仲は悪いよ。アイリスを借金のカタに売ろうとしてるし。いつもお金の作り方が、下品なんだ」
おっと、これ以上、身の上話ばっかりしてグチっても、仕方ない。話題を変えないと、湿っぽいヤツだって思われてしまう。
これは、えっと、相手のことを褒めたり、持ち物のことを尋ねたり、少しはカークのことも聞かないとな。自分のことばかりしゃべるのは、上品とは言えないからね。
でもどうすれば。ああもう、友達って作ったことないから、わかんないよ。作った後も、どう接すればいいのかわかんない。
今にして思えば自意識過剰だった。このときの僕は
「この革の防具には、動物に噛まれない効果のある魔法陣が、
「父さんが? この革の防具を、きみに贈ったってこと?」
「うん」
鷹は、開いた窓を眺めていた。カークはそれに気づき、窓に歩み寄ると、腕を軽く上下に振って勢いづかせて、空へ放った。
「ビーストテイマーになる道を、唯一、応援してくれた人……それがシュミット博士だった」
自分の胸が、じーんとなるのを感じた。身内の良い話を聞くのって、こんな気持ちになるんだな。
「恩返しする前に、博士は空へ、旅立ってしまった……とても、悲しい。だから、君たちの王都行きを、手伝いたい。どうか任せて」
「カーク……とても助かるよ。妹が小さいから、長旅が不安だったんだ」
本当になんて優しい人なんだろうか。父さんも、豚じゃなくてもっとかっこいい動物の革を使えばよかったのに。それとも、わざとかっこ悪く作って、彼が魔法陣に頼りきらないように仕向けたのかな。
残念ながら、彼は今も愛用してるけど。あんまり装飾に興味がないのか、それとも、作業着として定着してるのか。なんとなく後者っぽい。
カリカリ、と物音がした。ああ、部屋の端っこで、狼が器に入ったエサのドッグフードを食べている。って、アイリスも同じヤツ食べてるよ!! クッキーみたいに手に持ってかじってる!
「アイリス! それ動物さんのごはんだから、ぺっしようか、ね!?」
「にんげんも、どーぶつしゃんなんだよ?」
「そりゃそうだけど、でも食べ物は別々のを食べような」
「はーい」
アイリスは手に持ったカリカリを、狼に差し出した。バクンと食べられて、手ごと持っていかれたんじゃないかとヒヤヒヤした。
うっわ〜、恥ずかしい……。あ、でも、このドッグフードの見た目、ビスケットみたいで美味しそう。これは小さい子が誤食してしまう。
「二人とも……」
一連の流れを眺めていたカークの声が、少し震えていた。優雅さのカケラもない友達で、ごめん。
「王都までは、しばらくかかるから、お腹へらないように、お昼、食べてって」
……もう、ほんっとに、きみってヤツは! と心の中で叫んでしまった。
どうしたらお礼ができるだろう。手持ちには、女性用のイヤリングしかないし、ああ、思いつかない。
「カーク、このお礼はいつかきっとするからね」
「気にしなくていい。たいした物は、出せないから」
きみはそう言うけれど、今日パンすら無かったうちの食卓よりは、マシだと思うよ……。
なんか、久々に食事らしい食事が取れた。アイリスなんてメインのローストビーフを三皿もおかわりしたんだよ。
食事の間、カークから父さんとの思い出話がたくさん聞けて嬉しかったけれど、カーク本人のことは、あんまりわからなかったな。
まあ、一日で理解できる人物でないのは、確かだけど、もっとこう、動物以外のことで話題を繋げてくれてもいいんじゃないかなーと。僕は動物に詳しくないから、いまいち話についていけなかったや……。
「きみの妹、寝てる」
「え? あ、アイリス、起きて。熊と一緒にテーブルの下でお昼寝するレディが、どこにいるんだ」
「クラウスも、休憩したら? 僕は、旅支度を済ませてくる」
休憩? この獣臭い猛獣だらけの屋敷の中で、リラックスなんてとてもできない。本人には言えないけれど。
「ぼ、僕は妹が起きるまで、ここにいるよ」
「わかった」
カークは旅支度を済ませて鞄を背負い、部屋に戻ってきた。まだ妹が起きないから、僕らは少しだけしゃべった。
カークが若くして家督を継いだのは、つい最近。遅くに産まれた一人っ子で、子供の頃はビーストテイマーの才能を理解されず、周囲から気味悪がられていたらしい。
みんな苦労してるんだね。父さんが彼の味方になってくれて、良かったよ。できれば生きて、僕らの味方にも、なってほしかったな。
アイリスがようやく起きだして、
って、馬車じゃないのかよ!
ケルベロスたちに
「きゃああああ! くましゃんはやーい!」
なんで僕がチーターなの! 背中がしなやか過ぎて、振り落とされそうだよ!
彼は肉食獣しか飼いならせないのか? 普通、長旅の友って言ったら馬だろ!
羽虫や葉っぱが、顔にぴしぱし当たって、すっごく気になるし、風で前髪がめくれて、目にも風やゴミが入ってきて、涙が。こんなひどい乗り心地、経験したことがない。
これ、馬具(チーター具?)から手が離れたら最後、地面に叩きつけられて置いていかれる。
「わあ、おにーちゃまのが、いちばんはやーい!」
ええ!? なんでカークの乗ってる狼を追い越して、僕とチーターが先頭を走ってるんだよ。道わかんないよ!
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