第6話   初めての友達①

 寄り道してる暇なんて、ないんだが。


 森の中を馬車で走ることしばらく。モーリス氏の屋敷が見えてきたのは昼頃だったように思う。時計がないから、正確にはわかんないけど。


「おにーちゃま〜! はやく〜!」


 アイリスが両手を振りながら、ぴょんぴょん飛び跳ねている。その背後には、鉄格子みたいな形状の銀色の柵に囲われた、モスグリーン色の屋根の、清潔そうな屋敷……って、猿が壁をよじのぼって、まさに今、屋根に到着した。


 うわ、屋根の上にも、猛禽類が何羽も留まっている。そのうちの一羽が大きく羽ばたいて飛び立ち、わざわざ人の頭をかすめてゆくものだから、僕は大げさにも、しゃがんでしまっていた。


「なんだい兄ちゃん、度胸どきょうがねえな」


 ここまで運んでくれたおじさんは、少し休憩したら王都まで向かうと言った。僕ら兄妹きょうだいは、半ば無理やり、モーリス氏の屋敷へと招かれることになった。


 庭の手入れをしていた庭師も、玄関を開けてくれたメイドも、みーんな腕とか顔が傷だらけ。大変だよね、こんな主人に仕えてちゃ。


「おかえりなさいませ、カークランド様。それと、ケル、ベル、ロス、足を拭きましょうね」


 メイドが数人がかりで、湿らせたタオルで足を拭いたり、ブラッシングを始めた。小柄な女性たちと猛獣という、お目にかかったことのない光景も刺激的に映ったが、僕が気になるところは、その一歩手前の言葉だった。


「今きみのメイドが、ケルベルなんとかって言わなかった?」


「あ、うん……あの三頭の名前。三頭合わせて、ケルベロス。王都にいる陛下に、献上するために、調教していたんだ」


 ケルベロスって、たしか、僕の持ってる地図にあったぞ。


 くしゃくしゃの地図を広げて、モーリス氏に見せた。紙面には、ケルベロスのランニングコースと書かれて、矢印まで付いている、僕の領地が描かれている。


「この、地図に載ってるランニングコースって、きみのペットの?」


「うん」


「ここ、僕の領地なの知ってる?」


「知ってる。シュミットが、使ってもいいって、言ってくれた」


「僕の父さんが? あ、そう言えば、この地図の書き込みは、父さんの文字だね。モーリス氏は、ちゃんと使用許可を取ってくれてたんだ」


「うん」


 よかった……勝手に侵入するような人じゃなかった。でも、こんな状況を続けられると、とても困る。言いづらいけど、丁寧に断らないと。


「今、僕の領地は人手不足で、管理の手が回らないから、きみとペットに何かあっても、僕じゃ対処できないんだ。だから、申し訳ないけど領地の使用許可は、本日をもって取り消させてもらうよ。いいかな」


 するとモーリス氏が、ニヤッと目を細めた。


「クラウス、真面目」


「そうかな?」


「うん、すごく。わかった、クラウスの家が落ち着くまでは、そっちには散歩に行かない」


「ありがとう。助かるよ」


 それにしても、今まで猛獣が三頭も侵入していたなんて……父さんはどんな気持ちで、地図に書きこんだんだろうか。



 うわ〜、やっぱり屋敷の中も動物だらけじゃないか。しかも肉食獣が大半。


 客間に案内されたけれど、ソファとかぼろぼろに引き裂かれていて、ぞっとする。


「調教中の子もいるから、引っかかれても、驚かないでね」


 調教中って、ウソだろ、オスのライオンがいるよ。首輪も付いてないし、気ままに絨毯じゅうたんに横たわってゴロゴロしていて、ほんっとに洒落にならない!


「か、帰らせてもらうよ、モーリス氏。妹が食べられたら、大変だから」


 一刻も早く、ここから離れないと。あれ? アイリスどこだ?


「ライオンしゃん、ねんね」


 うーわ! 並んで寝てる! たてがみに顔までうずめて、けらけら笑っている。


「まれにいる。ああいう子が」


 モーリス氏の目は、優しかった。


「アイリス、大きくなったら、お嫁に来てね」


「はーい」


 こらこら、アイリスも安請け合いしちゃダメじゃないか。おままごとの一種だと思ってるのかな。


 メイドが部屋に入ってきて、お茶の支度ができたことを告げた。美人なメイドが、かわるがわる茶器を運んできて、なんと、この獣臭い部屋のテーブルに、並べてゆくではないか。


 こ、ここで飲むの……。


 ケルベロス三頭組みが、当然のように客間に入ってきた。足は綺麗になったらしく、特に狼がモーリス氏に一目散に走り寄る。


 モーリス氏はしゃがんで、狼の頭をなでた。すると、チーターもすすすっと近くに歩み寄る。気づいたモーリス氏が、両手で彼らをわしゃわしゃなでる。


 これが猛獣じゃなかったら、犬猫であったなら、微笑ましい絵になっただろう。僕の後ろで熊が「グオオ?」とか尋ねてきて怖い。


「僕も王都へ、あの三頭を連れて行くところだった。今日が、最後のお散歩」


「そうだったのか。それは、その……寂しくなるね」


「……」


 あれ? モーリス氏が無言になってしまった。豚耳のついたレザーマスクと顔を、両手で覆って、震えている。


「あの、モーリス氏、大丈夫かい?」


「……」


 もしかして、泣くの堪えてるの……?


 狼とチーターも、心配そうに鼻先を近づけて、様子をうかがっている。


「……クラウスだって、家族がよそに行ったら、悲しいはず」


 急に震えた涙声を出されたから、僕はひどく、びっくりさせられた。


 家族……そうだったのか。


 どんなに家具がめちゃくちゃになっても、すごい獣臭くても、牙や爪が大きくても、彼らはモーリス氏の優しい愛情をたっぷり注がれた、人懐こくて可愛い家族なんだな。


 それを誰かにあげるのは――家族がよそに行かざるを得ないのは、とてもつらい。たとえ、受け取った相手から大切にされるのだとしても。


「うん……悲しいよ、すごく」


 僕はモーリス氏が落ち着くまで、待つことにした。彼はすぐに立ち直り、取り乱したことを恥ずかしげに詫びた。ここのところ彼も予定がどたばたしていて、かなり疲れていたそうだ。


 僕は彼ならば理解してくれるような気がして、妹が早々にとつがされそうになっていることと、それを阻止するための旅をしているのだと、話した。


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