第4話 おかしな地図
自分の部屋の、
思ったよりも近いし、これならアイリスも負担なく連れて行ける! それが僕の足を軽くさせ、現在の、荷馬車で芋とともに運ばれる経緯に至っている。
でも、あれー? この地図で確認するのと、実際の景色ってぜんぜん違うじゃないか。地図には周囲の森林が、王都を守るようにぐるっと描かれてるのに、ここからじゃ、まだそれらしき雑木林すら見えてこないぞ。
あ、そうか、まだうちの広大な農地から出ていないのか。うっかり、うっかり。
え……? じゃあこの地図、かなり簡略化されて描いてあるんじゃ――
「おにーちゃま、これは、にゃんてかいてあゆの?」
「ん? どれ?」
アイリスが地図を覗きこみながら、これ〜、と指差した。それは王都をぐるりと囲む森の中だった。
え? なんだ、これ……。森のあちこちに、父さんっぽい筆跡の小さな文字が、うっすらと書き込まれている。メモ、だろうか。
「おにーちゃま、よんでよんで〜」
「えーと、なになに〜……? 森はロスの縄張り……? 湖はベルの水飲み場ぁ?」
どれも奇妙な内容だった。誰かのペットが、放し飼いにでもなってるのか?
あれ? 森どころか、うちの領土の境界線にまで、ペットの名前が書いてあるぞ。しかも薄い線で、領土がぐるっと囲まれている。
なになに……? んー? ケルベロスのランニングコースだあ〜? なにを勝手に人んちの領土を一周してんだよ。しかもケルベロスって、父さんが昔に話してくれた、遠い国の神話に出てくる動物だろ? その名前をペットに付けてるのか? フンとかの始末、ちゃんとやってるんだろうな。飼い主はだれだ? あ、そこまでは書かれてないみたいだ。
王都からの帰りに、調べてみるか。あー、厄介な用事が増えてゆく。
「おにーちゃま、おーとは、どこでしゅか?」
「あ、ここだよ」
僕は王都までの道順を、指でなぞってみせた。びっくりするぐらい、まっすぐに描かれてるんだけど、信用して大丈夫な図面なんだよね、父さん……。
あ、ちょっと心配になってきたぞ。黙々と馬を操る、御者のおじさんに聞いてみるか。この地図も見せよう。
僕が立ち上がった、そのとき、おじさんが「ん!?」と前のめりに、御者台から身を乗り出して、前方を凝視した。
「どうしたの、おじさん」
「あそこに、
熊!? どこだどこだ、って、おじさん! なんで気付かなかったんだよ、しっぽの形がわかるほど近くに立ってるじゃないか!
しかも道のど真ん中に、仁王立ちしている。大きな背中を向けているから、まだ僕たちには気付いていないと、願いたい。
あ、僕も地図ばっかり見てたから、熊の存在にはぜんぜん気付かなかった。
「うちの領土に熊が出るなんて、初めて知ったよ」
「このまま進むのはヤベーな。いったん引き返すぜ」
おじさんは熟練の手綱
うわあ、改めて見ても大きな熊だなぁ、これ振り向かれたら、一貫の終わりだ。静かに、馬車を動かしてもらって、こっそり逃げないと。
「きゃああああああ!! クマちゃんだー!!」
「ちょ、アイリス!」
「クマちゃーーーん!! おーーーい!! わたち、アイリシュだよーーー!!」
立ち上がって、両手をぶんぶん振るアイリス。こ、こんなに大きな声が出るんだな、初めて知った。
あぁああ熊がこっち見てるー! 僕はアイリスの口を手で塞いだが、時すでに遅し。
熊がスッと四つん這いになって、馬車に向かって走ってきた!!
「うわーーー!! おじさん早く!! 馬出して!! 人の足じゃ逃げられないよ!!」
「ん? ちょっと待て。あの熊、やたら豪華な首輪が付いてるぞ?」
「付いてても逃げようよ!!」
「ちょい待ち。う〜ん、あの型の首輪には、見覚えがあるような、無いような〜」
おじさんは目を紐のように細めて観察している。さっき母さんの形見にも反応してたし、金目の物に目が無いのかもしれない。
「アイリス、僕たちだけでも逃げるぞ! もうこのおじさんはダメだ」
「誰がダメおじさんだ。あの熊からは、どうやら逃げなくても良さそうだぞ」
なっ、なに言ってるんだよ、熊だぞ。すでに馬車の馬を襲いかねない距離まで来てるのに。
熊は途中で減速して、止まった。再び二足歩行で仁王立ちし、なんと、ぺこりとお辞儀した。首輪だろうか、緑色の石をちりばめた金色の輪っかをはめている。
御者のおじさんもお辞儀する。アイリスも黄色い悲鳴を上げながらお辞儀した。
なんだ、この状況。
ピーッと鋭い笛の音が、どこからか鳴り響いた。彼方から、大きな猫に乗った何者かと、その後ろを走る大型の犬? のような動物が、僕らのほうめがけて爆走するのが見える。
「あれはおれの雇い主、カークランド・モーリス様だ。シュミット芋を大量に買い込んでくださる、お得意様だぞ?」
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