第2話 両親の宝物だけど
「おにーちゃま、ごちしょーしゃま! アイリシュ、おしょといくね!」
「おー。変な虫には触らないようにね」
アイリスはうんうんとうなずきながら、
元気いっぱいだな。
はあ、なんとか無事に朝食を乗り越えたぞ……って、こんなことで安堵している場合じゃない。
こうしている間にも、伯爵が妹を迎え入れるのを楽しみにしているかもしれないのだ。こういうのは、時間が
うぐぐぐぐ……よし、決めた! アレを旅費の足しに使う!
父さんや母さんにとって、思い出深い宝物だけど……妹のピンチなんです、許してください!!
僕は台所の片付けもそのままに、席を立った。
父さんの研究室は、台所のとなりにある。錬金術師だった父さんは、よく台所にある野菜とか塩とかを、こっそり拝借していた。
またお母さんに嫌がられちゃうよ〜、と僕が言うと、お前がもとの位置に戻しといてくれ、と言って、父さんは僕の両腕に山ほど調理器具や調味料を預けていった。
そんな思い出を頭の
広々としていて、いつも用途不明な器具や設備でぎっしり狭かった思い出の部屋は、今では何一つ残っておらず、がらんとしている。
窓にカーテンすらない。
「ハァ……」
ため息しか出なかった。
気持ちを切り替えて、壁の
「ああ、よかった、あった……!」
真紅に塗られた、木製の小箱の
床板も丁寧に、元に戻しておく。
……ハァ、本音を言えば、これを売るの嫌だなぁ。罪悪感とか、自分自身への情けなさが
せめて、
義母さんは絶対に口を割らないし、それでも責め立てたら半年も旅行され、音信不通になった。そのまま戻ってこなくていい、という気持ちと、書類の場所を吐いてほしいから戻ってきて、という矛盾した気持ちを経験した。
以来、義母さんが屋敷に帰ってくる頻度は、ダダ下がりした。僕に財産の管理について、とやかく言われるのが鬱陶しいんだ。
アイリスがもう少し大きくなったら、僕だってこんな屋敷、出てってやるのに。
ああ、窓から見える空が、すごく
気づいたら、自然と両手を胸の前で組んで、空へと祈っていた。特に何かを願ったわけじゃないけれど、見守ってほしかったんだと思う。僕らの両親に。
僕はもっと早くに船の
まだ義母さんが戻ってくる気配はないな。耳を澄ませても、馬車の音がしないから。
好都合だ。
彼女が戻ってくる前に、屋敷のどこかで遊んでいるアイリスを見つけないと。
ん? 外から、鼻歌が聞こえてきたぞ。
「アイリス、どこにいるの?」
廊下の窓から顔を出してみると、屋敷の玄関前にぼうぼう生えている野草の、花がついているモノを眺めていた妹が、きょとーんとした顔で僕に振り向いた。
「おにーちゃま?」
「ちょっとおいで」
「はぁい!」
座り込んでスカートを汚していた妹は、すぐさま立ち上がって僕のもとへ走って来た。両手とピンクの靴も、土まみれになっている。
「アイリス、大事なお話があるんだ。まずは、靴と手を洗おうな」
「あい!」
「ああ、やっぱり、そのへんで適当にパッパッて払っちゃおうか。今日は、その、急いでお出かけしないといけないんだ。二人で」
「ふちゃりで〜!? わああ! どこゆくの〜!?」
この輝くお日様みたいな喜びっぷり……そうとう退屈してたんだな。
「王都ってところに行くんだ。昨日、義母さんが遊びに行ってた所だよ」
アイリスがハイ! ハイ! と挙手しまくるので「はいアイリスさん」と当てた。
「クマちゃん、もってくー!」
「クマちゃん? あ、ああ、アレね、ハハ、いいよ。まだ持ってたんだ」
僕が作ってあげた、不格好なぬいぐるみのことだ。アレほんとは犬なんだけどな〜。まあ、いいや。
アイリスがぐずらなければ、もうなんでもいい。
「遠いお出かけになるから、着替えを持って行こうな」
「きぎゃえ〜?」
「暑いかもしれないから、上着だけじゃなくて、下着も持って行こうな」
「あい!」
食べ物は、安いのを現地調達するとして、あ、あとは雨具とかいるかなー。我ながら旅に不慣れだな。この土地から出たことが、ほとんどないんだよな。
いつも屋敷で何してるかって、ときおり訪れる領民の、細かな相談に乗っているんだ。野菜の売り値や相場の計算、他にも、どこが疑問なのかと首を傾げるような簡単な相談にも乗っている。
うちの領民、いくら教えても物覚えが悪くて、計算もまったくできないんだよな……なんでなんだろう。
そんなわけで僕はわりと多忙に生きていた。王都での婚約破棄を無事に済ませることができたら、すぐにでも屋敷に戻らないと。領民が何日も、玄関前に長蛇の列を作ってしまう。
ああ、でも、本当に両親の宝物、売っちゃうのか〜。やだなー。なにか王都で、金策になるような
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