星空散歩 ーとあるおじさんの場合ー

@ukonno

変わる物と、変わらぬ阿呆

趣味、サッカー。


おじさんになってからサッカーにはまってしまった。サッカー観戦ではなくて、自分がやるほう。しかもフットサルじゃなくてフルコートのサッカー。

週に1回(時々2回になり、家庭の火種ともなる)妻に定時退社してもらい子供の面倒を見てもらっているなか、平日の夜にサッカーの練習に行かせていただいている。



先日、妻が仕事に使うことがあるかもということで、原付を購入した。

使わずに置いておくのは勿体無いので、原付でサッカーの練習に出かけることにした。


片道約9キロ、所要時間30分くらいでとても便利。ただ、この冬はとても寒い。ジャージやウインドブレーカーなどを重ね着しているので体幹はそうでもないのだが、手足、特に足先が寒い。

スニーカーではなくてブーツ的なものを履くべきなのだろうか。


冬の初めの頃、練習を終えた帰路、途中でガソリンを入れるためにガソリンスタンドに立ち寄った。実は、原付購入後初めての給油。


給油口はシート下のヘルメットボックスを開けたところ(イスをがちょんと開けたところ)にあるので、一度エンジンを切り、鍵を回してシートオープン。

そして鍵を無くしてしまうと困るので、開けたヘルメットボックスへぽとん。


原付のガソリンタンクは自動車に比べてとても小さく、2、3Lしか入らない。

給油所の音声ガイダンスに従いタッチパネルを操作して数量を決める。


現金しか持っていなかったこと、お釣りが発生するのが面倒だったこと(セルフガスステーションだと、お釣りをもらいに管理人小屋に行かなければならない)が相まって、ちょうど100円分だけ入れることに決めた。


投入口に100円を入れ、金額を100円に指定した。

ところが、『指定金額が少なすぎます』と女性の声の機械に言われてしまう。


なんでやねん、ともう一度100円と入力するが、やはり『指定金額が少なすぎます』と言われる。しつこくもう一度やってみるが『もう…、仕方ないわねぇ』とは言ってもらえない…。


少し焦りながらも、ピーンと閃いた。

1Lの価格(130円くらい)よりも低い金額だからダメで、きっと200円ならいけるはずだと。

ところが、絶対にお釣りを取りに行きたくないおじさんに懸案事項が持ち上がる。

もし、200円分のガソリンがタンクに入りきらず、途中で満タンになってしまったら…。


でも、それでも、100円を受け入れてもらえなかった今、おじさんにできることはただ一つ。

投入口に100円を追加し、金額指定を200円にする。それしかない。

勇気を振り絞り、200円と入力する。

するとあっさり『静電気除去シートに触れ、燃料油キャップを開け・・・』と、いつものヤツが聞こえて来た。


ふふふ、やはり1Lの価格よりも高い金額指定説が正しかったのだな、とほくそ笑む一方で、我が原付くんは本当に200円分のガソリンを飲み込んでくれるのだろうか?と震える指でレバーを引き給油を開始した。


すると10秒もかからずに給油メーターは200円に達した。

つまり原付くんはいとも簡単に200円分飲み干してくれたということだ。

そして、お釣りを取りに行かずに済んだということだ。

勝利は我が手に!


『ノズルを戻し、燃料湯キャップの閉め忘れにご注意…』なんて親切なアドバイスなんだ。気を良くしたおじさんには天使の声に聞こえる。


機械のように喋る女性あらため天使の言う通りにノズルを戻し、キャップを閉めた。


よし、完了。

バタン。

ヘルメットボックスを閉め、レシートを取り、上着のポケットに突っ込む。

その手で鍵を…

あれ?……ない。

逆のポケットは、…?ない。

ちゃ、ちゃんと探さないと!鍵がないとエンジンをかけられないからね。

ズボンかな?…やはり、ない。

あれ?カバンに入れたっけ??


もちろん、ない。


さて、賢いみなさんはとっくにお気付きでしょう。

そうです、この男は1分前、ガソリンを入れるために開けたヘルメットボックスに鍵を入れたのです。


じゃあ、ヘルメットボックスを開ければいいじゃないか、と思われたあなた、あなたは原付初心者ですね?

開かないのです。

そうです、これがインキーです。

このおじさん、インキーしましたよ〜!


事態を把握できていない方のために説明しますと、エンジンをかけるための鍵と、ヘルメットボックスを開けるための鍵は同じものなのです。


鍵はヘルメットボックスの中にあり、ついさっき「バタン」とヘルメットボックスを閉じました。

念のために説明しますと、ヘルメットボックスはオートロックなので、一度閉じると鍵がないと開きません。


唯一の光は、スペアキーが家の貴重品入れにしまってあること。

つまり、家に帰り、スペアキーでヘルメットボックスを開ければ全てが元に戻ると言うこと。

というわけで、哀れなおじさんは、残り5キロの道のりをエンジンのかからない、電動自転車よりも重く、ペダルもついていない原付を押して帰りました。


月や星がとても綺麗な夜でした。


子どもの頃に見たオリオン座は、おじさんになっても冬の空に輝いていました。


最近子どもと一緒に見た宇宙の図鑑のDVDでは、オリオンの右肩にあるベテルギウスという赤い星が、もう少しで爆発するかもしれないと言っていました。

そうしたら、オリオン座も変わってしまうのだなぁ。

永久不滅のような宇宙でさえ、諸行無常なんだなぁ、なんてことを考える余裕もなく、はあはあと両肩で息をしながら。


本当にクタクタになりながらも家にたどり着き、スペアキーを手に入れ、全てを解決すると、妻が現れた。


大変なことが起きたんだよと、おじさんの冒険を説明すると、一言


『ガソリンスタンドに原付を置いてバスで帰ってくればよかったじゃん』

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