04

 東国北部のとある街で長く足止めされていたベルタ・ジェズニークとベランジェ・オリオルが、苦労の末に北の国境の街まであとわずかの地点へと辿り着いたのは、すでに夏も終わりかけた、ある日の夕暮のことだった。

 過激な思想を持つ学生らが中心になって組織された叛乱勢力が蜂起し、彼らに賛同する者たちが各地から合流してきたせいで、治安は一気に悪化した。昼間でもひとり歩きできないほどに荒れた街道には賊が頻繁に出没するようになり、旅慣れた商人たちですら馬車を走らせることを厭がった。荷の流れは滞りがちになり、小さな村では生活に必要な品々が手に入れられなくなるようなことまで起きた。

 叛乱勢力はまもなく王太子の率いる軍隊によって制圧され、その知らせは瞬く間に国じゅうにもたらされることとなった。同時にラ・フォルジュの治世に揺るぎはないということも知れわたり、治安も徐々に回復してきた。

 だが、まだかつての安寧を取り戻したわけではない。

 叛乱を起こした首謀者はいまだ逃亡中であると云われているし、王城はその追跡にひどく梃子摺っているとも聞く。さらには、短く寒い夏のせいで秋の収穫は畑のそれも海のそれも大幅に減り、大きな街ではすでに飢える者も現れてきていた。一部の食糧についてはすでに配給制をとったり、困窮した者たちのための救護所を設けたりと王府の対応は迅速だったが十分ではなく、民の暮らしはどこか落ち着きを欠いていた。

 旅を続けながら、ベルタは日に何度も同じこと――エリシュカは無事でいるのかしら――を考えた。東国騎士であり、武の道に通じたオリオルさまと同道してさえこれほどに不安なのだ。ひとりで街道を歩んでいるはずのエリシュカの不安はいかばかりだろう。

 だが、北の国境の街にたどり着くまで自らの安全を守ることに精一杯だったベルタには、エリシュカのことを深く案じるゆとりがなかった。常に胸のどこかに引っかかってはいても、彼女の置かれているであろう状況を具体的に考えることはできなかったのだ。

 もし考えてしまえば、――悪いことばかりを想像してしまいそうで――怖くて怖くてたまらなかったからだ。

 いったいあの子はいまどこにいるのだろう。姫さまやツェツィーリアさまの予想どおり、姫さまのあとを追ってきていたのであれば、私が見落とすはずがない。あの子の容姿はとても目立つし、テネブラエだって人目を惹く。仮にエリシュカが髪の色や形を変えていたとしても、私の目はごまかせないはず。

 もしかして――。

 もしかして、エリシュカは、北への進路を取らずに神ツ国を目指しているのではないかしら。

 ふと、そう思い至ってしまったベルタは、自分のうちに広がっていくどす黒い不安を抑えることができなかった。

 ベルタとオリオルがいる東国北部は、叛乱勢力の本拠地を擁していたせいで王太子自らが鎮圧軍をもって乗り出し、治安の回復もそれなりに早かった。だが、それ以外の地域はどうなのだろう。

 違う、違う――、いたずらに不安がっている場合じゃない。ちゃんと向き合わないと。

 ベルタとオリオルは、明日には北の国境の街へ入ることになる。そうすれば、姫さまと合流するか、あるいはどうにかして自力で神ツ国へ帰る手段を探るかせねばならなくなるだろうし、エリシュカのことを考えているゆとりなんかすっかりなくなってしまうのに違いない。

 だから、考えるならいましかないわ、ベルタ。

 エリシュカはきっと西に向かったのに違いない、とベルタは意を決し、それまで避けてきた思考と正面から向き合うことにした。

 東国から神ツ国へ向かうにはこの国の北方から神ノ峰を越える経路か、あるいは西国から同じく神ノ峰を越えていく道か、のいずれかしかない。私がエリシュカに会わなかったということは、彼女は西国へ向かい、そこから神ツ国を目指すつもりでいる、ということだ。

 西国へ至るには、まず南国へと抜け、さらに南国と西国の国境も越えなくてはならない。なんという困難か、とベルタは思った。王太子のもとを逃げ出してきたエリシュカは王城から追われる身だ。誰にも気づかれぬように旅路を進み、二度も国境を越え、山へ入らなくてはならない。

 この治安の悪いときに、そんなことができるかしら、とベルタは考え込む。神ツ国教主の娘に仕える侍女という肩書を持ち、オリオルとともにある自分が街門を通る折にですら、厳しい検問を受けるような状況である。

 エリシュカが旅慣れているとは云い難い。そして治安の回復が比較的早いと云われているこの地域ですら、ひとり歩きはできないほどなのだ。いまだに叛乱勢力の一味が進軍を続けていると囁かれる西部では、なにをか云わんやであろう。

 もしかしたらどこかの街で足止めをされているのかしら、とベルタは思った。まともな通行札も持っていないエリシュカが街門をくぐることができず、立ち往生している状況は容易く想像がついた。

 ベルタの背を刺々しい悪寒が走り抜けていった。

 どうしよう、と彼女は思った。私、ここでこんなふうにのんびりしている場合なのかしら。姫さまはもうおそらく北の要塞にはおいでにならないだろう。長くとも猶予は二日だとツェツィーリアさまには云われていた。ここへたどり着くまでに、私たちが要した日数と云ったら――。

 どうせ姫さまはもう東国にはいない。私はこの国に置き去りにされた。

 ならば、とベルタは思った。私が目指すべきは北の要塞などではなく、この国の西方、南国との国境の街なのではないだろうか。

 だけど、とベルタは思わず唇を噛む。オリオルさまにはいったいなんと説明する――。

 やむをえない状況下でともに旅をするようになった間柄とはいえ、いまや、ベランジェ・オリオルという壮年の騎士は、ベルタにとって無碍にしてよいような存在ではなくなっていたのである。彼のことを適当な言葉であしらったり、調子よく誤魔化したりすることはできそうにない、と彼女は思った。

 それが役目であるとはいえ、オリオルはじつに辛抱強くベルタとの旅を続けてくれた。時間を稼ぎ出すための嘘や我儘にも、偽りではなく体調を崩した折にも、状況が一転してこの旅路が困難なものとなったあとも、オリオルは常にベルタを気遣い、励まし、守ってくれた。

 務めなのだと、役割なのだと云われてしまえばそれまでなのだろうが、父親以外の男をろくに知らず――唯一どうにか知っていると云えるのは、ろくでなしで人でなしの東国王太子だけ――に育ってきたベルタの目には、どこまでも騎士であろうとするオリオルは、じつに理想的な存在として映った。

 実際、旅が後半に差し掛かってからは、ベルタはオリオルに対し嘘をついていることが心苦しくてたまらなくなってきていた。

 本当のことを打ち明けることができればどんなに気が楽になることか、とベルタは思っていた。私がここにいるのは、姫さまの我儘の尻拭いのためなどではなく、王城を飛び出した友人のためなのです――。

 けれどベルタは主を裏切ることはできなかった。友人を危機に晒すこともしたくなかった。私にできる唯一の誠実は、せめて口を噤んでいることだけ。

 そう考えたベルタは、オリオルに対し過度の我儘を口にすることが少なくなった。

 そんなベルタの変化をオリオルがどのように感じていたのか、ベルタは知らない。ベルタがどのように態度をあらためようと、やむをえずふたたび気まぐれを口にしようと、オリオルの紳士的な態度に変わるところはなかったからだ。

 いまさら云えない、とベルタは思った。あなたとの旅はすべて時間稼ぎのための偽りだったのだ、などとは。あなたと過ごした時間のすべてが嘘の上に築いた虚構だったのだ、などとは。

 孤独に震えているだろうエリシュカを探しに行きたい。そう思う気持ちは本物であっても、いまのベルタは、だからどうしても動きようがなかったのである。


 北の国境の街へと辿り着いたベルタとオリオルはとくになにを話しあったわけでもなかったが、暗黙の了解のもとに、すぐに北の要塞を訪ねることにした。

 神ツ国へ帰るため、神ノ峰を越えなくてはならないベルタにしても、王太子が鎮圧にかかったという叛乱勢力の動向や現在の状況を詳しく知りたいオリオルにしても、そこよりほかに赴くべき場所などなかった。

 北の要塞でふたりを迎えた兵士は、あからさまに迷惑そうな顔をした。いまは取り込んでいるんだがな、と彼は云った。

「いったいなんだって、神ツ国の侍女どのとその護衛の騎士が、ふたりっきりで連れ立ってこんなところにいるんです?」

 いまここへの出入りが目立つのは困る、という理由で馬一頭がようやく抜けられるほどの幅しかない通用門から要塞へと足を踏み入れることをどうにか許されたばかりのふたりは、当然と云えば当然の問いかけに、偽りのない事実を述べるしかできなかった。

 曰く、シュテファーニアの命によって彼女の装身具を引き取りに旅列を離れた。装身具は見つからないまま主の列を追い、その途中で叛乱勢力による蜂起の影響を被ったために、到着が予想外に遅れてしまった。

「それで、いまごろになって到着したというわけか」

 兵士はため息混じりにそう云って、ベルタに向かってどこか憐れむような眼差しを投げかけた。

「もうわかっているだろうが、シュテファーニアさまは、もうずいぶん以前に山門をくぐって出て行かれた。とくに急がれる道行みちゆきであれば、あるいはすでに故郷にお着きになっておられるころかもしれない」

 はい、とベルタは硬い声で返事をした。わかっていたこととはいえ、こうして現実を眼前に突きつけられると、ひどく失望させられたような気になるからおかしなものだ。

 シュテファーニアがいつまでも自分を待っているはずもないことはわかっていた。旅列を離れる前、ツェツィーリアにも云い含められていたことでもあるし、そうでなくとも少しばかり頭を働かせれば想像のつくことだ。

 それでもベルタは、もしかしたら、と思わずにはいられなかったのだ。以前とはすっかり変わられた――賤民と蔑み、虐げたエリシュカのために私を遣わされた――姫さまならばあるいは、と。

「ジェズニークどの」

 オリオルの気遣わしげな声に、ベルタははっとわれに返った。

「申し訳ありません。つい、その、ぼんやりと考えごとを……」

 いや、とオリオルは首を横に振った。

「無理もないことです。ですが、いまはすぐにこれからのことを考えなくてはなりません。おつらいのはお察ししますが」

 いいえ、とベルタはオリオルの真似をするかのように首を横に振る。オリオルさまのおっしゃるとおりです。

「ところで」

 要塞内にある兵士たちの食堂兼休憩室へと案内されたところで、オリオルは兵士にそう声をかけた。

「叛乱勢力とやらは無事に鎮圧されたのか?」

 街で耳にしたのは不確かな噂ばかりで、とオリオルは云った。

「エヴラール殿下が叛乱勢力を率いていただの、王太子殿下が圧倒的な力で連中を鎮圧しただの、いや、首謀者数名を取り逃がしただの、といったような、な」

 王太子という言葉を聞いた兵士の顔がかすかに強張ったような気がして、ベルタは思わず彼の顔をじっと見つめた。なにかを誤魔化すようにひとつ咳払いをした兵士は、叛乱勢力は離散した、と短く答えた。

「離散?」

 そうだ、と兵士は頷いた。相変わらず妙なぎこちなさがある。ベルタはもう遠慮もへったくれもなく、兵士をじろじろと眺めまわした。

「ここと王都とのちょうど中間地点のあたりでのことだ。オレも詳しくは知らないが、王太子殿下率いる鎮圧軍と相対した叛乱勢力は、剣を交える暇もなく散り散りになって瓦解したそうだ。主だった連中の捕縛はほぼ成功したが、首謀者のひとりを取り逃がした。だが、やつの行方はいま全力で追っている。捕まるのも時間の問題だ」

 オリオルの眉がきつくひそめられた。

「時間の問題、だと?」

「そうだ」

 おい、おまえ、とオリオルが押しつけるような低い声を出した。兵士は喉を詰まらせるようにして黙り込んだ。

「叛乱勢力の蜂起からいったいどれだけの時間が経っていると思っているのだ。王太子殿下が叛乱勢力と相対されてからこっち、街も街道もいまだ混乱が収まっていない。ここにいる兵らもどこか浮足立っているようだ。いったいなにが起きている?」

「なにも起きてなどいない。前代未聞の民の蜂起にみなが驚き、気もそぞろになっているだけだ」

「偽りを云うな!」

「偽りなど云っていない」

「貴様、騎士である俺を謀る気か」

 騎士がなんだ、と兵が云い返し、いまにも殴りあいがはじまりそうになったそのとき、それまでずっと黙っていたベルタが口を挟んだ。

「もしや、とは思うのですが、ヴァレリー・アラン王太子殿下の御身に、なにかあったのではないですか」

 オリオルが不審に、兵が驚愕に、それぞれ目を見開き、口を閉ざしたところで、ベルタは続けた。

「先ほどから王太子殿下のお名前が出るたびに、あなたはずいぶんとそわそわしておられる。この要塞の中もおかしなほどに人が少なく静かなくせに、どこか落ち着きがありません。それに加えて、私たちの扱いもおかしいのではないですか。東国北部における要衝であるこの北方要塞は、叛乱勢力による謀反などという大事において、鎮圧部隊の本拠地となってもおかしくない場所です。部外者の立ち入りなど、なにがあっても拒むべきところを、あなたはあっさりと私たちを敷地内へと招き入れた。仮に、元王太子妃殿下付侍女という私の立場に配慮してくださってのことだとしても、それであれば今度は、私の扱いについてあなたはすぐに上官の判断を仰がれるべきです。それを……」

 いくらそのための場所がないからとはいえ食堂などへ通して、これではまるでただ時間を稼いで体よく追い払おうとしているようにしか見えない、とベルタは息継ぎのためにいったん言葉を切った。

 兵は虚を突かれ、オリオルは呆気にとられ、それぞれにベルタを見つめるばかりだ。

「本当のことを教えてくださいませんか、兵士どの。私たちを見えないところへ追い払っても、問題はなにも解決いたしませんよ。私は山を越えて国へ帰らなくてはなりませんし、オリオルさまは職務に復帰されなくてはならない」

 私の申し上げたことが本当であれば、どこもかしこも混乱していて私たちのことどころではないのかもしれませんが、とベルタは澄ました顔をして長広舌を結んだ。

 オリオルは忙しなく瞬きをしながら、妙な経緯から旅をともにするようになった、賢くもおとなしやかな侍女の顔を見つめていた。

 あのシュテファーニア付きの侍女だとは思えないほどに地味な容姿に地味な性格をしたベルタは、オリオルにとって、ただの厄介で面倒な存在ではなくなっていた。

 神ツ国の者を誰ひとりとして東国に残してはならない、という王命に従い、帰郷するシュテファーニアの旅列の監視についたオリオルは、当初、己の任務をそれほどむずかしいものとは考えていなかった。たしかにきな臭い噂――王家に対し、不満を抱く連中の武装蜂起――がないことはなかったが、そんな話にいちいち取り合っていられるほど騎士の仕事はひまではない。

 神ツ国教主の娘ではあるが、王太子との離縁が成立し、すでにこの国との縁の切れた女の護衛などというつまらない仕事はさっさと切り上げて、早いところ王城へ戻りたいものだ、とオリオルだけではなく、隊のみながそう考えていた。

 オリオルの心持ちが一変したのは、シュテファーニアの我儘によって旅列を離れなくてはならなくなった侍女の護衛役という貧乏籤を引いたときのことだ。いったいなんだってこの俺が、とおおいに憤慨した。士官学校卒の選良エリート上司はオリオルよりも歳下で、軍における経験も浅い。ただでさえ疎ましく思っていたところへの面倒な命令である。腹の底で不満を叫び散らし、さんざんっぱら悪態をついたところで、同道することになったおとなしそうな侍女に八つ当たりをするわけにもいかない。

 鬱憤の晴らしようのなかったオリオルは、内心で荒れ放題に荒れていたのである。

 さほど頑丈でもないくせに好奇心ばかり旺盛なベルタとの旅は、オリオルにしてみれば呆れるほどに遅々として進まなかった。乗馬の腕だけはかろうじて及第点ではあったが、宿の選び方も、食堂での振る舞いも、野卑なからかいのあしらい方も、なにひとつ知らないベルタは、ただのお荷物でしかなかった。

 それでも彼女との道行きが思ったよりも不愉快なものにならなかったのは、おとなしく物静かでありながら、どこかしたかかで賢いベルタが、オリオルにとって決定的に不快な存在とはならなかったせいである。

 ベルタは基本的には素直な性格をしていた。自分がものを知らないことを率直に認め、オリオルの助言を頼りにしていた。そのくせ主からの命令に対しては驚くほど忠実で融通が利かなかった。好奇心旺盛で奔放なところがあるかと思えば、生真面目で臆病なところもある。

 気づけばオリオルは、ベルタの持つさまざまな顔に一喜一憂していた。娘ほどに歳の離れた侍女の機嫌がよければ一緒になって喜び、彼女が落ち込めば自分も不愉快になった。

 それでもオリオルは騎士となって長く、また壮年と呼ばれる年ごろまで独身を貫いてきた男である。自分の感情に鈍感で、女心の機微にも疎い。己が歳若い侍女との旅に浮かれている自覚など露ほどもない彼は、しかし、ベルタの心と身体の安全と平穏を守ることを肝に銘じてここまでやってきたのである。

 聡い娘だとは思っていたが、とオリオルは思った。このように相手を揺さぶる荒業まで使いこなすとは、なかなか器用でもあるのだな。

 ベルタのあまりの云いように口を開けたり閉めたりして言葉の出てこない兵士に向かって、オリオルはここぞとばかりに援護射撃を行う。

「そうだ、ここの主、アドリアン・トレイユ閣下はいかがなされた。ことは国の一大事、王太子殿下とともにいずこかで謀反人捕縛の指揮を執っておられるのか」

 あ、ああ、と兵士は曖昧に頷いた。オリオルの瞳がすうと細められた。ほう、と彼は意地の悪い声音で云った

「では、ぜひともお目にかかって今後のことをご相談させていただかなくてはなるまい。ジェズニークどのの山越えしかり、私の隊列復帰しかり」

「あ、いや、それは……」

 なんだ、とオリオルは云った。

「なにか不都合でもあるのか?」

「将軍は、その、いまはご不在にしておられる」

「不在?」

 それはいったいどういうことだ、とオリオルは声を荒らげた。なかば芝居じみた怒声は、しかし兵士の肝を縮みあがらせるには十分だった。彼はもともと隠し事には向いていなかったし、長く続く非常事態に疲れ切ってもいたのだ。

 兵士はやけになったように言葉を迸らせた。

「オ、オレも詳しくはわからん。ただ、将軍は叛乱勢力が蜂起するより前からこの要塞を不在にしていて、居所は不明のままだ。将軍子飼いの部下どももみな出払っていて、この要塞に残っているのは、将軍の執務室に足を踏み入れることさえ許されていない者ばかりだ。それから王太子殿下は……」

 寸でのところで言葉を躊躇う兵士を、ベルタとオリオルがじっと見つめた。

「王太子殿下は、なんだ?」

 叛乱勢力の首謀者を追う山狩りの最中、崖から転落されて行方が知れない、と圧力に屈した気の毒な兵士は、力のない声でそう告げた。

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