28

 エリシュカがベルタと秘密裏に顔を合わせてから二日後の夕刻、モルガーヌはヴァレリーの側近、オリヴィエ・レミ・ルクリュの執務室に呼び出されていた。ヴァレリーはすでに執務を終えてエリシュカのもとへと向かっている。

「エリシュカさまのお加減はどうなのだ?」

 悋気に駆られたヴァレリーの愚行と、その後のエリシュカの様子は、すでにオリヴィエの知るところであったためにそうした物云いになったのだが、モルガーヌはどうやらそれが気に入らなかったらしい。

 どうもこうもございません、とえらくきつい返事が返ってきた。

「私に当たることはないだろう」

 私が無体を働いたわけでもあるまいに、とオリヴィエが苦く笑えば、ええ、さようでございますわね、とモルガーヌの返事はどこまでも冷たかった。

「殿下の一挙手一投足に至るまで見張っていろ、とでも云うつもりか」

 閨の最中も部屋の隅に控えていろとでも、とまるでつられたように冷たい口調で吐き捨てるオリヴィエを、モルガーヌはますます厳しい眼差しで睨み据えてきた。

「ルクリュさまはご存知でいらしたのですよね」

「なにをだ?」

「殿下があのお薬をお持ちでいらっしゃることを、ですよ」

 魔女の蜜、とモルガーヌは鼻の頭に皺を寄せた。

「桜桃楼へのお出かけにはいつでもお供なさっておいででしたものね」

 待て、とオリヴィエは思わず口調を強めてしまった。

「それは誤解だ。私はなにも知らない。殿下が妙な薬をたくさん持っていたことは知っているが、そのいちいちを覚えているわけではないし、第一……」

 私はそんなものに興味はないんだ、と悲鳴のような声で弁解するオリヴィエを見つめるモルガーヌの目は、国と国とを隔てる神ノ峰を覆う氷よりもまだ冷たい。

「そんなもの、ですか」

 モルガーヌの意図が読めないオリヴィエは、どういう意味だ、と問い返した。

「ルクリュさまがたったいま、そんなもの、とおっしゃった怪しげな薬。あれは強力な媚薬です。おっしゃるとおり、そんなものを使われて、お嬢さまはまかり間違えばお命を落とされても不思議ではありませんでした」

 それをあなたがたは、とモルガーヌは云い捨てる。

「お加減は、などと白々しい。は、そんなもの、芳しいわけがありませんでしょう」

 お気の毒なことに、とモルガーヌは低い声で云った。いったんは床上げなさったものの、そのあともたびたびのお熱やらお吐気やら眩暈やらに苦しんでおいでです。殿下お傍仕えのルクリュさまであれば、とうにご存知かと思っておりましたわ。

「だが、殿下はそばについておいでなのだろう」

「どうしても、と強く強くおっしゃるので、侍医どのが仕方なく許可なさいました。お宿下がりしてもおかしくないほどのお加減でいらっしゃるというのに」

 お嬢さまには帰られるべきご実家がわが国にございませんから、とモルガーヌは呟いた。カスタニエどの、とオリヴィエはおそるおそるモルガーヌの名を呼んだ。

「なんでございますか」

「そなたが殿下に対し憤るのも無理はない。私とて今回のことで殿下を庇うつもりはない。殿下には重々反省していただき、これを機会に女性に対する真摯さを学んでもらいたいと思っている」

 目を眇めてオリヴィエの言葉を聞いていたモルガーヌは、だが、と云われたところでいっそう剣呑な眼差しでオリヴィエを睨んだ。

「そうしたことはすべて内輪のこと。本日そなたを呼び立てたのは、そうした話をするためではないのだ」

 夜会の席で話しただろう、とオリヴィエは静かな声で云った。

「そなたが休日に街に出て食したという菓子のことだ」

 モルガーヌの目がそれまでとは異なる剣呑さを帯びてオリヴィエに据えられた。まったくこの豪胆さときたら、ただの侍女にしておくのはもったいないと云わねばなるまい、とその眼差しに射抜かれたオリヴィエは思う。

「それをな、定期的に私に届けてもらいたいのだ」

「定期的に……?」

 そうだな、とオリヴィエは頷いた。

「休日のたびに、というのは酷であろうから、二十日に一度ほどでも構わない。頼まれてはくれないだろうか」

 殿下のために、という言葉を飲み込んだのは、いまこのときのモルガーヌの心情を慮ってのことだ。

 モルガーヌは暫し口を噤んだまま思案した。

 十日ほどもかかってようやく床上げしたばかりのエリシュカが、かつての同僚ベルタと密会したのは一昨日のことだ。そしてその夜、ベルタは、どうしても話がある、と云って、ひそかにモルガーヌの私室を訪ねてきた。

 ベルタさまの口から聞かされたのは思いもよらぬ言葉だった、とモルガーヌは思い出す。

 私はあのとき、そう、ひどく驚かされはしたものの、ベルタさまの言葉に頷き、たしかに約束した。あなたの望みを必ずしも叶えることはできない。私はあなたと同じく仕えるべき主を戴くひとりの侍女にすぎないのだから。だけど、と私は云ったのだ。お嬢さまとあなたとの友誼には最大限の敬意を払う、と。

 いまこそその好機なのではないだろうか、とモルガーヌは思った。私ひとりでは叶えられぬベルタさまの望みを叶える好機。

「ルクリュさま」

 モルガーヌがそうやって一呼吸置いたのは、自らを落ち着かせるためだった。

 王太子付側近からさえも豪胆さをおそれられるほどのモルガーヌであるが、なにも闇雲な無鉄砲でこれまでやってきたわけではない。彼女は、篤い忠誠心に裏づけられた鋭い観察眼と、他人よりもわずかに勝る大胆さを兼ね備えているだけなのだ。

「そのお菓子でしたら、もちろん喜んでお届けいたしますわ」

 オリヴィエは目を見開いた。

「アニエスと私の大のお気に入りですもの。ルクリュさまと奥方さまのためのお買物でしたら、休日のたびに街へ出かける絶好の云い訳になりますものね」

 私たち侍女が城を出るには、いろいろとうるさい決まりごとが多いものですから、とモルガーヌは楽しげに微笑んでみせさえした。その笑みに飲まれたかのように、オリヴィエは、ああ、と短く返事をする。

「それはありがたい。妻も喜ぶだろう」

 モルガーヌは笑みを深くする。そして、ときに、となんでもないことのように付け加えた。

「ルクリュさまは、お嬢さまのことをどのように考えておいでなのですか」

「なに?」

 ですから、とモルガーヌは口許を軽く握った拳で隠すようにした。――ここが正念場だ。

「よい機会ですもの。エヴラール殿下を探れとおっしゃるルクリュさまの真意が奈辺にあるのか、それを知ると知らぬとでは私の今後の動きについても変わってくるというものです」

 思わず喉を鳴らすオリヴィエをあえて無視して、それに、とモルガーヌは続けた。

「私の身分はすでにお嬢さま付きの侍女となりました。わが主に対するルクリュさまの腹積もりには興味がありますわ」

 実際は興味どころではない。これからのオリヴィエの返事に、ベルタとの約束を守れるかどうかのすべてがかかっていると云ってもよかった。

 本来のモルガーヌには、ベルタとの約束――実情はベルタからの懇願――に固執する理由はない。それでもこうしてオリヴィエの反応を探るのは、モルガーヌにエリシュカとベルタに対する負い目があるからだった。

 お嬢さまとベルタさまとの友誼は本物だった、とモルガーヌは思っている。神ツ国独特の身分制度に対する先入観があったせいですぐに気づくことができずにいたが、彼女たちは身分など超えた強い絆を結んでいる。――私たちはその絆を引き裂いた。

 ヴァレリーの一方的な恋慕によってその身を囚われたエリシュカは、このままでは否も応もなく王太子の側妃とされるだろう。国許へ帰ることも、家族と会うことも生涯許されない。

 主からの命令であったとはいえ、ひとりの無垢な娘を荒ぶる野獣の前に突き出し、せいぜい勤めに励め、と云い放ったのはほかでもない自分である。友人に会いたいと縋りつくようにして訴えてくる手を振り払い、冷たくあしらったのも自分だ。

 これでお嬢さまが殿下を慕っているというのならばともかく、とモルガーヌはため息をつきたくなる。あの夜会のときの狂気を見ても明らかなように、ヴァレリーはいまだに片想いであるらしい。身分と権力に逆らえずに云いなりになっているものの、寵姫として囲われることはエリシュカの本意ではないのだろう。

 だが、ヴァレリーの意志がはっきりしている以上、もう誰にもどうしてやることもできない。

 私にできることは、とモルガーヌは思う。とかく己の慾にばかり走りがちな殿下をどうにか宥めつつ、一方で、お嬢さまに殿下と添う覚悟を決めていただくよう仕向けることだ。それがエリシュカにとって難しいことだ、ということはわかる。けれども、お嬢さまのお心を安らかに保つためには、それしか方法はないのだ。

 ヴァレリーが築いた鳥籠からエリシュカを出してやることは、少なくとも自分にはできない、とはっきり自覚しているモルガーヌである。私にできるのは、せめてその豪奢な牢獄の居心地をよくしてやり、不自由のない暮らしのなかで少しずつお心を変えていただくよう努めることだけだ。結局はそれこそがエリシュカにとっての幸いなのだ、とそう考えることでしかモルガーヌは自身の負い目を軽くする術を知らなかった。

 その点で云えば、ベルタさまの望みと私の願いは一致している、とモルガーヌは思う。――お嬢さまの日々が少しでも心安くあるように。

「腹積もり……とな」

 オリヴィエは思案するように呟いた。

「そんなに難しいことではありませんわ」

 モルガーヌは、つまりはこういうことです、と軽やかに続けた。

「もしも殿下が、お嬢さまを正妃にと望まれた場合、ルクリュさまはどうお考えになられるのでしょうか」

「正妃……?」

 ええ、とモルガーヌは頷いた。城内ではもっぱらの噂ですわよ、ルクリュさま。

「……莫迦な」

 オリヴィエは呆然として思わず本音を漏らしてしまう。目の前に座るモルガーヌが口角をわずかに吊り上げたことにさえ気づけぬほど、彼は動揺していた。

 長年仕えてきた主が、その心のうちに隠し持っていた激情に驚かされてばかりいるオリヴィエには、それでもいまだにヴァレリーの底意が読めないでいる。ただの色恋で、あそこまでひとりの女に執着するとも思えないのだが、かといって主君が腹の底に抱えているものを読みきることもできない。

 とはいえ、オリヴィエにはヴァレリーについてひとつだけ、絶対に信ずるところがあった。

 それは、彼が決して王室と王室の権威を穢すような真似はしない、というそれである。

 ヴァレリーは生まれながらの王太子であり、現在第一位の王位継承者である。終身王位制を敷く東国では、国王となった者の死あるいはそれに次ぐ人事不省、もしくは長期にわたる行方不明の場合にのみ、次期継承者へと王位が譲られる。つまり順当であれば、現在の国王が寿命によって崩御すると同時に、ヴァレリーは新しい国王として即位する。それは既定の未来であり、またヴァレリー本人の望みでもあった。

 その望みに、とオリヴィエは思う。あの寵姫はおおいなる障害となる。エリシュカの人となりに問題があるわけではない。だが、彼女の身分には多分に問題があった。

 王族とは、存在そのものが政治である、とオリヴィエは考えている。数多の民を統べるべく、あらゆる貴族のさらにその上に君臨する王族は、支配されるどの者たちよりも優れた存在であらねばならない。否、優れた存在であると思われていなくてはならない。

 身分制度とは、そのためのものである。いかなる人的魅力も資質も、あるいは経済力も政治力も及ばない強大な力。長い時間をかけて築かれた理不尽にも思えるこの無形の力こそが、権力者を守る最大の、そして最後の砦なのだ。

 殿下はそこに穴を開けようとなさっている、とオリヴィエは思っていた。

 他国で賎民と虐げられるエリシュカを側妃――まかり間違えば、正妃――として据えれば、それはすなわち王太子自身の手で己の身分を貶めることと同義となる。

 現在のピエリック国王陛下が議会制を採用して以来、王室の威厳には翳りが射した、とオリヴィエは思っている。たとえそれがピエリックの意図したところではないとしても、これまで絶対の権力を誇ってきた国王が、その意思決定に他者の意見を反映するようになったことは、見方を変えれば権威の弱体化と取られても仕方のないところである。

 ただでさえ民はこの先ますます力を蓄えてくるというのに、とオリヴィエは思っている。ヴァレリーが国王に即位するころには、王室の権威をいまと同じように維持することが難しくなっている可能性だって捨てきれない。

 オリヴィエにとってのヴァレリーは、幼いころからの友人である以前に、己の絶対的な主君である。主君の権威に翳りが差すなどということは、彼にしてみれば決して許すことのできない禁忌なのだ。

 世はこれから大きく動くことになるはずだ。うねるように動く時代のなかで、ただでさえ難しい舵取りをしていかねばならないヴァレリーを支える妃には、それこそ一分の瑕疵も許されない、とオリヴィエは思っていた。その容姿も性格も出自も、すべてが完璧でなくてはならない。民の憧れとなりうる美貌、ヴァレリーを陰から支え続けることを厭わない献身的な性質、成り上がり者が決して手にすることの叶わぬ血統。これらがすべてそろってはじめてヴァレリーを支える妃となりうるのだ。

 エリシュカでは役者が足りない、とオリヴィエは思う。あの気の毒な娘は哀れでならないが、それとこれとは別の問題である。

「それでしたら、ルクリュさま」

 モルガーヌは一瞬の笑みをすぐにかき消し、もとどおりの冷静な声で言葉を続けた。

「今回のことはちょっとした好機であるとは思われませんか」

「好機だと?」

 ええ、とモルガーヌは意味深に頷いてみせた。

「殿下とお嬢さま、おふたりにとって適切な距離をとっていただく好機ですわ」

 オリヴィエは眉をひそめた。現在のモルガーヌは、彼女自身が云ったようにエリシュカ付の侍女である。主たるエリシュカがヴァレリーの寵を失うことは、すなわちモルガーヌ自身がその依って立つべき場を失う、という意味でもある。己が主人の失脚を望む侍女など、聞いたこともない。ましてや、このモルガーヌは利発で有能な侍女の鑑である。

 彼女の真意を聞くまでは迂闊なことは云えない、とオリヴィエは警戒した。

「そなたの口からそのような提案を聞かされるとは思わなかった」

 そなたの真意はどこにある、とオリヴィエは問うた。モルガーヌはにっこりと微笑んでみせた。

「真意などと」

「誤魔化すな」

 そなた、まさか、とオリヴィエはふと思いついた闇色の可能性にかすかに身震いした。

「エリシュカさまに害をなす……」

「とんでもないことでございます!」

 オリヴィエの言葉を遮って、モルガーヌはなかば叫ぶようにそう云った。

「なんということをおっしゃるのですか。たとえお戯れにしても過ぎたお言葉でございます」

 しかし、とオリヴィエは興奮に震えるモルガーヌを戸惑ったように見つめた。

「私が申し上げたかったのはつまり、お嬢さまのご負担を些かなりとも軽減できれば、ということでございます」

 相変わらずの不審に眉をひそめたままのオリヴィエに、モルガーヌはまるで幼い子に云いきかせるような口調で云った。

「お嬢さまのお身体は、殿下のすべてを受け止められるほどには快復しておられません。いまはまだ侍医どのと私とでなんとか殿下に思いとどまるようお願いをしておりますが、限界はございます。お嬢さまの完全なご快復には時間がかかりましょうし、快復されたとしても、以前のような連夜のご寵愛は心身に堪えます」

 モルガーヌの意図するところが見えてきたオリヴィエは、表情を緩め、続きをうながす。

「殿下にはしばし、お嬢さまから距離を置いていただきたいのです」

「しばし、ではすまぬかもしれぬぞ」

 エリシュカは永久にヴァレリーの寵を失うかもしれない、とオリヴィエは云っている。むろん、とモルガーヌは答えた。

「その可能性についても心得ております。ですが、ほんのわずかなあいだのことだけになるはずだと信じておりますわ」

 なるほどな、とオリヴィエは云った。

「そなたの云いたいことは理解した。だが、だからどうしたというのだ。まさか、その、そなた云うところのわずかなあいだに、正妃候補たりうる女性を探せ、とでも云いたいのか」

「滅相もございません」

 では、とオリヴィエは眉をひそめた。

「ルクリュさま」

 モルガーヌはそれまでとは口調を変え、じつに心配そうに続けた。

「いまの私はお嬢さまにお仕えする身であり、お嬢さまのことだけを考える立場にあります。王太子殿下のお振る舞いについてどうこう申し上げることはできません」

 ですが、ルクリュさまは違います、とモルガーヌは云った。

「殿下がお嬢さまに無体を強いるようなことをなさいませんよう、ご配慮いただきたいのです」

 いくら私でも、とオリヴィエは頭を振った。

「そういったことにまでは口出しできぬ」

 いいえ、とモルガーヌは云った。

「先ほど、ご自身でおっしゃられたではありませんか」

 お嬢さまを正妃に据えるなどもってのほかだと、とモルガーヌは苦々しく笑ってみせた。

「形ばかりの妃殿下がお城を離れ、王太子殿下の寵を賜る女性が名実ともにお嬢さまおひとりとなりましたなら、お子をなされるのは時間の問題かと存じます。もしも、お嬢さまがご懐妊ということになりましたなら、いまの王太子殿下はどうなさいましょうか?」

「エリシュカさまを正妃に、と……」

「さようでございます」

 オリヴィエはため息をついた。

「少なくとも、いまこのときだけのことを申し上げれば、私とルクリュさまの利害に相反はございません。私はお嬢さまをお守りするため、ルクリュさまは王室の威厳を守るため、ご協力賜われませんか」

 モルガーヌはそう云い切ってオリヴィエを見つめた。オリヴィエはまたもや深いため息をついた。すぐに答えられるようなことではない。

 無論、王室の今後を思えば一も二もなく頷いているところである。だが、オリヴィエはヴァレリーのことをよく知っていた。むしろ知らなくてもよいことまでも知っていると云ってもいい。

 ヴァレリーは、自身の女性関係について口出しされることを極端に厭がる性質だ。結婚前の乱行についても、ここ最近のエリシュカに対する執着についても、オリヴィエは最低限の苦言を呈することにさえ苦労してきた。

 それを、とオリヴィエは奥歯を噛みしめる。ヴァレリーは臣下の諫言を嫌いはしないが、ことこの問題に関しては話が違う。ヴァレリーの過ちを正すために厳しい物云いをすることをおそれるつもりはないが、オリヴィエだって人の子である。できる限り日々を穏やかに過ごしたいと願っても罪にはなるまい。

 なにかに迷ってでもいるのだろうか、黙ってしまったオリヴィエを前にモルガーヌは努めて表情を動かさぬようにしながら、じっと彼の様子を窺った。

 まさかこんなふうにルクリュさまに結託を持ちかけることになるとはね、とモルガーヌは思う。同時に、エリシュカとベルタの密会を取り持った日の夜、ひそかに自室を訪ねてきたベルタとのやり取りを思い出していた。

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