第一章 第七話 魔女の弟子

外に出ると、すっかり空は赤く染まっていた。

「最寄り駅はどこ?」

アパートから離れたあたりで、彼女はそう聞いてきた。

僕が答えると、彼女は足を止めた。

「少し、遠いわね。電車で来たの?」

「はい。」

「今日はもう遅いから、駅まで送るわ。明日は土曜日だけど、お昼から予定は空いているかしら。」

僕はうなずいた。

「では明日の一時頃に、あなたの最寄り駅の改札口に集合ね。私もそこは近いから。」

彼女はそう言って、歩き始める。

「私は、魔女の弟子のカオル。私たちが気を付けなくてはいけないことを、いくつか説明するわ。」

「お願いします。」

最初の冷たい視線と、今の気遣いあふれる対応との差に僕が驚いている中、彼女は言葉を重ねていく。

「一つ、名を明かしてはならない。

一つ、視てはならない。

一つ、返事をしてはならない。

最初のうちはこの三つを守っていれば、怖いことにはならないわ。」

「はぁ、」

どれも、いまいちピンとこないルールだ。

ふいに、視界の隅、黒い影が横切った。

「あれ?」

確認しようと視線を動かすと、それを遮るように彼女は僕の腕を引いた。

「あれは『魔』。視てはいけない。視られているとわかると、彼らはちょっかいを出してくる。悪いものばかりではないけれど、その区別をあなたはまだできないから。」

彼女は僕の手を引いたまま足を進める。

「マ、ですか?」

僕は戸惑いながらも、彼女についていく。

「人ではない、命あるもの。魔法の『魔』と書くわ。その成り立ちは様々で、形も、性質も、同じものはないわ。彼らの共通点は、普通の人には視えない事くらい。魔女や魔法使いは、彼ら『魔』と人との間を取り持つのよ。」

「へぇ。」

「わからないことは、聞くといいわ。レディも私も、知識を惜しみはしないのだから。」

彼女の手がパッと離される。

駅に着いたのだ。

「私は用事があるから、ここで。ところで、あなたのことは『ヒロ』と呼べばいいかしら。」

「は、はい。カオルさん。」

恐る恐る名前を呼んでみると、肩口までの黒い髪を揺らして、彼女は笑った。

「誰かと一緒に依頼だなんて、初めてなの。これからよろしくね、ヒロ。」

ひらり、手を振って彼女、カオルさんは去っていった。

僕はしばらく、そこから動くことが出来なかった。

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