第一章 第六話 呼び名

「そうよ。坊やはきっと、素敵な魔法使いになるわ。私が保証する。」

レディはパチリとウインクを決めた。

「それじゃあさっそく、素敵な魔法使いになるための第一歩よ。自分の呼び名を考えるの!」

「呼び名、ですか?」

僕は首をかしげる。

「私たちは基本的に、呼び名。まぁ、ニックネームのようなものね。それで互いを呼び合うわ。彼らのなかには、名前を知るだけで強力な力を発揮する者もいるから、ある種の魔除けのようなものよ。」

僕は考え込んでしまう。

「そんなに難しく考えることはないわ。普段呼ばれているのが、自身の名前でないのなら、それでもかまわないのよ。」

「それなら、『ヒロ』。」

僕は普段呼ばれ慣れている名前を口にした。

「『ヒロ』ね。いい響き。それじゃあヒロ、さっそくあなたにお仕事よ。」

レディの右手の人差し指を突き出して、くるりと空中に円を描いた。

すると、どこからともなく一枚の紙が現れて、ひらりと舞いながらテーブルに乗った。

紙には、

「カタメ魚の調査。」

と書かれている。

「これが今回の仕事内容。」

「調査、ですか?」

「そうよ。カタメ魚という存在が最近騒がれていてね。それについて調べてきてほしいの。」

「えーっと、具体的には、どんなふうに……?」

「ふふっ、それはね。」

レディはふんわりと笑って、言葉をつづけようとした。

そこに、

「レディ、届いていた依頼の書類、溜まりすぎていていつものところに収まりきらなかったのですが……。」

黒い長そでのパーカーに、ジーンズというラフな格好の女性が、さっき僕が通ってきた玄関の方から現れた。

年はきっと、僕よりいくつか上だと思う。

「来客中でしたか。」

すっと、彼女の眼の色が凍ったのを感じた。

何か悪いことをしてしまったような気がして、ひどく居心地が悪い。

「ちょうどいいところにっ!」

レディは声色明るく、彼女に話しかける。

「こちらにおいで、カオル。」

優し気なレディの声は、どこか僕を呼ぶときのシショーを思い出させた。

カオルと呼ばれた彼女は、促されるままレディの横に立った。

レディは立ち上がり、彼女の肩にそっと手を置いた。

「この子ね、私の弟子の『カオル』というの。さっきのお仕事、この子と一緒に行ってもらうから、わからないことは何でも聞くのよ。」

「は、はいっ。魔法使いのシショーの紹介で、あの、ヒロといいます。」

僕も立ち上がって、ペコリと頭を下げた。

「レディ、私はこの子としばらく依頼にあたるのですか?」

首を傾げたことで、彼女の肩口で切りそろえられた髪がさらりと揺れた。

「そうよ。あぁ、その依頼書たちはこのテーブルに置いといてもらっていいわ。」

「わかりました。」

彼女の目が僕を見る。

思わず僕は背筋を伸ばす。

「では、行きましょう。」

彼女は手に持っていた紙たちをテーブルに置き、レディが先ほど出現させた「カタメ魚の調査。」と書かれた紙を手に取って、踵を返す。

「あ、はいっ。」

「気をつけてね~。」

ひらひらと手を振るレディに頭を下げ、僕は彼女の後を追った。

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