第一章 その魔法使い、偽物につき――。1

 決めていた。

あの子が15になれば、引き渡そうと。

見えない僕では限りがあるから、彼女のもとへ、引き渡そうと。

けれど、ずるり、ずるりと。

気づけば引き延ばしてしまっていた。

何処から嗅ぎつけたのか、彼女から催促の知らせが頻繁に届くようになって。

あの日、とうとう彼女の黒猫が、僕の前に現れた。

「15になったら私に託すと、決めていたのではなくって?一月待ちました。これ以上は、私が無理やりさらってしまいます。」

彼女からの言伝てを携えた黒猫は、こうも口添えた。

「あなたが一番よくわかっているはずです。この状況は、あの子はもちろん、あなたにとってもよくはない。鼻のいい奴らは、勘づき始めています。見つかるのは時間の問題ですよ。」

僕のような、普通の人には見えないモノを、魔法使いや魔女はその瞳に映すという。人と彼らとの間に立ち、バランスを保つのが役目なのだとか。魔法使いは、彼らに近しい存在らしい。その名を継げば、不老の身となり、ほんの少しの人には過ぎた長寿を得る。道具の管理が、魔法使いの役目。人ならざる彼らから、いらなくなった道具を集め、それを人に対して売るのだと。その人にとって、本当に必要な品を見極めて売るのだそう。しかし僕には彼らが見えない。だから店は閉店中。次代の魔法使いが育つまでの、店の番人。それが僕に与えられた役目なのだ。

「招待状は渡したさ。明日にはそちらに行くと思うよ。」

「それはよかった。強引な手段は、取りたくはなかったので。」

黒猫は満足げな笑みを浮かべた。


 魔法使いの店には、流れ流れた摩訶不思議な道具たちで溢れている。

使い方を誤れば、簡単に命を奪えてしまうものだって。彼らの中にはそれを狙うものもいて、店は不思議な魔法で守られている。けれどもそれは長くはない。先代がいなくなってから、もう随分と経つ。ほころびが生じてきているのだろう。あの子をこの店に呼ぶことで、何か変わるかとも思ったけれど、あまり効果はなかったのかもしれない。先代が魔除けにと残していた道具は昨日、砕けてしまった。


 危ないから、もうあの子は呼べない。

もっと早く、こうすればよかった。

「シショー。」

誰かがいる、というのは、こんなにも安らぐものなのか。

慣れぬ様子でそう呼びかけるあの子が、可愛かった。

理屈っぽくて、大人ぶったあの子との時間が、楽しかった。

ずっと、一人だったのだ。

見つけたあの子は、まだ10に届くかどうかの幼さだったのに。

一人が耐え切れずに、招いてしまった。

そうしてまた、一人になるのが怖かった。

だからあの子を離してやれなかった。


 深く深く、店を閉じていく。

この魔女の使いである黒猫も来れないようなところまで、閉じていく。

そうすれば、あの子が来るまでのほんの数年なら、持ちこたえられる。

「あまり、深くは閉じないで下さいね。」

そっと、腕をつかまれる。

人型をとった、彼女の黒猫。

「どうしてだい?」

縦に開いた金色の瞳孔が、じっと僕を見返してくる。

「あまり深いと、さすがの私でも見つけられない。我が主からの伝言もありますし、それでは困るのです。大丈夫ですよ。割れたあれは只の依り代。先代は立派な魔法使いでした。あと三年は十分に持ちますよ。」

そう、だろうか。

もつの、だろうか。

踵をかえした黒猫は、扉付近に並べたてられた本棚を前に、渋い声を出した。

「こんなもの、彼らにとっては意味のないものですよ。現にこうして、私は簡単に入ってこれた。」

「わかってはいてもね、落ち着かなくて。」

黒猫は黙って、店の外へと消えていった。

ほんとうだ。

僕が作った本棚のバリケードなんて、なんの障害にもなっていないみたいだ。

「見えない、というのは、案外不便なものだな。」

本棚、結構重かったのに。

あの子に狭い通路で嫌がらせをしただけになってしまった。

見えないから、こわくなって。

ああしたものを築いてしまった。

らしくもない。

「戻しておこうか。」

次にあの子が来た時に、通りやすいように。

魔法使いは重い腰を、ゆっくりと上げたのだった。

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