話を作るときの頭の動きについて

@azuma123

第1話

 きちんとした文章を書いてみようかと思う。いつもは手癖でバアっと頭に浮かんだ言葉ないしは文章を書きとめていき、だいたい千文字を超えたところで適当に終わらせているのだが、いつまでもそのような書き方をしていても進歩はない。今回はきちんとプロットから書いて行こう。

 さて、どのような話を書いていこうか。例えば、わたしの手元には緑茶がある。いつもは惰性でコーヒーを飲んでいるが、飽きたので先ほど茶を買った。この茶が話し出すとか、茶と思い込んで飲んだら尿だったとか。茶を飲料と認識していない男の話とか。出そうと思えばいろいろ考えつくが、どれもよくありパッとしない。そういうときは、全て混在させてしまうとよい。ここからプロットである。

 一、茶を飲料と認識していない男がコンビニに入店し、尿が並んでいると思い込む。俺の尿も並ばせてやろうと、その辺りに転がっていた空のペットボトルを拾いなみなみと尿を注ぐ。キャップをし、店内冷蔵ディスプレイケースの中に茶と一緒に並べる。二、コーヒーに飽きたわたしが茶を購入しようと最寄りのコンビニに足を運ぶ。ディスプレイケースを開くと一本の茶が話しかけてくる。「この中の一つは尿だ。俺を選べ、俺は茶だ」三、どうせ購入してほしいからでたらめを言っているのだろうと相手にせず、話しかけてきた茶以外を選ぶ。わたしが口にするのは、お約束通り尿であった。

 以上、これがプロットとなる。一点問題が発生した。文章構成は「起承転結」が必要と言われるが、この文書における起承転結とはなんだ。わからないが、まあ、いいか。このまま話の細部を作っていこう。少し不潔な話であるから、「ですます調 」で書いていこうか。

 ---

 男がいました。彼は今まで白い箱に閉じ込められており、三十歳になった本日、やっと外にでることを許されました。長い間、彼は「外」があることを知らず、自分がなにものであるのかすら知りませんでした。箱から出された彼は「世界」に驚き、箱の外をふらふらと歩き始めました。彼の目に飛び込んできたのは、コンクリートの敷かれた道路、車、電信柱。アパート、平屋、干された洗濯物。植え込み、空、雲。そして、コンビニエンスストア。外から見える店内にはたくさんのものが並んでおり、彼にとっては知らないものばかりでした。彼は店内に入りましたが、この施設がなんであるかはわかっていません。まじまじと並んでいるものを眺めながら、店内を徘徊しました。何度も何度も、店内をグルグルとまわりました。そして、何度目かの周回の後、ペットボトルの飲料が並んでいるディスプレイの前で、はたと足を止めました。

 彼はこの、並んでいるものを知っていました。彼にとって、唯一なじみのあるものでした。箱の中で過ごしていた日々、彼には一日一本の空容器が与えられました。自分がなにものであるのかもわからないまま、彼はエサを与えられ、排せつを行っていました。そうです、彼は与えられる空容器に排せつしていたのです。彼の目の前に並んでいるペットボトルは、それに似ていました。そして、自分の尿もこの中に混ぜてやろうと考えました。自分がここに存在していることを主張したいと思ったのです。ちょうど、店の外には同じ柄、同じサイズのペットボトルが転がっています。彼はそれをとり、自分の尿をなみなみとそそぎました。


 疲れたな、とわたしはキーボードを叩く手を止めました。出社してからもう三時間以上、目の前の画面とにらめっこをしています。少し休憩しようかと給湯室に向かい、マグカップを手に取り、いつも通りブラックコーヒーを入れようとしました。しかし、ポットに水を入れたところで、ふと、コーヒーは飽きたなあと嫌気がさしたのです。わたしは基本的にブラックコーヒーしか飲みませんが、飲みたいから飲んでいるわけではありません。職場に置いてある飲料が、インスタントのそれしかないのです。コーヒーばかり飲んでいると胃に悪いというし、久しぶりにお茶でも飲もうかと外に出ることにしました。本日は気温も高いし、冷えた緑茶なんてぴったりでしょう。職場を出てすぐの自動販売機で購入してもよかったのですが、ずっと座っていたことにより固まってしまった足腰を伸ばすためにも、最寄りのコンビニまで歩くことにしました。といっても、徒歩数分の近さです。あっという間に到着し、店内に入りました。一直線にペットボトル飲料の並ぶ冷蔵ディスプレイに向かい、扉を開きます。「おい、姉ちゃん」

 どこからか声が聞こえました。振り返ってみても、人はいません。そもそも、店内にはわたしの他に客はいませんでした。レジにはやる気のなさそうに立っている店員が一人。少なくとも、声の持ち主は彼ではなさそうです。疑問に思いながらも、もう一度目の前の飲料に向き直ります。冷蔵棚の上からめぼしい緑茶を探していたところ、再度声が聞こえました。「おい、姉ちゃん、ここだよ」

 わたしは驚き、もう少しでひっくり返ってしまうところでした。目の前に並んでいるペットボトル飲料、緑茶が喋っているではありませんか!「驚くのはわかるが、ちょいと、俺の話を落ち着いて聞いてくれ。いや、聞いたほうがいいぜ」緑茶はわたしに構わず話し続けます。「さっき、一人の男がここに来たんだ。なんだかよくわからないが、自分の尿を入れたペットボトルを、この列のどこかに並べやがった。俺は一番前にいるからさ、男がどこに自分の尿をセットしたのか見えなかったんだ。ただ、俺の列、俺の後ろのどこかにいるんだ。尿がよ。臭くてたまらねえ、なあ、悪いことはいわねえからさ、俺を買ったほうがいいぜ。どこかに尿が紛れ込んでやがるんだ。俺は間違いなく緑茶だからさ、なあ。頼むよ」

「そんなこと言って、あんた、でたらめ言ってるんでしょう。自分が買ってほしからって。話せるなら、もうちょっとためになることでも言ったらどうなの。尿が並んでいるなんて、嘘をつくにしてももっとマシな話があるでしょう」わたしはなんだか腹が立ち、緑茶に冷たくあたってしまいました。そもそもペットボトル飲料、緑茶が話すわけがありません。おそらく、根を詰めて仕事をしていたため脳が疲れてしまったのでしょう。わたしの見る幻覚、幻聴もここまでていの低いものになってしまったのかとうんざりしたのです。わたしは、緑茶の警告を無視して別の緑茶を手に取りました。「おい、姉ちゃん、俺の言うことを聞いておいたほうがいいぜ。なあ、後悔する前にさ。緑茶にトラウマを持って欲しくないんだ、ただでさえ色が尿に似ているし」彼は必死に訴えかけていましたが、わたしは無情にも、彼のいるディスプレイの扉をピシャリと締め、彼以外の緑茶をレジに持って行ったのです。

 購入した緑茶を職場、自分のデスクに持ち帰り、蓋をあけました。先ほどまで作っていた文章を見直そうとパソコンのキーボードを叩きます。購入した緑茶を口に含み、飲み込もうとした瞬間に吐き出してしまいました。

 これは「尿」だ!

 尿を飲んだことはないはずなのに、しっかりと味覚を通し嗅覚に突き抜ける排泄物の香り。緑茶の彼が警告した通り、この中に入っていたのは「尿」だったのです。わたしはたまらずその場で嘔吐し、吐瀉物をかぶったパソコンは、静かに動きを止めました。そのあとはどうやっても電源が入ることはなく、わたしの作った文章が日の目を見ることはなかったというわけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

話を作るときの頭の動きについて @azuma123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る