第136話 始まりの終わり 4

 31日、俺達は残りの時間を家で過ごすことにした。


 トイレ以外は常に一緒に行動し、手を握り、身体は密着状態。ドキドキもあるけど、とにかく一緒に居るだけで心が落ち着いた。


 テレビに映る芸人のネタを見てケラケラと笑い合う。年越しのために買ったオードブルを"あ~ん"と互いに食べさせる。


 一時間おきに軽めのキスをして抱き締め合う。


「兄さん、大好き」


「俺も夏凛が好きだ」


「ふふ……嬉しい」


 このやり取りを飽きもせず繰り返した。


 食器を洗う時も一緒。夏凛が洗った皿を食器洗い機に並べていく。その時に手が触れると、堪らずキスをすることもあった。


 夕食が終わると、ここ最近の疲れが出たのか……夏凛の膝で寝てしまった。


 そして目が覚めたら、夏凛はいなかった。玄関に急いで向かうと、靴が残っていた。


「……はぁ。家にいるのか、良かった」


 夏凛の部屋に行くと、やっぱり夏凛は泣いていた。時間が経つにつれて別れが近付いていく。その事に耐えられなかったのかもしれない。


 暗い部屋でベッドにしがみつくようにして泣く俺の彼女、その小さな背中をそっと後ろから抱き締めた。


「……っ……兄さん……?」


 もう20時だ、そう言いかけて止めた。今はただ、抱き締めることだけが俺の役目だから。


 どのくらい抱き締めただろうか。夏凛は立ち上がり、時計を壁側に向けたあと正面から抱き締めてきた。


 そしてキスを交わす。すぐに腕は俺の首に回されて、掻き抱くようにキスを繰り返す。

 重なった唇は半開きになり、互いの舌と舌が絡み合う。


 コアラのように抱き付いた夏凛、その柔らかさに俺の身体は反応して、夏凛もそれに気付いた。


 いつもなら恥ずかしくなってここで止めるのだが、俺達は無言でキスを再開した。


 だって、この気持ちが無くなるってことは、それすなわち──死も同然なんだから。


 人間は死を目の当たりにすると、生存本能によって身近な異性に惚れてしまうのだとか。

 元々好き合っていた俺達は、更に愛の先へ至ろうとしていた。


 先の事なんか知ったことか。リセット後の俺達は死んだのと変わらない、だからやり残したことがないようにしたいんだ。


 気付いたらお互いに服を脱ぎ、ベッドで向き合っていた。


「夏凛」


「兄さん」


 名前を呼んだ。その言葉の裏には"ここから先は引き返せないぞ、良いのか?"という意味が込められており、夏凛は「兄さん」と呼ぶことで承諾をした。


 覚悟を決めた俺は前に突き進んだ。


 互いに初めてだから何度も失敗した。夏凛はとても痛がって、その度に覚悟が揺らぎそうになるけど、夏凛は首を振って続けるように促す。


 俺達は一晩で瞬く間に上達した。


 若さか、それとも生存本能が成せる業かはわからない……とにかく止まらなかった。


 2回戦くらいで夏凛の声色も変わり、俺も手加減しなくなったところまでは覚えている。


 水音と甲高い声が一晩中鳴り響いた事にたいして、お隣さんには少しだけ申し訳ないことをしたと思う。


 次の日の朝──。


 カーテンから差し込む光が眩しくて、俺は目が覚めてしまった。

 身体がめちゃダルい、なんか凄い夢を見ていた気がする。


 今何時か確認しようと時計に手を伸ばしたら、身体を支える手が何か柔らかいものを掴んでしまった。


「……んっ……」


 一瞬何が起きているのか理解できなかった。黒髪ロングな美少女が、シーツをヘソまでかけた状態で寝ているではないか。


 口から自然と女の子の名前が出てくる。


「……夏凛?」


 途端に昨日の光景が、フラッシュバックの様に脳裏を駆け巡った。


 暗闇で躍動する大きな胸、腰に回された長くて綺麗な脚、顎をツンと上に向けて声をあげる夏凛。


 ヤバい、やっちまった……。


 と、右手を確認すると──痣が綺麗に消えていた。


 気持ちの整理をしてみるも、目の前の女の子はどう見ても俺の愛しい彼女だった。


 あれ? 俺だけが気持ちを継承してるとか? いやいや、それはないだろ。てか、それだとこの状況は非常にマズイ。


 シーツを胸までかけてあげると、夏凛がゆっくりと目を開けた。


 俺の胸は今までに無いくらい高鳴っていて、夏凛も同じ気持ちでいて欲しい、そう強く願った。


「あれ……兄、さん……?」


 夏凛が無造作に起き上がると、シーツがハラリと腰まで落ちてしまった。

 冷たい空気に触れて今の状況を理解した夏凛は「ひゃうっ!」と言いながら胸をシーツで隠した。


「兄さん──」


 俺は二の句を待つ。悲鳴か、ビンタか、警察か、それとも──抱擁か。


「お腹空きましたね」


 ガクッと来た。というか、その言葉自体が答えのようなものだった。

 もし感情がリセットされたのなら、ビンタか悲鳴くらいはもらっていたはずだから。


「夏凛、ちょっと向こう向いててくれないか? 俺、洗面所で着替えるからさ」


「あ……ご、ごめんなさい!」


 夏凛が壁側を向いている間に、衣服を取って洗面所へと向かった。身体を重ねたと言っても、明るいところだとやはり恥ずかしい。


 互いに気持ちを整理する時間も必要だと思ったんだ。


 少しすると、夏凛が制服姿で下りてきた。


「え、今日……部活なの?」


「いえ、服が……その、汚れたので今日洗濯する分と合わせたら着るものなくなっちゃって……」


「ああ、それで制服か」


 夏凛はコクリと頷いたあと、対面に座った。


「夏凛、俺はさ……まだ、その、好きなんだけど──」


 そこまで言うと、夏凛は涙を目尻に溜めて飛び込んできた。


「私もです! 愛してます! あなたのことが好きなんです!!」


 夏凛も俺と同じで、もしかしたら自分だけかもしれない、そう思っていたのだろう。


 テーブルがぐちゃぐちゃになるのも構わずに、俺の胸でグリグリと顔を擦ってくる。


 ──ピーンポーン。


 感動の場面をぶち壊すようにチャイムが鳴った。


 インターホンから外を確認すると、そこにいたのは和服姿の雪奈さんだった。

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