第135話 始まりの終わり 3
とにかく全力疾走で家に帰った。カギを開けて玄関に飛び込むように入ると、夏凛の靴があった。
良かった……心の中でそう思った。拓真さんの家を飛び出した時の表情を思い出すと、自殺でもするんじゃないかと思うくらいだったから。
リビングや洗面所にもいないので夏凛の部屋の前に立つと、中からすすり泣くような声が聞こえてきた。
俺はどうすればいいかわからなくなった。問題の解決もできないのに、優しい言葉をかけたら傷口を広げることになりかねない。
仲良くなればなるほど、リセットされる瞬間が辛くなる。
俺はドアの前で少しの間、固まったあと自分の部屋に戻った。何か方法はないか、ネットで調べたりしたけど……怪しげな内容ばかりでどれも信ぴょう性に欠けていた。
それから30日の昼まで夏凛と会うことは無かった。
どんなに絶望しようとも、お腹は減ってしまう。耐えられなくなった俺は1階に下りて冷蔵庫の中を確認したが、イチレイのエビピラフを手に取ったあとそれを直してイスにドカッと座った。
「お腹は減ってるのに食べる気が起きないって、なんか辛いよな」
もしかしたら独り言に夏凛が答えてくれるんじゃないかって少しだけ期待したけど、そんなことは起きない。というか、俺が1階に下りる少し前に夏凛が出かける音が聞こえたから、そもそも家にいるはずもないんだ。
──グウ。
それでも食べないとな、そう思って立ち上がると何かの紙切れが落ちた。拾って何が書いてあるか確認すると”さようなら”と一言だけ書いてあった。
すぐに立ち上がってスマホを確認してみるが、夏凛からの連絡は一切入ってなかった。
胸騒ぎがする。夏凛を探さないと! 俺は手早く着替えて家をあとにした。
街中を全力で走る。昨日久しぶりに走った影響で筋肉痛が酷く痛む。息を切らしながらまずはコンビニへと向かうも、夏凛の姿は確認できなかった。
「はぁはぁ、夏凛……一体、どこに行ったんだよ……はぁはぁ……」
夏凛の行動範囲は決して広くはない。となれば、次に候補として挙がるのはやはり学校の可能性が高い。さすがにどの部活も大掃除が終わって休みのはずだから、1人になるには都合がいいはずだ。
息も絶え絶えに何とか学校に辿り着くと、まずは温水プールのところに行った。
当然ながら水は張ってなくて、部員も1人として見かけない。それどころか、ここに来るまで生徒とすれ違うことが一度もなかった。
グランド、体育館、各学年の教室、副教科で使う特別教室、そして職員室……学校のありとあらゆる場所を探したけど、夏凛は見つからなかった。
「くそっ! ここにいなかったら夏凛の居場所なんてわからないだろ!」
地面を殴りつけて怒りを地面にぶつける。拳が痛ければ痛いほど現実が身に染みてくる。途中何度も夏凛に電話した、Rineで何度もメッセージを送った、だけど着信もないし既読にもならない。
こんなことになるんだったら、夏凛のスマホにGPSアプリでも入れておくんだった!
最後に思いっきり地面を殴った。
誰も通らない廊下で寝っ転がって痛む右手を眺める。冬の寒さで冷えたリノリウムの床が俺の頭を冷やしていく。
もう打つ手はないか、そう思った次の瞬間──右手小指がほんのり光ってるのが見えた。
「なんでこんな時に光るんだよ。……いや、待てよ! コイツは夏凛が近くにいないと光らないよな? ってことはだ、夏凛は今、この近くにいるってことか!!」
俺はダウジングの要領で指の光る方向へと足を進めた。
縁結びが光るのは上の方向からだ、とにかく階段を上がってみるか。3年の教室がある階に着いたが、それでも上の方から反応がした。
「この上ってことは……もしかして屋上にいるのか?」
中央階段から上に上がり、鉄の扉を開け放つと──夏凛が屋上の手摺の前に立っていた。
最後の力を振り絞って疾走した、明日この足が壊れてもいいからとにかく間に合ってほしい。それくらいの気持ちで走った。
「夏凛! 早まるんじゃねえ!」
俺は夏凛の身体に抱き付いて手摺から引き離した。
「夏凛、死ぬんじゃねえよ。少なくとも今は俺達……恋人だろ?」
「……っ……兄さん、私、私……っ!」
夏凛は俺の胸で泣き始めた。俺が来るまでかなり時間があったのに飛ばなかったということは、きっと今の今まで迷っていたということだ。
今回はその迷いと縁結びの呪いに助けられた……。
それから夕方になるまで夏凛は泣き続けた。夏凛が泣き止むのを待って俺は話しを聞くことにした。
☆☆☆
屋上にあるベンチに座って牛乳とアンパンを一緒に食べた。
「兄さん、心配をかけてごめんなさい」
「いや、良いんだ。俺も気持ちはわかるから。まぁ、自殺はちょっとやり過ぎだけどな」
再度すみませんと謝ったあと、夏凛は神妙な面持ちで語り始めた。
「実は私、真実の鏡で兄さんの未来を見ていたんです」
「俺の未来?」
「はい、私と仲良くならなかった未来です」
「それは……考えたくもない未来だな」
「叔父さんが訪問するときを除いてまともに兄さんと会話をしたのが、兄さんが高校を卒業した日です。一人暮らしを始めるから最後に私に挨拶に来たんです」
一人暮らしだと? 俺はエスカレータでそのまま系列の大学に行くはず、そんなことにはならないない気がするが……。それを夏凛に伝えると、彼女は少し悲し気な表情で答えた。
「あちらの兄さんはその道を選ばずに、恵先輩の家に近い大学を選んだようです。多分ですが、クリスマス辺りで恵先輩に告白されたんだと思います」
「……そうか、あのままの俺だったら恵さんの急な告白にも応えたかもしれんな」
「兄さんが家を出ていってから、私は気付きました。ただ近くにいるってだけで、私は救われていたんだって……それに気付いた私は学校でのイジメもあって、真の意味で絶望したんです」
堪らなくなった夏凛が嗚咽を始めた。俺は背中を擦りながら夏凛を優しく慰めた。リセットによって本来の道に戻る、それに気付いた夏凛は居ても立っても居られなかったんだ。
「夏凛……帰ろうか。残り少ない恋人生活を、少しでも悔いのないように過ごしたいんだ」
「……兄さん」
「多分これはどうにもならないことなんだと思う。だからこそ、精一杯過ごしたい、それじゃダメか?」
夏凛は少しだけ考え込んだあと、俺の胸に飛び込んできた。
「兄さん、最後までよろしくお願いしますね!」
俺達は寒空の下で熱いキスをした。願わくば、1月1日を恋人として迎えることができますように、そんな想いを込めて……。
※一応ラブコメなので、ハッピーエンド予定。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。