第127話 黒谷家、こたつを出す!

 恵さんと別れた後、家で冬休み特番を観ているとガチャガチャっと鍵が開く音が聞こえた。


 うちに住んでるのは俺と夏凛だけ、当然ながら夏凛が帰って来た訳で、兄から恋人へと変化して初めての日常に少しだけ胸がドギマギしてしまう。


「ただいまー! あ、兄さん、今日はお昼一緒できなくてごめんなさい。もう食べちゃいました?」


「あ、ああ! 昼か? そ、そうだな……食べたな」


 答えに窮しつつも何とか返事をすると、夏凛はマフラーとコートを椅子にかけた後、当たり前のようにして俺の隣に座った。


 ソファに隣り合って座ってるんだが、夏凛はテレビを見ずにこちらをじーっと見てる。


 虫眼鏡で穴を空ける実験みたいにずっと見てくる、無言の圧力が凄くて夏凛の方を中々見ることが出来ない。


 だが、緊迫した空気は途端に柔らかな空気へと変わっていった。


「兄さん、何を見てるんですか?」


「何をって、テレビだけど……」


 ホントを言うと真面目に見ていなかった。ぼーっとテレビを点けていただけで、今実際に何の映像が映ってるかなんてわかっていない。

 確か、恋愛に関するドラマの一挙放送だったような気がしないでもないが……。


「ふ~ん、これを見ていたと?」


 そう言って夏凛は小さかった音量を大きくする。


『お兄ちゃん、私、私ッ! お兄ちゃんのことが──』


 すぐに何のドラマか理解した。禁断カップルの恋愛をテーマとした、今年最も人気のあったドラマ。”ブラシス”という略称で親しまれ、5禁ドラマに相応しい内容と言われている。


「知ってますか? 今日の昼頃、芸能人の1人が実のお姉さんと恋愛関係にあると発表したそうですよ。それに対して世間はどうコメントしたと思いますか?」


「気持ち悪いとか、そんな感じのコメントばかりだったとか?」


「いいえ。祝福するコメントでいっぱいだったみたいですよ。勿論、芸能人ですから、心無いコメントも散見されましたが」


「ドラマの影響って凄いよな……」


 多分、夏凛は俺が後悔してないか心配してるんだと思う。だからこそ、俺の真意を窺うようにジッと見ていたのかもしれない。だってほら、俺って顔に出やすいらしいからさ。


 そんな心配は無用だって言えたら良かったんだけど、ドラマの話しに変わって言いづらい状況に陥ってしまった。


 再びの沈黙──と思っていたら、夏凛がニコっと笑って拳1つ分の距離まで寄ってきた。


「クンクン」


 俺の肩のところを嗅いでくる。そして少し考え込んだ後、ジト目を向けつつ口を開いた。


「なんだか、女の人の匂いがします。今日は兄さんって休みのはずですよね? なのに女の人の匂い……目線も合わせないですし、怪しいですね~」


「──ッ!?」


 反射的にギクッと背筋を伸ばしてしまった。完全に事実無根だが、色んな偶然が重なり合って浮気してる風な感じになってしまっている。


「この匂いは……ふむふむ、ズバリ! 恵先輩ですか?」


 しかも当たってるーーーーー! どんな嗅覚してんのよ、この子。とはいえ、顔に出やすい俺は当然ながら顔に出ていたようで、それを見た夏凛は腕を組んで更なるジト目を向けてきた。


「付き合って2日目にして早くも浮気ですか、夏凛はとても悲しいです……」


「ま、待つんだ夏凛! それは誤解だ、そう、誤解なんだ!」


「誤解、ですか?」


「そうだ、誤解なんだ。実はな────」


 今日の朝、夏凛が家を出てからコンビニで恵さんと”偶然”遭遇したことを夏凛に説明した。それを聞いた夏凛は少しだけ悲しそうな顔をして「そうだったんですか」と一言漏らした。


 フェアプレイ精神で勝負をしたつもりでも、流石に負い目があるらしく、夏凛の表情が陰ってしまう。俺はそんな夏凛を見たくはない、選んだのは俺だし、付き合うのは1人だけっていう当たり前のことしただけなんだ。


「夏凛、恵さんは隙を見せるなって言ってたぞ? 今の夏凛は隙だらけじゃないのか? 俺は夏凛を選んで良かったと思ってる。理由なんて簡単だ、単純に夏凛が好きだからだ。人間、避けられない選択が数多くある、選んだのなら選んだなりに生きていかなくちゃダメだろ? じゃないと、選ばれなかった人に失礼だ」


 夏凛がハッと顔を上げた。俺がニコっと微笑むと夏凛は涙を拭って胸に飛び込んできた。華奢で柔らかな身体をぎゅっと抱き締めて、背中をトントンと軽く叩いてあげる。


 抱擁は5分ほど続いたが、ずっと抱き合ってるわけにもいかないのでどちらともなく離れた。


「くちゅん!」


 夏凛が可愛らしいクシャミをした。リビングに暖房は入れてなくて、適当にテレビを点けただけの状態でぼーっとしていたからかなり冷えている。


「夏凛、暖房今点けるからな?」


「あ、待ってください! うちってあまり、というか全くこたつを出したことなかったはず。なのでこたつを出しませんか? 家族で同じこたつに入って団欒って、してみたかったんです……ダメ、ですか?」


 うう、その上目遣い止めてくれ! 別に拒否するつもりないから! 変にドギマギさせないでおくれ、妹よ!


 ってことで、こたつを出すことになった。庭にある倉庫に行くと、こたつは埃被ったカバーに入ってて、カバーを開けると中身は新品同様だった。


 まぁ、使ったことないから新品なんだけどな。


 ある程度の掃除をしてこたつをセットする。


 そして夏凛と一緒に中に入ったんだが、こたつに魔力が宿るって意味がようやくわかった気がする。と、こたつの魔力に酔いしれていると、夏凛の足が俺の足にぶつかってしまった。


「あ、これ……兄さんの足ですね」


「ああ、そうだな。俺らしかいないから当然だろ。てか、着替えなくていいのか? 制服に皺が付いちゃうだろ」


「あはははは……それはわかってはいるのですが、どうにも出る気がなくなっちゃいまして……」


 うん、その気持ち、メッチャわかる! 夕方まではこのままでも良いんだけど、夕食の準備とかしないといけないからな。それまではもう少しだけこの天国に浸っていよう。

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