第125話 決着のクリスマスイブ

 悩みに悩み抜いて、イブになってしまった。


 終業式を終えた俺は、時間的にいよいよ道を決めなくてはならない。


 このまま帰って夏凛の部屋に行くか。それとも恵さんの家に行くか。


 一応、第3選択として自室に行くという選択もあるらしい。だけどそれはしたくない、彼女達の勇気ある告白を侮辱してる気がするからだ。


 下駄箱でウロウロしていると、白里先生が手を振ってきた。


「黒谷君、今帰り?」


「はい、珍しく担任が早く帰してくれましたので」


「そっか、でも浮かない顔してるね?」


「ちょっと悩んでまして……」


「お、悩める少年してますなぁ」


「茶化さないで下さいよ」


「あははは、ごめんごめん。保健室で相談に乗るよ?」


「えーっと、じゃあ、よろしくお願いします」


 俺は白里先生に相談に乗ってもらうために保健室へと足を運んだ。

 告白の件をそのまま話すのはマナー違反なので、特定されにくいように白里先生に説明した。



「ふーん、クリスマスイブの日に女性2人のうちのどちらかを選ばなくてはいけないのかぁ……」


「あ、ちなみに誰もが納得する選択肢はあり得ないんです」


「どうして?」


「不誠実に感じるからです。そう言うのが良いって相手ならその選択も有りかもしれませんが、彼女達はそうじゃありませんから」


「へえ、私の兄とは違うなぁ」


「白里先生のお兄さんって、拓真さんですよね? 拓真さんは複数の女性と付き合ってるんですか!?」


「うん、雪奈お姉ちゃんも納得してるし、波乱もなく過ごせてるね」


 凄い、俺にはとても出来そうにない。だけど、彼女達は選択を望んでるからそれ相応の覚悟で応えたいと思ってる。


「黒谷君ってさ、本当はもう決めてるんじゃないの?」


「え? いや、俺は悩んでて──」


「ふぅん、そうかな? 私には決めてるように見えるなぁ……キッパリ言わせてもらうなら、選ばなかった方に対しての言い訳を考えてるように見えるよ」


 図星だった。傷付けたくないという思いが、自然と選択の意思を削いでいた。

 言われなければ、ずっと自分に嘘をついていたかもしれない。


「もし選択をするのなら、選ばなかった方には情けをかけたらいけないよ? それはその人のためにならないからね。悲しいけど、負けた人は前を向くために時間が必要だからさ、いつまでもエサを垂らしていたらいけないの」


 期待を持たせたらいけない。その人が前を向くために──。


「先生、俺、決めました。もう迷いません」


「そっか、じゃあ行ってらっしゃい! 黒谷さんと城ヶ崎さんによろしくね!」


 覚悟を決めて走り出した俺は、伏せていた名前を当てられてガクッと機先を削がれてしまった。


「あ、ご、ごめんなさい! どうぞどうぞ、行ってらっしゃい……」


 今度こそ俺は走り出す。校庭を抜け、住宅街を走る。選択の末に、彼女をこの胸に抱き締めるために。


 汗をかきながら、息を切らしながら、俺が向かった先は────。


 ☆☆☆


 ドアを開くと、彼女が振り返った。


 その瞳には少しずつ涙が溜まり始めていて、一歩、また一歩踏み出して遂に俺の胸に飛び込んできた。


 目線より少し下くらいの頭部をかき抱いて、安心させる。


 そして、彼女が顔を上げると俺と視線が交錯した。


 かかとを上げて目を瞑る、いつもなら動揺したりサラッと回避していたけど、付き合うとなれば避ける道理はない。


 顔を近付けてそっと唇を触れ合わせると、彼女の目尻から涙が溢れた。


 抱き締める力を更に強くして想いを示した。


 俺の選んだ女性は夏凛だった。夏凛の部屋でキスを繰り返していると、軽く胸を叩かれた。


「兄さん、息が続きません……」


「ご、ごめん」


「ちょっと休憩しましょうか? 兄さんはまだ制服姿のままですし」


「あ、そうだったな。ちょっと着替えてくるよ」


 夏凛の部屋を出て自室で着替える。


「俺からキスをしたのは初めてかな? 関係が変わっただけなのに、全然違う」


 愚息を見ると、完全に反応していた。まぁ待て愚息よ、流石に付き合って1時間以内にそれはがっつき過ぎで引かれる。


 お前の出番はまだまだ先だ。今は我慢の時だ!


 ……バカな一人芝居をした俺は冷静さを取り戻した。


 手早く寝間着に着替えて夏凛の部屋に行くと、ピンクのローテーブルの上には小さなホールケーキが置いてあった。


「叔父さん抜きでクリスマスって、なんか変な気分ですね」


「やっぱ叔父さんがいた方が良かったか?」


「いえ、今回は2人っきりで過ごしたかったので、丁度良かったです」


 夏凛は丁寧にケーキを切り分けて俺の小皿に置いた。フォークで一口掬って放り込むと、チョコの甘味が口一杯に広がった。


「上手いな、わざわざ買ってきたのか?」


「はい、駅前で買ってきたんです。もしも選ばれなかったときを考慮して、小さめのを買いましたが……」


 夏凛は少し悲しそうな表情を浮かべ始めた。フォークの手も止まり、少しの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。


「私、選ばれないかと思ってました。だって、私は実の妹ですから……本来なら、土俵に立つべき存在じゃないのに……」


「目を閉じて、一緒に居たい女性を思い描いたら真っ先に浮かんだのが夏凛だったんだ」


「そう、なんですか?」


「ああ、決定的なのは何だったかな~って今思えば、やっぱり文化祭でキスをされた時かな。それと夏凛、俺から言わせて欲しい」


「はい」


「俺は夏凛の事が好きだ。愛してる! だから付き合って欲しい!」


 言ってなかったから言った。俺からの告白を。意味ないかもしれないけど、言っておきたかったんだ。


 夏凛は佇まいを直して俺と向き合い、少し微笑んで「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と手を差し出した。


 互いに手を握り、改めてキスを交わした。

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