第123話 ファンタジア・それぞれの観覧車
未消化のアトラクションを乗り終えた俺達の前には観覧車が立っていた。
残るはこれ1つだけ、夏凛も恵さんも大きな観覧車を眺めている。
「では、恵先輩からどうぞ」
夏凛が恵さんに先へ行くように促した。
「じゃ、行こうか」
「黒斗、よろしくね」
夏凛はこちらに向かって手を振って見送り、俺達は観覧車に乗って上がっていった。
お互いに黙り込んだまま頂上に到達しようかという時、恵さんが口を開いた。
「黒斗、あたしさ……今日まで色々してきたけど、ただの友達と一緒に添い寝したりしないから」
「うん、わかってる」
「そう、なら良いんだ。それでね、もうすぐクリスマスだと思うんだけど……その日、うちに来ない?」
「恵さんの家に?」
「うん。あたしの家、両親は旅行で3日ほどいないからさ」
両親がいない、その言葉を聞いて俺の胸は高鳴った。流石の俺も意味はわかる。このシチュエーションでそれを言うのは、つまりはそう言うことなんだと。
「あの入学式の日、迷っていたあたしに寄り添ってくれたあの日から……黒斗のことが好きだったの! でもね、1、2年の時は近くに居るだけで良かった。だけど3年の時に黒斗と夏凛が急に仲良くなって……それで焦ったの」
確かに、あの時の俺と夏凛は縁結びがなければ今程仲良くなることはなかったと思う。
そしてその相手は恵さんだった。夏凛との縁結びがなければきっと今も付かず離れずの関係だったと思う。
恵さんは綺麗で可愛いし、スタイルだっていい。何だかんだ言いながら夏凛を助けたりするし、俺が辛い時は傍に居てくれる。
だったら──。
「恵さん、俺はその──」
俺が口を開こうとすると、恵さんが人差し指を俺の唇に添えた。
「勢いで答えを出さないで欲しいの。残り一週間とちょっと……ちゃんと考え抜いてあたしを選んで欲しい」
「そうか、それで最後を観覧車にしたのか。今の関係、心地よかったけど……俺もそろそろ決着をつけないとって、思ってたんだ」
「……うん」
観覧車も気付けば終盤──下を見ると、夏凛が後ろでに手を組んで柱に寄りかかってるのが見えた。
「じゃあ、次は夏凛だね。ごめんね、写真撮りたいって言ってたのに」
「いや、良いんだ。恵さんが言ってくれなかったら俺はズルズルといつまでもこの関係に甘えていたと思うから」
恵さん、顔を真っ赤にして俯いている。
きっと、勇気を振り絞って告白してくれたんだと思う。それに引き換え、俺はいつかいつかと思いながら引き延ばした上、相手に告白させてしまった。
俺はホントに不甲斐ない。だからこそ、きちんと考えて答えを出さないといけない、そう思ったんだ。
──ガタン。
少しだけ揺れて扉が開いた。
2人して観覧車から出ると、夏凛が「お疲れ様です」と恵さんに声をかけていた。
「じゃあ、兄さん。行きましょうか」
「そうだな。恵さん、悪いけど少し待っててくれな」
「うん、あたしはちょっとジュースでも飲んでるから行ってくると良いよ」
次は夏凛と2人で観覧車に向かった。
女性スタッフの人が再び別の女の子と現れた俺を見て、怪訝な表情をしていた。きっと俺が女誑しに見えたのかもしれない。
「兄さん! 楽しみですね!」
何故か夏凛が大声で俺に話しかける。夏凛の声を聞いて女性スタッフはそっぽを向いた。
「お、おう……どうしたんだよ。大きな声で」
「ふふ、兄さんが悪く思われるのって、いい気分じゃないので……そのための措置、ですね」
少し素っ気なかった女性スタッフの対応が、少し柔らかくなった以外は特段の変化はなかった。
なんだったんだろ……。
そう思いながら2人して観覧車へ乗り込んだ。
恵さんの時と違って夏凛は俺の隣に腰掛けた。2人分の体重が片方に偏るので、ゴンドラは少しだけ傾いた。
「ねえ、兄さん。もうすぐクリスマスですね」
「ああ、そうだな」
「今年は叔父さん、来れないそうです」
「知ってる、俺もRineで言われたから」
「じゃあ、その……私の部屋でクリスマスケーキを食べながら映画とか観ませんか?」
ジッと夏凛が見詰めてきた。小悪魔的なイタズラじゃなくて、真剣な眼差し。
何か大事な話しがあるのはわかっていたけど、クリスマスイブでブッキングするとは思わなかった。
「ふふ、兄さんが答えに窮する理由はわかっています」
夏凛は怪しく微笑んだ後、俺の耳元でそっと囁いた。
「私も兄さんが好きなんです。お互いに触れ合って慣れることで意識しなくなる、それを兄さんは提案してました。でも夏凛は悪い子なので、元よりそんなつもりは微塵もありませんでした」
実の妹からの直接的な告白、最早気になる異性という枠組みを越えたレベルの話しになっている。
「兄さんが取る選択肢は3つ、恵先輩の家に行くか、自宅で1人悶々と過ごすか、それとも──私の部屋に来るか、ですね♪」
そ、そういうことか。ブッキング含めてそれぞれ告白する。そんな話し合いをしていたのか。
「ってことは、答えはやっぱりイブの夜に?」
「はい、きちんと考えて下さいね」
「ああ、わかったよ。でもさ、夏凛──本当に俺のこと、男として見てるのか? 気の迷いとかじゃないんだな?」
恵さんはわかる。血は繋がってないし、健全なる男と女だし、3年間一緒にいたから絆の面でも恋に発展する根拠がある。
でも夏凛に対してだけはきちんと確認しなきゃいけない。近しい男子が俺しかいないから、だから錯覚した可能性だってあるし、5禁ドラマの影響で追い風だったとしても普通のカップルよりかは壁が多い。
その道に進むのなら、それだけの覚悟が必要だから。
「今の質問、男してじゃなくて兄として聞いてますね?」
「ああ、大事なことなんだ」
「きちんと男として見てますよ」
夏凛はそう言って俺の手を取り、そのまま左胸に当てた。
「ほら、今も近くにいるとドキドキしてます。私の鼓動、わかりませんか? こうして触れ合っていると、抱き締めたくなったり、キスをしたくなるんですよ」
「か、夏凛……ちょっと離れよう、な? 有言実行になりかけてるから」
肩をつかんで少しだけ引き離す。夏凛は残念そうな顔をしていた。てか、夏凛の心臓の鼓動とか分かるわけ無いだろ、厚みがあるんだから……。
「兄さんこそ、妹だからって理由でフったら一生許しませんから。私に魅力が無くてフラれるのは納得できます。ですが、妹という理由はダメなんです。だって、それは──私が理由じゃないから」
その言葉に頭が殴られたような感覚がした。心の中では何度も女として意識していたけど、俺は夏凛の告白に兄として対処しかけていた。
「わかった。選ぶとか言うと、お前程度の男が偉そうにって思うけど……ちゃんと夏凛を見て考えるよ」
「……もう、過小評価過ぎますよ。あなたを好きな女性が2人いて、先に私達が告白したから選ばなくてはならない、それだけのことですよ」
「……そうかな」
「ふふ、そうですよ!」
夏凛は肩を思いっきりぶつけてスリスリしてくる。
──ガタン。
恵さんの時と同じく少し振動したあと、スタッフが扉を開けた。
俺が先に降りて、夏凛が次に降りる。と、その時──本日2回目の転倒イベントが発生した。
今回は俺が下で夏凛が上、夏凛はコアラみたいに俺の身体に抱き付いていて、それを見た女性スタッフが声をあげた。
「大丈夫ですか──って、あなた達、本当に兄妹なんですか!?」
一応首だけ起き上がらせて夏凛のスカートを確認すると、ちゃんと隠れていた。まぁ、イベント起きたら周囲に男がいない場合がほとんどだしな、念のために見ただけなんだ。
下着は隠れていても、最早気持ちを隠すつもりはない夏凛は俺に愛情をもって抱き付いていて……それを見てるスタッフは俺にジト目を送ってきた。
「次のお客様が来たら迷惑になります。怪我がないなら立ち去ってください」
「……はい」
こうして、最後のアトラクションを乗り終えた俺達は、帰宅の途についた。
はしゃぎ過ぎたせいか、帰りの新幹線では夏凛と恵さんが俺の肩にもたれ掛かって寝ていた。
斜め上から僅かに見える谷間を観賞していると、いつの間にか俺も眠っていたのだった……。
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