第122話 ファンタジア・天国と地獄の岩盤浴
温水プールを満喫した俺達3人は、次に岩盤浴エリアに行くことになった。
「あ、黒斗! 3番の部屋が空いてるみたいよ!」
1人先行していた恵さんが、家族用の部屋を指差してこちらに手を振っていた。全く、騒がないようにって書いてあるのにすぐに大きな声を出す。
まぁ、元気なのが恵さんの良いところなんだけどな。
廊下の途中に立っているスタッフから【新サービスのお香】なるものを受け取り、入り口にある札を”使用中”に切り替えて3人で中に入る。
部屋の中は温水プールとは比較にならない程の熱気が充満しており、天然の鉱石が敷かれた場所が3つあった。
横に置いてあるバスタオルを敷いて真ん中の岩盤に寝ころんだ。右は夏凛で左は恵さんという配置で、うつぶせになった2人がこっちを見て笑顔を向けてくる。
「あ、そういえば、黒斗がもらったお香を焚いてみない?」
「お香ってこれ、どうやって使うんだ?」
「屋台で売ってるサイリウムみたいに、真ん中をちょこっと折るみたいですよ?」
夏凛の言う通り、棒状のそれを少し折ると……薔薇のような香りが温風の対流に乗って部屋全体に広がり始めた。
「わぁ、これ、いい匂いですね~」
「そうね、何の匂いかしら? 薔薇かな?」
2人ともキャッキャと喜んでいる。顔も少し赤いし、お香による効果が早くも出てきたみたいだ。
自分の場所に戻って俺も岩盤浴を満喫することにした。
約10分ほど経った頃だろうか、両サイドから「んぅ」や「あっ」などの悩ましげな声が聞こえてきた。
何事かと2人の姿を確認してみると、彼女たちはうつ伏せの状態で脚をモジモジさせ始めていた。
いや、それどころか地面に身体を擦り付けているようにも見える。
原因がわからなかった俺は取り合えず立ち上がった。すると、恵さんと夏凛が顔を上げて俺に視線を向けてきた。顔は上気していて、息は荒く、目はとろんとしている。
そんな彼女達はゆらりとゾンビのように立ち上がると、俺に向けて歩き始める。身の危険を感じた俺は、2人を落ち着かせるために必死に声をかけた。
「ま、待つんだ2人とも! とにかく落ち着こう? な?」
「……はぁはぁ、兄さん、私、もうダメ……」
「……身体が火照って、なんか変なの……」
俺の説得虚しく、
俺に密着した2人は身体を必死に擦り付け始めた。お香で俺自身も頭に靄がかかったようにぼーっとしていて、誰の汗かもわからないまま触れ合っていた。
何とか働く理性で手を動かすと、恵さんの水着に親指が引っ掛かってブラが上にズレて、胸の南半球が露出してしまった。
「んぅっ……あっ……黒斗ぉ」
びっくりして離れるかと思ったら、更に艶のある声を上げて頬にキスをしてきた。そして恵さんから逃げようと身体を引いたら、腕が夏凛の水着を押し下げてしまう。
「ひゃっ……!! わ、わたし……とうとう、なんですね……」
ただでさえ見えていた北半球が更に露出して、赤道ならぬ”桃道”がほんの少し見えてしまった。この1年、夏凛のそれを間近で見たことは無かったはずだ。暗闇だったり、水着でギリギリ見えなかったり、触れることはあっても直に見たのはこれが初めてかもしれない。勿論、先端は見えてはいないが……。
夏凛も恵さんと同じく、離れるどころか積極的に鎖骨をチュッチュッとキスをしてくる。最後の力を振り絞って、俺は安全な方の手を伸ばしてドアの端に指をかけた……。
──ガラガラ。
意識がぼーっとする中、俺はなんとか入り口のドアを少しだけ開けることができた。そのおかげで室内に充満していた怪しげな香りは外に逃げていき、5分後くらいにようやく正気を取り戻してくれた。
天国と地獄が共存したかのような場所から出た俺達は、温水プールの側にあるビーチチェアで身体を休めていた。
「兄さん、大丈夫ですか?」
夏凛はそう言って追加のティッシュを手渡してくれる。それは何故か? 俺が岩盤浴のところで鼻血を出してしまったからだ。
極度に興奮すると鼻血が出る、アニメや漫画の世界の話しだと思っていたけど、本当だったんだな……。
取り敢えず、夏凛が心配そうに顔を覗き込んでくるので問題ないと答えておいた。
「にしても、あのお香……消費期限が一か月も過ぎてたなんてね……」
恵さんの言う通り、あのお香は消費期限がとっくの昔に過ぎていたんだ。くたくたになった俺を見たスタッフがそれに気付いて必死に謝ってきたけど、朦朧としていた俺の耳にはあまり入ってはこなかった。
変質した成分がどんな効果を生み出したかは何となくわかる。まぁだからといってスタッフさんに怒鳴り散らすのはどうかと思う。出来る男を示すためにスタッフにキレる彼氏がいるらしいけど、それは女性からしたら止めてほしいことの上位に入るとのこと。
故に陰キャの俺にそんな真似ができるわけもなく、出来ることと言えば2人を慰めることだけだ。
「2人とも気にすんなよ。前にも言ったけど、男にとっては役得みたいなもんだからさ」
「うん、黒斗って優しいね」
「優しいと書いて兄さんと読むのです。恵先輩はまだまだですね」
「あはは、何よそれ!」
2人の笑顔をなんとか取り戻すことに成功した。うん、御の字ってやつだな。
☆☆☆
スパを出た俺達は部屋に戻って寝る準備を始めた。歯磨きや洗顔を終えて目下の問題に真摯に向き合う。
──キングサイズの大型ベッド。
2人が寝る前のケアをしているうちに、準備のできた俺はそっとベッドの中央に入った。
天井を眺めていると、夏凛と恵さんが左右からずいっと俺の顔を覗き込んでくる。
「失礼しますね」
「入るからね」
何故か俺に一言いって入ってくる。ピッタリと俺にフィットしていた毛布が少し浮き上がり、冷たい空気が足を撫でた。
「寒っ!」っと思ったのも束の間、すぐに人肌が俺を暖めてくれる。岩盤浴の時みたいに触れてはこない、お互いに眠いし、余韻というものを楽しみたい空気が伝わってくる。
無言のまま3人で天井を眺めていると、夏凛が口を開いた。
「兄さん、明日は最後に観覧車に乗りませんか?」
声音が何か重みを帯びてるように感じた。特に断る理由もない俺は承諾の言葉を口にする。
「ああ、良いけど。頂上で撮る記念撮影とか面白そうだよな、3人の永遠の思い出とかになりそうだ」
俺がそう言うと、恵さんが何故か答えた。
「ごめん、黒斗。それだけは2人で乗りたいの、あなたとあたし、あなたと夏凛で──」
夏凛が否定しない、いつもなら「なんで勝手に決めるんですか!」って恵さんに突っかかるのに……。
ということは、さっき洗面所で女子同士ケアをしていたときに話し合ったのかもしれない。
「……わかった。2人がそういうのなら、それでいいよ」
「ありがとうございます。兄さん」
「あたし達の我儘聞いてくれてありがとね」
何か重大な話しがある。それを身に感じた俺は明日に備えてゆっくりと目を閉じた。
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