第105話 夏凛の誕生日 4

 ゆったりとした足取りで夏凛は近付き、俺の腰に腕を回した。生地の薄いパジャマは夏凛の柔らかさを俺の身体に刻み込んでくる。


「兄さん、今朝の質問……覚えてますか?」


「今朝? あの、同級生だったら意識するかってやつ?」


「そうです。血の繋がりはどうにもできませんが、今の私と兄さんは同い歳ですよ?」


 わかってることではあったけど、その言葉に背筋がゾクッと反応した。


 俺の胸に顔を擦り付けるこの女の子が、同じ年齢。数字上は俺の同級生と言っても過言じゃない。


 それを反芻した結果、俺の中の夏凛が妹ではない何かに感じてしまった。


 年齢的な対等さを得た夏凛は、グッと抱き付いたまま背伸びして俺の耳元で囁いた。


「3月までは同い歳ですね。────黒斗君」


 名前で呼ばれた途端、心臓が射抜かれたような感覚した。兄としての危機感を感じた俺は夏凛を引き離そうと肩を掴むが、夏凛はそれ以上の力を腕に込めた。


「先程の何でもするって話しはどこにいったんですか?」


「だけどさ、これはちょっと色々とヤバくないか」


「服も着てます、ヤバくないです」


 夏凛が更に力を込めると、夏凛の胸がぎゅーっと潰れて、その感触に思わず「うっ」と声が出そうになった。


 お互いが呼吸する度にお腹や胸が押し合う。女の子特有の甘い香りがして頭がクラっとくる。だけどこの時、俺は夏凛の顔が近付いてるに気付かなかった。


「……はぁ、はぁ……兄さん……んっ……」


 夏凛の綺麗な唇が俺の唇に押し付けられた。思考の麻痺した俺は夏凛を避けることが出来なかった。いや、誕生日だからって理由で受け入れてしまったんだ。


 突き飛ばそうと思えば突き飛ばせるのにそうしなかった……つまり、ほぼ合意みたいなもんだ。


 俺と夏凛の接吻キスはその後も続いた。


 恵さんとした時のような、いや、それ以上の時間唇を触れ合わせた。人間は本能の中にどう動くべきか、プログラムされていると言う。


 俺の手は本能に従って胸に移動しかけるが、最後に残った理性でそれを押さえ込んだ。


 互いに顔を傾けて唇を合わせやすいように貪り合う。


 と、急に夏凛がそっと俺から離れ、俺達の間に掛かっていた透明な架け橋の跡を綺麗に拭き取った。


「階段を上る音が聞こえてきましたから、潮時です。とっても素敵な誕生日プレゼント、ありがとうございました」


「あ、ああ」


 俺は何故ここに来たのかを忘れて、自分の部屋へと戻っていった。


 ベッドに倒れ込んで少しするとキスの余韻から覚めてしまい、叫びたくなる程の羞恥心に駆られてしまった。


「ヤバい、俺……マジだった。いくら可愛いからって妹に……あんな……」


 でも夏凛、最初カチッと歯が当たったのにみるみる上手くなったよな。時間にして2分と経ってないのに、レベルアップ早すぎだろ。


 と、思い出したり頭抱えたりしていると、夏凛の部屋から声が聞こえてきた。


『ねえねえ、黒斗の部屋にいかない?』

『どうしてですか?』

『また一緒に寝ようよ。なんか包まれてる~って感じが心地良かったし』

『うーん、私は遠慮しときます。これ以上は私がキュン死しちゃいますから』

『え! え? どういうこと!?』

『内緒です。さあさあ、兄さんのところに行って下さい。今Rineをしときましたから』


 夏凛が言うや否や、すぐにスマホにメッセージが届いた。


 かりんとう:兄さん、先程は少し強引過ぎましたね、ごめんなさい。恵先輩との話しをしないまま戻られましたので、今からそちらに送りますね!


 恵さんが俺の部屋に来る、だと!?


 急いで色々と片付けていると、部屋のドアがコンコンと鳴らされた。


「あたしだけど、ちょっと良いかな?」


「お、おう! 良いぞ!」


 何故かちょっと声が裏返ったけど、部屋に入ってきた恵さんはそんな俺の様子を気に留める事なんてなかった。


 恵さんは後ろ手に手を組んでもじもじしている。夏凛と色違いだけど、夏凛よりパジャマを着崩していてボタンは上2つが外されていた。


「へ、変な意味じゃなくてね! この間さ、一緒に寝たじゃん? あの時さ、家で寝るより断然落ち着いたんだよね。それで……なんだけど、良かったら一緒に寝てくれないかなぁ~なんて」


 普段は明朗快活な恵さんが、照れ顔で頼んでくる。ヤバい、夏凛とは違ったベクトルで可愛い。


 言われてみると、確かにこの間は寝心地良かったかもしれん。多少息苦しかったけど、それ以外は柔らかくて──じゃなくて、心地良かった。


 つまり男として、断る道理など無かった!


「でもさ、ちょっと寝るには早くないか?」


「そ、そうだね~。じゃあさ、テレビでも見ながら眠くなったら寝るって感じでどうかな?」


「お泊まり会っぽくていいな。それ採用!」


「じゃあこれなんかどう?」


 恵さんが勧めてきたのはお笑い番組だった。特に異論は無いので、2人してベッドに腰掛けてじーっと画面を見つめる。


 2人とも口数は少ない、正直なところテレビの内容が全く頭に入ってこない。

 何を話したら良いんだろ、そう考えて1つ思い当たった。


「恵さん」


「は、はいぃっ!」


 名前を呼んだだけなのに、何で声が裏返ってるんだろう。まぁ、いいや、話しを続けることとしよう。


「急に誘ったのにプレゼントまで用意してくれて、今日はありがとな」


「……ううん、良いの。あたし、割りとあの子のこと好きだし、黒斗達との誕生日会も楽しかったし」


 恵さんは少し照れた顔でそう言った。


「そっか、仲良くしてくれて助かるよ」


「うん。……あ、あたし、黒斗とも友達になれて良かったよ」


「それは俺も同じだよ」


「えへへ、良かった」


 不思議と毎度同じクラス、しかも席は常に隣、なんだか縁結びに近い運命を感じるけど、そのお陰で学校では寂しさを紛らすことができた。


 社交辞令でもない、本当の意味での感謝だった。


 その後もチョイチョイ会話を挟みながら過ごすうちに、気付けば23時になっていた。


 どちらともなく、俺達はベッドに入った。


 互いに気恥ずかしさがあるので、反対方向を向いて同じベッドで眠る。夏凛といい、恵さんといい、今日は美少女と密着する機会が多い。


 まるで俺の誕生日みたいじゃないか。


 今日1日を思い返していると、背後で布擦れの音が聞こえてくる。


「ねえ、ぎゅっとしていい?」


「い、良いけど」


 そう答えるや否や、恵さんの腕が俺の身体にしがみつくように回され、背中には柔らかくて大きな2つのアレが押し付けられた。


 ただ、それ以上の何かをするわけもなく、背後からはスースーと寝息が聞こえてきた。


「おやすみ、恵さん」


 そう言って俺は目を瞑ると、10分後くらいに意識が落ちていった。

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