第104話 夏凛の誕生日 3
叔父さんがキョロキョロと周囲を見渡して言った。
「黒斗、こっちに届け物があるだろ? 俺からのプレゼントはあれなんだよ」
そう言えば、叔父さんが来る前になんか届け物があったな。何かの券が数枚入った封筒を持ってきて、中身を取り出す。
テーブルにヒラヒラと落ちた券を手に取って、読み上げる。
「"ファンタジア"?」
「そうだ、CMとかで最近見ただろ? 夢と幻想のテーマパークって謳い文句のあれだ」
その言葉を聞いて夏凛の目が輝き始めた。
「知ってます! 水に突っ込むジェットコースターとか、世界最速のジェットコースターとか、真っ暗なところを走るジェットコースターとか、いっぱいありますよね!」
あまりの勢いに、俺も恵さんもたじろいだ。しかも夏凛が挙げた乗り物……絶叫ばかりじゃないか。
俺はホラーは嫌いだけど、絶叫コースター系は乗れなくはない……行くにしてもそこまでダメージはない。
「だけど何で3枚? 叔父さんも保護者として来る感じか?」
「いや、それは彼女が来れない場合の時だ。それでだ」
叔父さんはそう言って恵さんを見据えた。
「もし良かったら……城ヶ崎さん、黒斗達とファンタジアに行ってはくれないだろうか?」
「あたし!?」
「ああ、友達同士で旅行ってワクワクしねえか?」
「えぇ、でもこれ、夏凛への誕生日だし……気が引けますよ……」
俺と夏凛は兄妹だし、そんな家族の間に部外者が紛れて遊ぶのは心苦しいものがあるのだろう。
断り気味に話した恵さんに、叔父さんも少し寂しそうな顔を浮かべて「そうか、そりゃあそうだよな。気にしないでくれ」と、話しを〆ようとした。
「待って下さい! 恵先輩、私は全然気にしませんよ? というか、私に遠慮しないで欲しいです。あなたも私の……その、友達には代わりないですし……」
「友達って言ってくれるんだ。……じゃ、じゃあご一緒しようかな」
「そうです。是非ともご一緒して下さい」
夏凛がニコッと微笑むと、恵さんもそれにつられて笑った。彼女達には言葉以上に深い何かがあるのかもしれない。
次に、俺と恵さんがプレゼントを取り出したんだが……金額では叔父さんに到底及ばないので、かなり渡しづらい状況だ。
俺が中々渡そうとしないので、先に恵さんが渡すことになった。
「ごめんね、大急ぎでプレゼントを用意したから大したもの用意できなくて」
そう言って夏凛に渡したのは、化粧品とか洗顔クリームとか他にも俺の知らない瓶が詰め込まれた、いわゆる"コスメセット"というやつだった。
「まだ早いとは思うけどさ。気合い入れて出掛けたい時とかあるじゃん?」
「ありがとうございます! 嬉しいです! でも……敵に塩を送って良いんですか?」
恵さんは「良いって良いって」と、少し照れ気味になっている。それを見ていた叔父さんが傍に来て、耳打ちしてきた。
『なぁ、敵って……2人は元々仲悪かったのか? 気軽に誘っちまったけど、悪かったか?』
『いや、最初は少しツンケンしてたけど、敵って言うほどじゃなかったな。そこのところは俺にはわからないけど、女子には縄張りみたいなのがあるんじゃないかな』
ウンウンと納得した叔父さんは席に着く。そして次は俺の番だ。
「夏凛さ、財布がパンパンだったろ? あの小さいやつ。だからコレを夏凛にって思ったんだ」
おずおずと白い財布を手渡すと、夏凛はそれを手に胸元で強く抱き締めた。
「兄さん、私が困ってたの……知ってたんですね。とっても嬉しいです!」
俺はホッと胸を撫で下ろす。微妙な顔されなくて良かった、失敗しなかったのは恵さんのお陰でもある。
その後は切り分けたケーキをみんなで食べた。
時計が20時を回り、恵さんを送ろうと叔父さんが鍵を持ったところで「あっ!」と何かを思い出したような声を上げた。
「城ヶ崎さんを送ろうと思ったんだけどよ……酒、飲んじまってるわ」
「あ、ははは……良いですよ。今からお母さん呼びますから」
「いや、待て待て。城ヶ崎さんのお母さん……今日も仕事だったんだろ? 今から呼ぶのは悪いし、うちに泊まっていきなよ」
「そうですね……ちょっと、お母さんに相談してみます!」
恵さんはそう言って、少し離れたところで電話を始めた。何故か叔父さんが俺の肩を叩いて「やったな!」と言ってきた。
「まだ泊まるとは決まってないだろ」
「そうです。それにきちんと謝っといて下さいね」
俺と夏凛から攻撃を受けた叔父さんは、たじたじになっていた。
「お待たせ、お母さんは良いって!」
「恵さん、ごめんな。うちの叔父さんがうっかりしてて」
「あ、うん大丈夫。この間ここに泊まった時も居心地良かったし、また泊まりたいな~なんて思ってたから」
こうして、恵さんがうちに泊まることになった。
とは言っても、みんなすでに疲れ果てていて……夕方のように何かをする元気もなく、淡々と風呂や寝る準備をしていた。
今日は来てくれてありがとう、それを伝えに夏凛の部屋に行くと、恵さんの姿はなかった。
「恵さんは夏凛の部屋に泊まるんじゃ?」
「あ、はい。お風呂の準備ができたので先に入ってもらってます。何か緊急の用事でもあったんですか?」
「そう言うわけじゃないけどさ。叔父さんが昨日いきなり誘って、それでプレゼントまで用意してもらって、俺からも礼を言わないといけないなってさ」
「そうですね。先輩が帰ってきたら遊園地のお話も併せてしましょうか。あ、それとは別に兄さんにお話しがあります」
佇まいを正す夏凛に、俺も気を引き締めて話しを聞くことにする。恐らくはキスの件だと思う。
「兄さんは私の誕生日だと言うのに、恵先輩とあーんなキスまでして……夏凛はちょっと傷付きました」
「う、すまん。でもな、恵さんもかなりフラフラで訳が分からなくなっていたんだ。あれは事故……そう、事故みたいなもんだよ!」
「それわかってます。兄さんが自分からそう言うことはしないでしょうし、同様に恵先輩も酒気に当てられなければああいうことは出来ません。でも夏凛は傷付きました──なので兄さんには償ってもらおうかと思っています」
俺の前で仁王立ちとなり、夏凛はそう言ってきた。
腕を組んで頬を膨らませ、一見すると怒ってるように見えるけど逆に可愛いだけで威圧感は全く感じなかった。
だけど、このままというわけにもいかないので、夏凛の言う"償い"とやらを聞くことにした。
「俺に出来ることなら、何でもするよ」
俺がそう言うと、夏凛は少しずつ近付いてきた。
──さて、どんなことを要求されるだろうか。
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