第106話 お弁当

 夏凛の誕生日から1週間、そろそろ12月ということで本格的に寒くなってきた。


「ひゃうっ! 風が強くなってきましたね~、兄さん」


 強い突風でスカートが巻き上がり、ぷりんとしたお尻を包むピンク色の下着が一瞬見えたが、それは気にしないことにして。


 この半年以上、夏凛と非常階段の踊り場で弁当を食べてきたけど、この寒さで弁当を食べるのは確かにキツくなってきたな。


「次からは場所を変えた方が良いかもですね……」


 夏凛が残念そうな顔で言った。


「俺もそう思うよ。さっきの突風とか、女子にとっては天敵みたいなもんだからな」


「もしかして、見たんですか……?」


 夏凛がぐいっと顔を近付けてきた。思わず俺は嘘をついてしまった。


「見てない、見てないって!」


「それなら良いんですが。最近は、その……大丈夫なように気合い入れてますから……」


「ああ、リボン──」と言いかけて俺は切った。


 さっきチラリと見えた時に小さなリボンが見えたから、印象に残っていたそれをついつい言いそうになった。


 ふぅ、危ない危ない……。


 胸を撫で下ろすと、夏凛がじーっとこちらを見ていた。だが少しすると、視線を外して弁当を取り出してきた。


「この際、審議はいいとして──じゃじゃーん、弁当作ってきましたぁ!」


 夏凛は青い箱と赤い箱のうち、青い箱を俺に渡してきた。


「今朝、パンを買わないでって言ってたのはこの為だったのか」


「そうです。最近恵先輩に教わって少しは上達したので、兄さんに披露しようかと」


 俺は夏凛のくれた弁当箱を開けた。そしてすぐに閉じた。


「兄さん、何で閉じたんですか!?」


「いやだってさ、これは──」


 弁当の中身は米だけだった。ただし白とピンクの2色で、しかもピンクの部分はハートの模様になっていた。


「ふふ、1度やってみたかったのです。ハート型のお弁当、どうですか?」


「あ、ああ……良いんじゃないか」


 そう答えるしかなかった。


 ハート型のお弁当か、女の子らしくて良いとは思うけど……おかずが無いのはキツいな。


 そんな俺の表情を読み取ったのか、夏凛は赤い箱の方も俺の前に置いた。


「実はこっちのお弁当にはおかずしか入ってないんですよ。どういう意味か、わかりますか?」


 え、夏凛さん、それって……。


「2人で食べるってこと?」


「大正解! シェア弁当というやつですね。ではでは、早速始めましょうか」


 夏凛は一膳しかない箸でピンクと白のご飯をそっと掬い上げて、顔の前まで持ってきた。


「はい、あ~ん」


 夏凛さん、あなた、この間まで間接キスで照れましたよね? ある意味それは"慣れた"ということかもしれないけど、更なる刺激を求めてどうするの?


 心の中で抗議してみるも、伝わるわけもなく。


 俺は口を開いてご飯を受け入れた。おかずが無いから多少味気ないものの、甘さ控えめな桜でんぶがご飯の味を引き立てていた。


 カァーっと頭が沸騰しそうな程に恥ずかしい。勿論夏凛も無傷ではなく、俺と同じかそれ以上に顔を赤くしていた。


 男と女の照れ具合を甘酸っぱいと表現するけど、正直な話し……甘いしかない! 思わず地面のコンクリートに頭を打ち付けたいほどに甘い!


「では、次は兄さんがしてください」


 夏凛から渡された箸で同じようにしてご飯を掬い、その綺麗な唇へと運んだ。


 程よい肉厚で、形の良い唇がぐにぐにと動いて咀嚼そしゃくを始めた。表面はとても瑞々しく、この唇が俺の無骨な唇に何度も触れたかと思うと、綺麗なものを汚したような感覚に陥った。


「次はおかずとご飯のコンビネーションです。おかずは……唐揚げにしましょう!」


「え、まだやるの?」


「ふふ、今日はお喋りの時間は無さそうですね。はい、あ~ん」


 唐揚げを口にする。揚げたてのようにジュワっと肉汁が出て、柔らかい肉と共に口に広がった。

 そしてすぐにご飯が運ばれてきた。


 マジで美味いな、ご飯とても合う。それに、夏凛の言う"慣れ"というやつか、段々気にならなくなってきた気がする。


 そうして、互いに繰り返すうちに、俺は箸を滑らせてタコさんウインナーを落としてしまった。それは夏凛のブラウスに落ちて、夏凛があたふたしているうちにブラウスの隙間から中へ入り込み、夏凛は「取って下さ~い」と助けを求めてきた。


「ムリムリ!! てか、何でブラウスの中に入るんだよ! 無理があるだろ!」


 俺の言葉を聞いて、夏凛はスッと右手小指を見せてきた。


「光ってる……」


「こういう軽めな因果は曲げてしまうようですね。お願いします、取って下さい……」


 リボンを緩めて、ブラウスの上から4つ目までのボタンを外すと、綺麗な谷間とブラの一部が姿を見せた。


 恐る恐るといった具合に、谷間に挟まったタコさんウインナーを箸で掴もうとするが、油で焼かれたタコさんは掴みにくくて何度も滑ってしまう。


「これ以上時間かけると昼休みおわっちゃいそうですね。仕方ありません、こうなったら──」


 夏凛はそう言って自らの手で難なくそれを掴み、あろうことか──俺の口に押し込んでしまった。


「んぐっ!?」


「わ、私! 遠いので先に行きますね!」


 さすがの夏凛も恥ずかしかったらしく、俺と顔を合わせないようにして出ていってしまった。


 タコさんウインナーを飲み込んだあと、放心状態の俺は自然と口にしてしまった。


「あのタコさん……夏凛の胸に挟まってたんだよな。それが俺の口の中に……」


 意識した途端、つーっと鼻血が出てきた。それと同時にチャイムが鳴り、俺は盛大に遅刻してしまったのだった。

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