第96話 修学旅行 一方、夏凛ちゃんは
私、黒谷 夏凛は実の兄に恋をしています。
明確に恋心を抱いたのは文化祭の劇の時でした。それまでは親愛の情だったと思います。あれ以降、嫉妬の質も随分と変わってしまいました。
兄を取られたくない感情から、好きな人を取られたくない感情へ。
特に後者の感情は非常に胸が痛くなってしまいます。
兄に恋する女の子は、兄が修学旅行に行ってしまったので憂鬱な夕食を1人で食べています。
「……はぁ」
大好きなシーフードドリアを口にしながら溜め息を吐く。兄さんがいないだけで、こんなにも味気無い食事になるとは思いませんでした。
「……はぁ」
再度、溜め息を吐いてソファから立ち上がると、兄さんの荷物があった場所に男物の下着が落ちていました。
「あら? 兄さん、忘れ物をしちゃったんですね。どうしましょうか」
私の家では可能な限り、自分の洗濯は自分ですることになっている。しかし、兄さんはこの間、私の下着を洗濯しようとしてました。
──それなら。
「これは……私が触っても、大丈夫……?」
気付くと、私はその下着を手に取っていました。
「だ、ダメッ! こんなことしたら、兄さんに嫌われちゃう!」
兄さんの下着を目を細目ながら綺麗に畳んだ。そして深呼吸をしたあと、立ち上がる。
「……ふぅ。よし、勉強したらさっさと寝ますか」
1日目は何とか寂しさに耐える事が出来ました。ですが、2日目──。
「黒谷さん、この雨じゃあちょっと厳しそうだね」
「そ、そうみたいですね~」
サッカー部のマネージャーさんが、ザーザーと降る雨を見てそう言った。
部活で寂しさを紛らす、兄さんと仲良くなる前に使っていた手ですが、それが使えないとなると、どうしたものかと困ってしまいます。
何人かのサッカー部の方に「時間が空いたんだよね? 俺達も暇になったしさ、カラオケ行かない?」と、誘われましたが……大して話したことの無い男性と歌いたいとも思えないので、丁寧にお断りして帰宅しました。
「……はぁ」
兄さんがいなくなって、何度目かの溜め息でしょうか。でも、帰りに色々と考えたら、あるじゃないですか──暇潰しに持ってこいの物が。
と、言うことで、私は兄さんの部屋に来ています。
今使ってるのより古い型の【フイッチ】をガラクタ入れから取り出します。
もし1人でモン狩りをしたくなったら、そう言って前に兄さんから提案されたのですが、その時は兄さんの持ってるのでやりたかったのでお断りしてました。
充電しながら起動して、ダウンロードされたアプリをスライドしていくものの、モン狩りが見つかりませんでした。
「でも……可愛い女の子がいっぱい映ってるゲームが多いですね。ちょっとやってみましょうか」
起動してセーブデータを見ていくと、黒髪の女の子が小さく映ったデータが最後に使用されたデータでした。
「何かこの子、私に似てる……」
前回使用されたセーブデータを立ち上げると──。
『お兄ちゃん、大好き!!』
「ひゃわぁ!」
いきなり爆音で大好きなどと、音が出てきたら誰でも驚きます。にしても……これって、恋愛ゲームというやつですよね?
お兄ちゃんって言ってることから、兄さんが最後に攻略していたのは妹というわけで、そう考えると──。
あれ? なんか少し嬉しいって気分になってきた!
『血は繋がってない、それでも相手は妹……ずっと悩んでいたけど、俺も……俺もお前が好きだ!』
次の会話はそう書かれていた。嬉しさよりガッカリ感が勝ってしまいました。血は繋がってない、それはつまり"義妹"ということです。
「……はぁ。束の間の喜びというやつですか。気分じゃなくなりましたし、さっさとご飯食べて寝た方がいいですね」
時計を見るとまだ17時だった。とても時間が長く感じる。
手早くおにぎりを3個ほど作ってテーブルに着くと、やはり兄さんの下着が目に入った。
そして次の瞬間には手に持っていました。
自分の部屋に戻り、ローテーブルにおにぎりの乗った皿を置き、下着を持ってベッドに向かう。
「洗濯されてるけど、兄さんの匂いがほんのり感じる」
顔に当ててゴロゴロしていると、耳元から通話音が聞こえてきました。
「あれ? 兄さん?」
よく見ると、私から発信しているではありませんか。きっとゴロゴロしている時に通話アプリをタップしてしまったのかもしれません。
画面の向こう側の兄さんは「うわっ!」と驚いてます。
それから何気無い会話をしました。とても充実した時間でした。通話が終わり、仰向けになって余韻に浸ります。
「最初から兄さんに電話をすれば良かったですね……」
うん、今度から会えない時はそうしましょう。
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