第97話 修学旅行 温もり

 ジンギスカンで臭くなった服に消臭スプレーをかけて温泉に入る。熱いお湯が身体に染み渡ると、心がリラックスしていく。


 それと同時に感慨に耽る。


 たった2日過ごしただけなのに、明日帰るとなると寂しくなってしまう。でもまぁ、ずっとここにいるわけにもいかないしな、夏凛も心配してるだろうし、お土産持って元気に帰るか!


 ザバッと温泉から立ち上がり、浴衣に着替えて自室に戻る。


「──しゃっ! そこだ、そこだ!」


「うっし! 加藤、罠を頼む!」


「任せろ!」


 2人は相変わらずフイッチでゲームをしていた。


 ホント、旅行に来てまでゲームとか、よくやるよな。これじゃあ、家と変わらないだろ。


 ゲームに参加するつもりはないし、もう寝るか。


 俺はそんな2人を尻目に布団の中に入り、スマホを手に持って目を瞑る。イヤホンを耳に入れて、穏やかな音楽を流しながら意識を落としていく。


 ──モゾモゾ。


 布団が動く感触に、意識が半分だけ覚醒してしまった。


 薄目で目を開けると、周囲は真っ暗で完全に消灯時間になっていた。

 部屋の奥、ふすまの先では青白いゲームの光が明滅している。田中と加藤が広縁ひろえんでゲームをしているみたいだ。


 寝ている間にイヤホンも外れて音楽も止まっていた。


 さっきの布団が動く感触、きっと気のせいか。


 そう考えて再度眠りに就こうとすると、「あん」という声が聞こえてきて意識は一気に覚醒した。


 田中と加藤は広縁にいる……じゃあ、布団の中にいるのは?


 顎がガクガクと鳴って身体も震え始める。季節外れの心霊現象、その正体を確かめるべく──布団の中身を確認した。


 そこにいたのは恵さんだった。


 浴衣は完全にはだけていて、大きな胸を俺に押し付けながら眠っている。俺が動いたことで寝苦しくなった恵さんは、しがみつく力を強くしてきた。


「ん……んん……」


 色っぽい寝息が俺の胸板を撫で、足は俺の片足にかけられている。最早、しがみつくというより絡み付くの方が正しいかもしれない。


「恵さん、起きて」


 肩を揺さぶると浴衣が更に脱げてしまい、もうほとんど着てないのと変わらない状態になってしまった。


 ん? 着てないって──ッ!? 恵さん、ブラ着けてないじゃねえか!!


 広縁から漏れる光が恵さんの胸を照らすので、再度布団を被り直す。


 と、そんな緊張感の中で廊下の方から足音が聞こえてきた。それに気付いた田中と加藤は、なるべく音を立てないようにして自分達の布団に滑り込む。


 直後、廊下側の襖が開いてオレンジ色の灯りが部屋に射し込んだ。


 入口から殺気に近い視線を感じる。これは修学旅行の定番である【先生が来た!】ってやつだ。


 緊張感がヤバい。田中と加藤はちょっと怒られるだけで済みそうだけど、半裸の女子と抱き合ってるこの状況がバレたら下手すれば停学になってもおかしくない。


 じろじろと視線が行き交う中、恵さんが目を覚ましてしまった。


 腕の中の恵さんに今は動いてはいけないとジェスチャーを送ると、理解してくれたのか頷いてくれた。


 1分、いや2分くらいか、程なくして先生は立ち去ってくれた。


 先生の気配が消えると、田中と加藤はまたしても広縁の方に移動してゲームを始める。


 本来は呆れるところだが、恵さんと話せる状況が作れるなら今はありがたい。


『く、黒斗……抱き締めるのは良いんだけど、お尻を掴むのは止めて欲しい、な。変な声が……ん、出ちゃうから……』


 俺の手は恵さんのお尻を掴んでいた。しかも指の何本かは下着の中に入っている。引き戻した時にパチンという音がしてちょっと焦った。


『先生が来たから焦ってて、つい。すまん』

『ううん、いいよ。気にしてない』


 取り敢えず起き上がって、何故ここに来たのかを聞いた。


『男子がね。あたし達の部屋に来ちゃってさ、王様ゲームを始めたんだよね。あたしは断ったんだけど、段々強引になってきてさ……だから怖くて、ジュース買う振りして逃げちゃった』

『マジかよ、そんなことがあったのか』


 監視を突破し、女子の部屋にたどり着き、そして王様ゲームを始める。それは一見すると普通のゲームに感じるだろうが、恵さんの嫌がり方からすると、ポッキーゲームとかそんな感じの命令がふんだんに盛り込まれていたに違いない。


『そう言うことなら仕方ないよ。でもよく監視を突破できたね』

『うん、トイレって言ったら男の先生が女子を止めることはできないよ』

『部屋にあるだろ?』

『でも1つだよね? 友達が入ってて危ないからって言ったら、すんなり通してくれたよ』


 なるほど、最近は何かあればすぐにセクハラ扱いされるからな。男の先生がトイレを妨害したとなれば問題になってもおかしくないか。


『だからね、今日はこのまま一緒に寝ていい?』

『……今更戻れないだろうし、良いよ』

『やった!』


 恵さんが布団に入って手招きする。俺も布団に入ると恵さんがそっと抱き締めてきた。


 震える彼女に優しく抱擁を返して眠りに就いた。

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