第72話 可決!

 明くる日の放課後、ホームルームにて出し物を決めることになった。


「お前ら! 土日あったんだからきちんと考えてきたんだろうな? 俺もそろそろ報告しなきゃならんから、さっさと発表しろ!」


 剛田先生が叫んだあと、クラス委員長が一人一人に小さな紙を配った。


 なるほど、これに書けってわけか。結果は変わらないだろうけど、休憩所って書いておくか……。


 溜め息を吐いて【休憩所】と書き込み、投書箱に紙を入れる。全員入れ終わったあと、剛田先生が再び叫んだ。


「お前ら、もし変なのだったらさすがにやり直しだからな。委員長、開票しろ」


 委員長が 紙の内容を言うと、副委員長が黒板にチョークで書いていく。


 前の席に座る恵さんが振り返った。


「変なのがダメってことは、ワンチャンあるかもね!」


「どうだろうな。少し前の時代なら『そんなのけしからん!』って却下されたと思うけど、今は割りと受け入れられてるからな」


「5禁ドラマみたいに?」


「……それもまぁ、時代の流れってやつだな」


 そう、時代とは変化していく。メイドカフェが受け入れられてるように、恵さんの言う5禁ドラマも今ではこの日本にも浸透しつつある。


 5禁ドラマ……5年前から禁断のカップリングをテーマとした恋愛ドラマ。刺激的、背徳的な愛が視聴者にウケた結果、視聴率が爆発的に伸びて今では【禁断枠】と言われるほどの地位を確立している。


 そして今年のカップリングは【兄と妹】をテーマとしたドラマが放送されている。


 夏凛のブラコン発言において、クラスの女子全員が暖かい目で見ていたのはこのためだ。


 まぁ、ドラマと現実は違う。現に俺と夏凛もそんな関係にはなっていない。俺と夏凛は【シスブラ・コン】のレベルだから、そんなことにはならないさ──多分。


 そして全員の紙が開票されると、やはり過半数を越えてメイド喫茶がダントツで1位となっていた。


「メイド喫茶だと……?」


 剛田先生は腕を組んで唸り始めた。


 よし、ワンチャンいけるか!? 教師としての矜持を示すんだ!


「良いじゃないか!」


 ──ガクッ!


 妙なタメを作るんじゃねえ! 心の中でそう叫ぶ。項垂うなだれる黒斗とは対照的に、教室では陽キャ集団が「よっしゃあーーーーー!」と叫んでいた。


「可愛さこそ青春なり! 良い案がでたなぁ……うんうん。よし、早速教頭に報告しておくから、今日はもう解散だ。細かいことはお前達で詰めておけよ」


 起立、気をつけ、礼、と終わりの祝詞のりとが奏でられる。かくして、全力で楽をしたいという俺の願いは叶わなかった。


 ☆☆☆


 家に帰って鞄をベッドに放り投げたあと1階に下りる。まぁ、料理もほぼインスタントだし、そんなに忙しくはなさそうだ。自身にそう言い聞かせていると、聞き慣れた音が聞こえてきた。


 ──ピロンッ!


 RINEの着信音だったので、スマホを開いて確認する。相手は恵さんだった。


『黒谷……どうしよう(涙)』

『どうかしたのか?』

『グループRINEの方で衣装どうしようかって話しになってね。レンタルすることに決まったんだけど……すごいのばっかりあるね』


 恵さんがレンタルサイトのURLを添付してきたのでサンプルを見てみることにした。どれもこれもスカート丈が短くてフリフリが付いてるし、乳房を強調するために胸の部分を布地だけで支えるタイプが多い。


 その手の店に行けばよく見るタイプのデザインばかりだ。……行ったことないけどね。


『こういうのって着るの恥ずかしいんだよね』

『スタイルの良い恵さんが着たら映えると思うけどなあ』


 既読はついてるのに何故か返信が止まってしまった。なんか怒らせるような文面だったかな──っと思案を巡らせていると返信が着た。


『本当に似合うと思う?』


 少し想像してみることにする。茶髪のゆるふわ女子、スタイルが良くて明るい性格の読モ級女子がメイド服か──良いかもしれない!


『絶対似合うと思う!』


 既読がつき、すぐにコールが鳴った。


 プルルルルルルル……。今度こそ怒らせたかもしれない、ビクビクしながら通話をタップして電話に出る。


『似合うってホントに!?』


 開口一番いきなりそう言われて怒らせたのではないとわかり、ホッと胸を撫で下ろす。


『いや、そう聞かれると困る。だって、俺の想像でしかないし……でもさ、想像の中では完璧に似合ってたよ』


『……想像してくれたんだ』


『想像、だけどな』


 少しの間、沈黙が流れた。スマホ越しなのに、互いの呼吸が聞こえてるような感じがして気まずい。


『今調べたんだけど──』


『って調べてたんかい!』


『えっ! 何!? どうかしたの?』


 あの妙な緊張感を互いに共有してたと思ったのに、結局自分だけだったことに対してツッコミを入れてしまった。


『いや、何でもない。続けてくれ』


『うん、いいけど……それでね。もしよかったらさ、明日の放課後に繁華街にあるメイド喫茶に行ってみない? 1000円くらいで衣装の貸し出しもしてるらしいから、ね?』


『つまり、想像だけでなく、実物を見てみようってことか?』


『まあ、慣れるためってのもあるじゃん?』


『わかった。じゃあ明日の放課後に駅前で待ち合わせな』


『うん! ありがと!』


 こうして俺は、明日の放課後に恵さんとメイド喫茶に行くことになった。


「私との約束、忘れてませんよね?」


 突然、耳元から声が聞こえてきた。声の方向に顔を向けると──ばるんっ!! と大きな胸が見えて驚いてしまう。


「うわぁっ! って、夏凛か……今日は部活じゃなかったのか?」


 Tシャツ姿の夏凛がソファの背もたれ越しに俺のスマホを覗いていた。


「今日の朝に言いましたよ。文化祭の準備期間なので、部活は中止して自分のクラスに注力するって」


「すまん、完全に聞き逃してた」


 夏凛は腕を胸元で組んでむすっと少しむくれたが、すぐに溜息を吐いて優しく聞いてきた。


「おかえりの挨拶も聞こえていない、背後を通ってお風呂に入ったのに気付いていない、それほど集中して一体何の電話をしていたんですか? いえ、恵先輩となんの話をしていたんですか?」


 背もたれ側にいた夏凛が前に回って俺の隣にぽすんと座る。そしてそのまま距離を詰めて太もも同士が触れ合わせてきた。


 なんという尋問術、それに屈した俺は事のあらましを夏凛に説明した。


「ふむ、メイドですか。では明後日、放課後に来てくれませんか? ちょうどメイド服も追加になったので」


「え、それってつまり……」


 夏凛は少し微笑んで答えた。


「ふふ、明日は恵先輩に譲りますが、明後日は私のメイド姿を見てもらいます」


 夏凛は俺の膝に手を置いて、少し斜め下からそう言った。心なしか、その頬は少し紅潮しているように見えた。

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