第71話 出し物とは──。

 恵さんと夏凛は常識と非常識について論戦を繰り広げたあと、どちらも敗北することなく終息した。

 恵さんが時計を見て愚痴った。


「あ~あ、無駄に体力使っちゃった。もう17時だよ」


「そうです。もう17時なのでお帰りになってはどうでしょうか?」


 夏凛はここぞとばかりに帰宅を勧める。恵さんは動じることなく黒斗へ話しかけた。


「そう言えばさ、剛田先生が明日までに文化祭の出し物発表するように言ってたよね。黒谷は決めた?」


「俺は……休憩所でいこうと思ってるけど、恵さんは?」


「あたしもそのつもりなんだけどね──」


 恵さんは困ったような表情で言葉を濁す。疑問に感じた夏凛が口を挟んだ。


「もしかして、あれですか?」


「そうなの、あれなのよ」


「いやいや待って! 俺にはあれがさっぱりわからないんだけど!?」


 俺の問いに答えるようにして恵さんがスマホをテーブルに置き、スマホの画面を見せてきた。画面にはRINEのやり取りが映っていた。夏凛と2人で画面を覗き込むようにして見る。


「これ、俺の入ってないグループだな。なになに──」


『みんなさあ、出し物なんにする~?』

『やっぱ最後の出し物だしさすんごいのやりたくね?』

『じゃあさ、メイドなんかどう?』

『メイド? メイド喫茶ってこと?』

『そうそう! メイド喫茶! やっぱ女なら1度はああいうメッチャ可愛い服着たいよね~!』

『お! いいじゃんいいじゃん! キッチンはどうする?』

『てか、2週間じゃ材料とかメニュー決めんの無理じゃね?』

『じゃあお菓子とかは市販でよくね? 紅茶とかコーヒーはポットで沸かせば良いし、なんなら料理もイチレイで!』

『うっわ! めっちゃ上がるわ~、それなら片付けも楽じゃん♪』


 陽キャしか入れないとされるRINEグループ、その後もずっとメイドについて決まってもないのに今日の朝まで盛り上がっていた。


 クラスの大半を占めるそのグループで決まったことは明日のHRでほぼ決まってしまう。夏凛のクラスにおいても同じ現象が起きているようだ。


「私のクラスは先週決まっちゃったんですがね」


「え、何に決まったんだ?」


「コスプレ写真店です。私のところもグループで過半数を越える票を出して、無理矢理決定しました」


 その言葉を聞いて俺は安堵した。


「良かった……もし演劇だったらと思うと、な」


「私が演劇に出たらダメなんですか?」


「いや、だってさ……」


 その先はなんか言いづらかった。演劇と言えばラブロマンス、最近は学生が自分で書いたシナリオで劇をやる場合が多く、そうなると夏凛は当然ヒロイン役をさせられることになる。


 可愛い妹が演技とはいえ蹂躙される様を想像すると、それだけで倒れそうになる。


 黒斗の表情から色々なことを察した恵はニヤニヤとした表情で言った。


「黒谷ってさあ、わかりやすいよね」


「ちょ、恵さん! そういうの敢えて言わなくてもいいから!」


「兄さん、2人だけで何を通じ合ってるんですか? 教えてください!」


 すっかり置いてきぼりの夏凛は困惑している。


「じゃあさ、あたしがヒロインやったらどう思う? 教えてよ」


 恵さんが少し顔を赤くして髪を弄りながら聞いてきた。いつものイタズラだ、揺さぶりをかけにきてるに違いない。そう頭で思ってはいても、さっき顔と顔が急接近した時のことを思い出してしまう。


 もし夏凛の部活が中止になってなければ、もしかしたら──。


 自然と視線は唇に向かって、その度に気付かれないようにそっぽを向く。一方、夏凛は「えっ? えっ?」と意味がわからず混乱している。


 恵さんは俺の顔を見て満足そうな表情を浮かべて言った。


「まぁ黒谷のことは置いといて、夏凛のクラスのコスプレって写真撮るだけなの?」


「アニメとか映画に出てくるキャラの服を着て写真を撮る、そんな感じですね。みんな張り切ってて色んなアイデアが出てるんですよ。ただ──」


「ただ?」


「着ぐるみとかは男子が試着するんですが、女性向けの服は女子が試着することになってまして……」


 ああ、なるほど。少し際どい衣装もあってその一部を夏凛が担当してるってわけか。


「それでお願いがありまして、暇なときでいいので恵先輩と兄さんにも手伝ってほしいなって……」


 兄として!!! これは引き受けなければならない、そんな使命感が俺の中に生まれた。夏凛の手を取って、返事をする。


「わかった。俺でよければ協力させてもらうよ」


「兄さん……ありがとうございます!」


 そして黒斗と夏凛はぐりんっと恵の方を見る。有無を言わさない、そう言ってるかのような圧力に背筋がビクッとなる。


「黒谷が行くならあたしも行くけどさ。なんで男の黒谷にも応援頼むの?」


「あ、それは進藤さんが平均的な男性である兄さんに着てほしいものがあるそうで……」


「進藤? 進藤、進藤……ああ、最近義理の兄ができて家庭科部に所属している、あの?」


「そうですね。恵先輩、下級生に詳しいんですね」


「まぁ、ちょいちょい下級生から恋愛相談受けてるからね。あ、ちなみにその進藤さんの兄は夏凛をナンパしていた奴だよ」


「えっ?」

「はあ!?」


 恵さんの言葉に俺と夏凛は同時に声を上げた。その反応に恵さんは溜め息を吐く。


「夏凛はともかく、黒谷は同じクラスでしょうが……」


 あいつ、進藤って名前だったのか。たしか彼女がファザコンで、自分と天秤にかけていたことにショックを受けてからはずっと沈んでたよな。まさか夏凛の同級生と兄妹の関係にあったとは、世界って思ったより狭いもんだな。


 俺はしみじみそう思った。

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