第69話 記憶の残り香

 一夜限りの記憶喪失を体験した俺は、ベッドに夏凛がいてとても驚いた。柄にもなく"きゃー!"などと言ってしまったじゃないか、恥ずかしい。


 目を擦り、起き上がる夏凛を見て更に驚いた。1粒で2度美味しいとはこのことか。


 てか、ブラウスに下着姿って、エロ過ぎだろ!


 やらかしてないか夏凛にそれとなく聞いたところ、驚くことに俺がそうしてくれと頼んだらしい。


 記憶を失っていた間の俺はこう言っていたという。


『置き土産を堪能しろ!』と。


 全く……実の妹に欲情なんて、有り得ないだろ。ちなみにテント張ってるのは男の生理現象だ、うん。


「とにかく、俺は先に出るからな」


「足の辺りのシーツが絡まってるので──」と、夏凛の忠告を最後まで聞かなかった俺は──。


 テンパったままベッドから出ようとした結果シーツに足を取られて転倒、夏凛の上に覆い被さる体勢になってしまった。


 夏凛は俺の頭に腕を回して、そっと抱き締めてきた。


「ふふ、今日は日曜日ですよ? そんなに急いでどこに行くんですか?」


「あ、そっか! ごめんな、記憶が曖昧でさ……」


「大丈夫です。これで兄さん成分を補充できましたから」


「兄さん成分って、なんだよ」


「兄さん成分は兄さん成分です。それ以上でもそれ以下でもありません。あ、今日は昼からバスケの助っ人を頼まれてました。名残惜しいですが、そろそろ支度しないとですね!」


 夏凛は時計を確認したあと、ベッドから下りてそのまま自室へと向かった。ブラウスに下着なので、ぷりんとしたお尻が見えた俺は顔を勢いよく背けた。


 その後、ドタバタと支度の音が聞こえてきた。


 ブレザーに身を包んだ夏凛が申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい、兄さん。今日は朝御飯作れそうにありません」


 時計を確認すると、11時になろうとしていた。


「いいよ。朝ご飯って時間でもないしな。小腹が空いたら自分で作るから、心配しないで」


「本当にごめんなさい。では、行ってきますね!」


 夏凛は部活へと向かい、家に静寂が訪れる。最近は1人でいても家が冷たく感じることはなくなった。

 なんというか、帰るべき場所って感じがするんだよな。


 ──これは良いことだな、うん。


「てかさ、俺……本当に記憶が無かったのか? 夏凛に色々とその時の様子を聞いたけど、あんまり変わってないんだよな」


 全く実感はないんだけど、少しだけ覚えてることがある。起きる直前に、背中を押されたような感じがしたんだ。


 ゆったりとベッドから出た俺は、手早く着替えて1階に下りた。冷蔵庫からイチレイの海老ピラフ1人前を取り出してチンする。


「やべ、明日LHRロングホームルームで文化祭の出し物を1人1個発表しないといけないんだっけ?」


 俺のクラスは割りとのんびり屋というか、問題を後回しにする傾向にある。1ヶ月もあって1個も提案がないことにキレたゴリラ先生が、月曜日までの宿題として1個考えておくように言われたのだ。


 集計していって多かったものを出し物とする。超強引だが、月曜日に確実に決まる方法ではある。


 ──チンッ!


 海老ピラフを取り出して満面なく温められているかを確認。


「う~ん、真ん中が冷たいな。あと1回やらないとな」


 レンジに入れてもう一度温めを押してテーブルで待つ。取り敢えず、1番楽勝な【休憩所】を提案してみるか。テーブルとイスを提供して、内装を変えるだけでいいもんな。


 それはそうと、今日1日なにするかな……。


 ほぼ無意識的にモン狩りを取り出して起動、よく見ると、5分前にゲーム内メールが届いていた。


 "私、メリー。あなたの家の前にいるの"


 メグというキャラからの悪戯メールだが、これは恵さんのキャラだ。大剣をメインにしていて、キャラも本人に似せてふわっとした茶髪キャラに仕上がっている。


 ──チンッ!


 海老ピラフを取り出してテーブルに置き、手を合わせて祝詞のりとを口にする。


「いただきます」


 スプーンで海老とピラフを一緒くたに掬って、さあ食べるぞって時に今度はスマホにメッセージが届いた。


 "チンの音、聞こえたんだけど? 無視してるよね?"


 ──正直、「あっ!」と思った。


 何か行動をしていて別のことに気を逸らされると直前の物事を忘れちゃうよね?

 故にこれは無視ではなく、単に忘れていたのだ。


 ──ドンドンドン。


 庭から窓を叩く音が聞こえて視線を向けると、腕を組んでむくれた顔の恵さんが立っていた。


 黒のティーシャツにベージュのプリーツスカートを着ている。暑いのが嫌いな恵さんは私服も夏のコーデだった。


 恵さんは学校の制服も衣替え移行期間限界まで、夏服を着ていた。反対に夏凛は寒いのが苦手なので、移行期間になるとすぐにブレザーへと移行した。


 なんというか、対照的な2人だなぁ~等と思いながら窓を開けると、恵さんが靴を脱いで玄関に置きに行く。


「近頃の若者は玄関の使い方を知らんよな~」


「同じ年でしょ? 別に良いじゃん、わざわざ玄関に行くよりこっちのが近いんだし」


 そして戻ってきた恵さんはソファにダイブする。


「昼間はまだ暑いね~」


「逆に家の中は涼しいよな。あ、でもクーラーはつけないからな?」


「わかってまーす」


 勝手知ったる我が家のように、ソファでゴロゴロしながらゲームを始めた。


「取り敢えず俺が昼飯食べ終わるまで待ってて」


「あいよー」と返事が聞こえてくる。俺はハフハフしながら海老ピラフを食べていく。ぷりっぷりの海老が美味い!


 海老ピラフを食べながらふと思う、こういう友達とのやり取りって、なんか良いなってさ。


 体の中と心が暖かくなった俺は、恵さんの元へ向かった。

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