第68話 真っ白 夜
お粥を食べ終わり、記憶を戻すために夏凛と夜まで話し合った。
どうやら俺と夏凛の歴史はそこまで深いものではないようで、特にこの半年の話題が多かった。
ちなみに記憶を失う前の俺は、夏凛に対してかなりのセクハラを行っていたみたいだ。
それでも夏凛はそこまで嫌悪感を抱いていない。事故と本人は言ってるが……果たしてそんな頻繁に起きるものなのか?
夏凛の勧めで俺は風呂に入ることになった。
自分の生活圏だというのに、ボディソープやシャンプーに全然馴染みがない。まるでホテルに泊まってるような感覚に近い。
──ザブーン!
頭と身体を洗った後、浴槽に浸かった。記憶は無くても風呂の心地よさは変わらない。入浴剤のシュワシュワがとても気持ちいい。
刺激に身を任せていると、磨りガラスの向こう側に人影が見えた。肌色と黒と、紺色……?
──コン、コン。
控え目なノック、そしてドア越しでもわかる透き通るような声が聞こえてくる。
「兄さん、まだ頭がボヤけてると言ってましたよね? 転倒してはいけないから、ね」
──ガラガラ。
返事をする間もなく、ドアが開いた。
「水着を着てますから、大丈夫、ですよ?」
恥ずかしそうな表情で夏凛は言った。水着と言っても紺色のスクール水着で、それが逆にボディラインを際立たせていた。
お団子に纏められた髪、艶やかな肢体をぴっちりと覆うスク水がとても……その、良かった。じゃなくて、それよりも!
「夏凛さっき入ったって言ったじゃないか」
「急に記憶が戻って溺れたらと思うと、心配で仕方なかったんです。やっぱり、普通の兄妹でもこれは無いですかね?」
「ないない! 記憶なくても知識はあるから!」
「そう……ですか」
夏凛はシュンと肩を落として、回れ右をした。何だろう……この子を悲しませたらいけない気がする。
「ごめん、身体とかもう洗ってしまったからさ。良ければ一緒に入る?」
再びこちらへ向き直った夏凛は、顔を真っ赤にしながらコクリと頷いた。
そんなに恥ずかしいなら、リビングで待ってれば良いのに。
「では、失礼します」
──ザブーン。
2人分の質量が投入された浴槽は、容量を越えた分だけお湯が流れ落ちる。
夏凛は俺の足の間にすっぽりハマる感じの体勢で浸かっている。
俺からは綺麗なうなじしか見えないから、逆に反応しなくて助かる。
「1年前はこんなに人のことを心配するなんて思いませんでした。人を助けてるうちに助っ人部なんて言われ始めて、家での寂しさを学校で埋めてたのに……心の中ではどうせ離れるんだろ? ってそう思ってたんです」
夏凛はどこか悲しそうに語っていた。人間関係に関する記憶がない俺にはわからないが、これはきっと本当の俺に向けた言葉なのだろう。
「人の繋がりを信じてなかったのか?」
「両親でさえ、簡単に切れる繋がりなのに……友人関係ならもっと切れやすいんじゃないかって、決めつけて少し距離を取ってたんですよ。そのくせ、温かさを求めるから滑稽ですよね」
気付いたら夏凛を後ろから抱き締めていた。俺自身よくわからない感情だ。
「兄さん?」
「ごめんな、多分本当の俺はこうすると思ったんだよ。歴史の浅い俺にはその言葉を否定して慰めることなんて出来ないからさ」
「ううん、何となく伝わってきますよ」
この子は本当に兄妹としての温かさを求めていたんだ。なのに俺はエロにばかり目が行ってた。
「兄さん、そろそろ上がりましょうか」
「ああ、なんだったらこの後、添い寝してやろうか?」
「え、良いんですか?」
「構わないよ」
何となくだけど終わりを感じた俺は、夏凛と一緒に寝ることにした。
☆☆☆
隣には妹とは思えない女の子が寝ている。俺に触れる時、ほんの少しだけビクッと震える。本当の俺ならそんなことはない、確信を持ってそう言える。
「兄さん……」
夏凛が寝言を言った。この子、急に距離を詰めてくるからな。本来の俺はきっと戸惑ってたに違いない。
こんな綺麗な妹だったら兄としての葛藤とか、色々と重そうだ。俺には無理そうだからさ、早く戻って来いよ……兄貴だろ?
人知れず、誰にも感知されないまま俺は消えた。そして次の日の朝。本来の俺が戻り、隣に夏凛がいることに驚いた俺は悲鳴を上げることとなった。
「あ、兄さん……おかえりなさい!」
何かに気付いた夏凛は、満面の笑みで兄を迎えた。
ま、可愛い笑顔が見れたし、別に良いか。
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