第67話 真っ白 金曜日・夕方

 目が覚めると、知らない部屋にいた。ここは一体どこなのか? そう考えてあることに気付いた。


 ──俺は誰だ?


 そう、知らない部屋どころか帰るべき部屋すらわからない。その上、自分自身のこともわからないのだから困ったものだ。


「起きましたか?」


 唐突に横から声をかけられて驚いた。女性が心配そうな表情で顔を覗き込んできた。


 長い黒髪と非常に整った顔立ちに、思わずドキッとさせられた。


「もしかして、俺のこと知ってる人かな?」


「──えッ!?」


 女性はとても驚いてる。手を胸に当てて何か考え込んだあと、口を開いた。


「私のことがわからなかったり、します?」


 その問いに頷くと、少し涙目になって彼女は俯いた。何故だろう……とても悪いことをしている気分だ。


 顔を合わせるのが辛くなった俺は、ふと右手の小指に視線を向けてみた。


 不思議なことに、俺の右手小指は薄く青く発光している。よーく目を凝らさないとわからないレベルだが、不思議と意思を感じた。


 "全く、お前と言うやつは"


 あくまでも予想に過ぎないが、そう言ってるように感じたのだ。


「あ、あの!?」


 声をかけられて我に返った。


「え、えーと、何?」


 ぎこちない返答に、意を決したかのように頷いた女性は俺の手を握って答えた。


「私はあなたの妹で夏凛と言います。あなたのお名前は黒斗です。症状からして、ある物を食べた時に一時的に記憶が無くなったように思えます。記憶以外に身体に異常などはありませんか?」


 言われて確認してみると、少しだけ頭がダルいような気がする。症状を夏凛に伝えると、顔を近付けて額同士を触れ合わせてきた。


「んーっと、少し熱があるみたいですね」


 少し口を突き出せばキスできる距離に美少女がいる。この子は本当に俺の妹なのだろうか? 先ほどまで窓ガラスに映っていた自分の顔を思い出す。


 本当にこの子と血が繋がってるのだろうか? とてもそうは思えなかった。


 ふわりと彼女が離れて甘い匂いが薄くなっていく。兄としての記憶がないだけに、その関係性がとても狂おしく感じる。


「さて、お片付けしなくちゃ」


 夏凛はそう言ってベッドの横にあるローテーブルを片付け始めた。中腰で屈み、ぷりっとしたお尻がこちらに向けてフリフリしている。


 拳をぎゅっと握り締めて自制心を強く保った。記憶が戻ったときに気まずくなるのだけは勘弁したい。


 今の記憶が消えるのか、それとも統合されるのかはわからないが、お互いにこれからも良好な関係を送りたい、心からそう思う。


「兄さん? どこか調子悪いのですか?」


 ぼーっと夏凛を見つめていたら、心配そうに夏凛が聞いてきた。


「あ、いや。特に問題はないよ。それよりさ、何でテーブル片付けてるの?」


「今日のお夕飯はまだでしたし、お粥でも作ろうかなと思ったんです。少しだけ待っていてくださいね」


 そう言った夏凛は、明るい笑顔で部屋を出ていった。


 よし、少しだけ立ってみよう。そう思って地面に足をつけるが、頭がフラフラしてそのままベッドに倒れてしまった。


 ……夏凛を手伝おうと思ったけど、言われた通り大人しく寝ておこう。にしても、記憶を失うほどの食べ物ってなんだろ? もしかして、アニメとかで有りがちな美女ほど料理ができないというやつだろうか? なんて、そんなはずないよな。


 アニメなんて中途半端に覚えてるもんだから、変なことを考えちまったよ。


 ──ガチャ。


 夏凛がドアを開けて入ってきた。トレイに熱々ほかほかなお粥が乗っている。真っ白なものを想像していたのだが、少し黄色い卵が混ぜてあってその頂上にはネギが振りかけられていた。


 ベッド横のサイドテーブルにお粥を置いて、さぁ出ていくのかと思ったら……何故か膝立ちになって、スプーンを手に取って、お粥をすくい──息を吹きかけ始めた。


「ちょっと待って、何をするつもりだ?」


「何って、フーフーですけど?」


 同年代の女の子にフーフーしてもらうって、どんな羞恥プレイだよ! 俺は抗議することにした。


「いやマジで恥ずかしいって、普通に食べられるから!」


「私達、兄妹なんですよ? 恥ずかしがらないで下さい」


「ホントに少し待って。なぁ、もしかしていつもこんなことをしているのか?」


 その言葉を聞いた夏凛は少し黙り込んだあと──。


「はい! そうですよ!」とわざとらしい笑みを向けてきた。


 記憶のない俺はどうにも胡散臭く感じて、スプーンを近付ける夏凛の手を取った。


「待ってくれ、本当に──」


 と、言いかけた時、ホンの少しだけスプーンからお粥が落ちてしまった。勢いが強かったため、夏凛とは反対側のお腹部分に落下していた。


「ご、ごめんなさい! 熱かったですよね? 今拭きますから……」


 夏凛は俺に被さるようにしてお粥を拭き始めた。


 この状況はマズイ! む、胸が腹に当たって、ヤバい! この子、マジで無自覚過ぎだろ!


 元の位置に戻った夏凛が不思議そうに聞いてきた。


「兄さん、どうかしましたか?」


「いえ、何でも……てか、もう抵抗しないからお粥下さい」


「ふふ、わかれば良いのですよ。はい、あ~ん♪」


 胸を押し付けられるよりはマシか。そう考えた俺は素直に食べさせてもらうことにした。





 ※記憶喪失は短期的の予定

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